レベルアップ宣言
「いいか、黒鋼は六大騎士団の中でも最弱にして大問題の騎士団だ。黒鋼クラスってのはその子分格なんだからなおさらダメだってことがわかるだろう。お前らに期待されているのはたったひとつ。他のクラスから見て、『ああなってはいけない』と思わせることだ。統一テストは手を抜け、クラス対抗戦では徹底的にやられろ。いいな」
するとジノブランド先生は、そのままくるりときびすを返すと教室を出て行った。
「……え?」
と誰かが言った。俺も同じ気分だ。
これで終わり?
「——おい、今のなんだよ」
「——つーかあれが担任? マジかよ? 担任って相談相手みたいなもんなんだろ?」
「——ざけんなよ。あんなこと言われてやる気なんかまったく出ねえんだけど」
「——学園やめちまえってことだろ」
周囲の生徒たちがざわつくのも仕方ない。
俺の目標——「脱落者を出さない」というのは高すぎる目標なのかもしれない。
一応今のはホームルーム的な時間だったようだ。
それから鐘が鳴って、授業が始まる。ジノブランド先生が置いていった紙が、次の時間の講師によって発見されるという珍事もあったが、その紙にはいわゆる時間割が書かれていた。
せめて担任としての最低限の務めは果たしてくれよ……。
それによると今日は座学、明日は実技という感じで1日おきに変わるようだ。
この世界は地球と同じく週という単位が7日間で構成されていて、6日は仕事や学校、1日休日、という感じになっている。
「ああ、ここには入学試験首席がいるのねえ。だったらその子に教えてもらえばいいわね」
講義が始まった——と思ったら今度はそんなことを言われ、メガネをかけた小太りなおばさん先生は授業途中で去っていった。
「え、えぇ……」
いくらなんでもひどすぎね?
授業の内容は、「法律」である。
印刷の技術はまだまだなので、教科書が全員に配布されているなんてことはない。講師が持ってきた教科書から、重要な内容を黒板に書いていき、生徒はそれを手持ちのノートに書き取るという感じだ。紙もそこそこ高いのだが、本そのものほどではない。本は手で写して作るものだからさ。
とまあそんなわけで、いくら俺が首席であっても教科書そのものがなければ勉強を教えるもクソもない。
「おい、どーすんだよガリ勉くんよお!」
講師がいなくなったところで、太っちょのクラスメイトが声を上げた。
ついに我慢ができなくなったっていう感じだろうか。まあ気持ちはわかるんだけど、それ俺に言う?
「そうだぜ、お前にも責任があるだろ」
「白騎に尻尾振ってんなら白騎になんとかしてもらってこいよ」
「お前は自分が勉強できるからどうでもいいってか?」
口々にクラスメイトたちが言ってくる。
参ったな、これは。
「……ソーマ」
俺の隣に座っているリットが気遣わしげに声を掛けてくる。
こいつ……俺には関わりたくないみたいな態度取るくせに、ほんとにヤバイときには心配してくれるのかよ。ちくしょう、いいヤツだなぁ。親父の会社を整理するときにもお前みたいなヤツがひとりでも会社にいてくれれば気持ちが楽だったのに。
だけどまあ、ここでお前が俺の肩を持つのは逆効果だぞ。あとこれくらい割と余裕だから心配ご無用。
俺はリットのことはわざと無視して、不敵に笑って見せながら立ち上がる。
「おお、そうだな! 俺のせいみたいだ。悪い悪い!」
あっけらかんと認めたので、ほとんどの生徒は面食らったようだった。
「そんじゃあお前がどうにかしてくれるってことだな?」
太っちょが同じように立ち上がり、にまにましながら近づいてくる。
どうにかする、か。
そうだなー、どうにかするしかないよなー。
「ああ、そうだよ」
「……なに安請け合いしてんだよ! どうにもできねえだろ! マジで白騎に頼み込むつもりじゃねえだろうな!」
「キールくんの手助けはちょっと借りるけど、基本的には俺がどうにかするよ」
「できるわけがねえだろ!」
太っちょくん、残念。
こればっかりは「できる」と思う。
当面は、だけど。
たとえ日本ではそこそこの大学にしか行かなかったような俺でも——理系科目に関してはこの世界の最先端らしいのだ。
あとは文系科目だけど、これもここの入学試験のために相当勉強してきている。
バイトで塾講師をやってたのもいいほうに働くだろう。
わからないのは「この学校でなにを教えているのか」——だけなんだよ。
「なあ、太っちょ」
「太っちょ言うなよ!」
「お前が俺のことを『ガリ勉くん』って言うの止めたら、俺も名前で呼んでやるわ。——それに他のヤツらもさ、ちょっと聞きたいんだけど……」
俺は視線を巡らせる。
おーおー、どいつもこいつも可愛らしい顔をして。13歳ってこんなに子どもっぽかったっけ? それとも田舎のガキンチョのほうがたくましいから大人びて見えるのかな?
「……あんなふうに言われて悔しくねえの? 難しい試験を突破して、長い時間掛けてようやくこの学園に入ったってのに、ゴミ扱いされて悔しくねえの?」
太っちょがハッとしたように黙った。
「俺は悔しいよ? だから……もしついてくる気があるなら俺がみんなに勉強を教えるよ。少なくとも入学試験ではいちばんだったから、そこは信用してもらえると思うんだ。だからさ、あんなふうに言われたままじゃなくてしっかり勉強して、実技のトレーニングもやろうよ」
俺はひとりひとりの目を見ながら言った。みんながみんな俺を見ていた。
さすがにちょっと、頭に来ていた。
ある程度年とってからバカにされるのは、うまいこと言い訳したり逃げたりすることができる。でもこの子たちは13歳だ。それなのに、あんなキツイ言葉を投げつけられるいわれはないだろ?
「それで連中を見返してやろうぜ。ついてきてくれれば絶対に、みんなをレベルアップさせてやれる」
後になって思えば、それが俺の、学園への——この国のシステムに対する宣戦布告だったのかもしれないな。
ここからソーマくんの反撃が始まります。