入学式は華やかに
『ここはクラッテンベルク王国最高の学び舎にして、世界一の学び舎でもある。最高の教官、最高の教師がいる。そして難問中の難問にして多くの入学希望者をふるいにかける、あの入学試験を突破してきた君たちもまた、最高の新入生だ。——才に敬意を、胸に誇りを、剣に忠誠を』
魔法を利用した道具によって、声は朗々と大きく響いている。
ここは円形の学生講堂であり、2階席、3階席、4階席まですべて生徒たちで埋まっている——色とりどりの制服に身を包んだ生徒たち。
「才に敬意を」
ドンドンと足踏みする多くの生徒——2階席より上にいる、2年生以上の在校生たち。
「胸に誇りを」
トントンと胸を叩く。
「剣に忠誠を」
腰に吊った剣——武器を叩く、ジャッジャッという音が響く。
「うおぉ……すげぇ」
1階にいるのは「新入生」——つまり、俺ことソーンマルクス=レックがいる。
やっべぇ……なんかめっちゃ感動してる。
異世界の、学園に自分も組み入れられていくという実感がこのとき初めてあったのかもしれないな。
初めて聞いた生の「敬意誇り忠誠」。これは学園の名物らしい。
正式名称は「騎士学園三拍子」といって、学園のイベントでは必ずやる——とそばの新入生が話していた。
感動してるのは俺だけじゃないよ?
300人を超える新入生たちは、今起きているこの「入学式」に圧倒されていたんだ。
ステージを照らすきらびやかな光。自信満々で学園の制服に身を包んだ在校生に、ステージで演説する生徒。
『君たちはこれから多くの困難に出会い、仲間の助けを必要とするだろう——』
男の俺だって目を離せないくらい、顔の整った生徒が演説をしている。
この国、俺の生まれ育った国、クラッテンベルク王国の第3王子。
プラチナブロンドの髪の毛とか、どうやったらあんなにきんきらきんになるんだ? この世界にキューティクルとかそういう概念はなかったはずなんだが。
ああ、抜け毛だけは世界を超えた男たちの共通の悩みではあるようだけども。
「ふぁー……」
俺の後ろあたりから女の子の声が聞こえる。
うっとりしてる新入生女子がいっぱいいる。新入生に限らず在校生にもうっとり勢はいるのだが。
『私は学園に入学し、多くの仲間を得た。その多くが
すると2階席の在校生たちがワァッと声を上げた。正確に言えば白のブレザーを着た一部の生徒が。
歓声に演説が中断され、第3王子は苦笑しながらも右手を挙げる。ますます白のブレザーから歓声が上がる。
ホワイト、とはクラス名のことで、この学園には6つのクラスがある。
第3王子など王族を含む、貴族だけで構成される「
完全実力主義にして貴族平民関係ない「
女の子だけが所属でき、他のクラスでは絶対に教えてくれない秘密任務の訓練もするという「
質実剛健と言えば聞こえはいいけれども、パッとしないが問題も起こさない多数派の「
で……問題あるヤツだけが入れられると評判の「
一番重要なのは、このどのクラスに入っても、卒業さえできれば「騎士」に就職できることである。
安定堅実安全確実高収入の騎士!
これ。
今生を生きる俺の最終目標。
謙虚堅実をモットーに……じゃなかった。波風立てずにリスクなく生きる。これですよ。
『みんな知っていると思うが、私たちは王国騎士団の直下にあると言える。私の白騎クラスは
新入生がざわつく。意外と知らなかった生徒も多いようだ。
はい、ぼくもしらなかったです。
この学園に入れば「騎士団に入団確実」「騎士団にもし入れなくとも絶対に食いっぱぐれない」という断片的な情報だけで入学を目指す生徒も多いからだ。
はい、ぼくのことです。
どのみち卒業したら騎士になるんだから騎士団任務もやらんとマズイでしょ。
『君たちが君たち自身を知るために、これから
ステージ上の第3王子は、これ以上なくキリッとした顔をした。
あちこちでバタンバタンと音がするのは第3王子を見て失神した女子生徒たちだろう。係員が走ってくると手慣れた様子で医務室へと連れて行く。
いいのか、手慣れてて。
『大陸の覇者たる我らがクラッテンベルク王国は、
第3王子の言葉にどんな思いが隠されているのかはわからないが——王子の言葉を額面通り受け取った新入生はいないだろうね。
誰がどう見たって、飛竜に乗って最前線で戦う蒼竜撃騎士団はカッコイイし、黄槍の女子はめちゃくちゃ可愛い。
(それに引き替え、黒鋼士騎士団は……)
俺はステージ上、第3王子の後ろに座っている5人の生徒を見た。
第3王子は白騎の
あとの5人は蒼竜、緋剣、黄槍、碧盾、黒鋼クラスのそれぞれ総代である。
「やっべぇ……」
貫禄の
やっべぇ、としか言えない。なんかもう、やっべぇ。
『君たちの入学を、心から歓迎する。
第3王子がそう締めくくると割れんばかりの拍手が起きた——。
クラッテンベルク王国の王都にあるのが、「王立学園騎士養成校」——通称「ロイヤルスクール」だ。5年制で全寮制の学校である。
王族も通うから「
この大陸の7割を手中にしているクラッテンベルク王国のモットーは、
「人が国を作る」
である。
「優れた人材を集める」ためにこのロイヤルスクールができた。
俺みたいな、王都から移動に1か月掛かるような場所に住んでいる田舎の子どもにも入学のチャンスは等しく与えられる。まあ1か月って言っても、この世界には魔法があるものの基本の移動手段は馬車だからな。
王国国民なら、12歳の段階でみんな受験資格が得られるのであり、入学時点でみんな13歳になっている。
(うう、思えば長かった……)
入学式が終わり、クラス分けが行われる直前——俺は
来し方を思い返す。
州内15ブロックに分かれた予備試験。
州都に集まって行われる1次本試験。
優秀者を選抜して行われる2次本試験。
最後は王都にやってきて行われる最終試験。
試験試験試験である。
(ま、内容自体は楽勝だったけどね)
他の人間にはほとんど——両親にすら言っていないのだが、俺には前世の知識がある。
23歳で死んだ
日本での常識がよみがえってきて、俺は驚いた——この世界って、俺が小さいころ思い描いてた「理想」にかなり近いんじゃないか、って。
まず竜が空を飛ぶ(友好的とは限らない)。
冒険者もいる(なりたいとは言っていない)。
あと、スキルレベルと魔法がある(魔法はほとんどの人間が使えない)。
ただ科学が未発達なので、俺の知識はいろいろと役に立った。主に金儲け的な面で。おかげで13歳にしてこっそりと蓄財できていたりもする。
この知識のおかげで騎士試験は楽勝だった。
簡単な算数や中学数学、それに理科の知識があれば解けるような問題ばかりだったからな。
後は、実技試験だが——これは持ち前の
あー……両親にこのことを話さなかったのには理由がある。
いや、うちって8人兄弟なのよ。家は村で唯一の宿を経営してるんだけど、そこを継げるのは長男のトルッタだけで、他の7人は家を出てかなくちゃいけないわけ。
そうなると、必然的に親ってのはトルッタ兄ちゃんだけをしっかり教育するよな。
まあ、老後を快適に過ごせるかどうかはトルッタ兄ちゃん次第だし、それはしょうがないことだと思う。
俺は8人兄弟のいちばん下だから、兄や姉に可愛がられながらも割と放っておかれた。
重要なのはこの先どうする? ってことであり、食い扶持どうする? ってことであり、前世の記憶があることでどーのこーのという悩みじゃなかった。
ただ、前世のせいなのか、見た目に影響してきたのは驚いた。
俺の髪の毛はもともと父譲りの赤茶色だったんだけど、だんだん濃くなって、黒ずんで、終いには黒髪になり、母譲りの琥珀色の目もだんだん黒くなっていった。
——ソーマが化けた。
としばらく会ってなかった親戚が言うほどに変わった。まあ、変わったのは見た目だけじゃなくて中身のことなんだが。
実は、記憶が戻ったのは俺が8歳のときだ。それまでの子どもっぽい俺から、いきなりプラス23歳ぶんの記憶が入ってきたもんだから、そりゃまあ変わるよな。
「よし、そんじゃ行きますかー」
手を洗って意気揚々とトイレを出たときだった。
「——あんなことを言って大丈夫なんですか」
「——ああ、問題ないさ。それにあれは本心だよ」
そんな声が聞こえてきた。
ん? 今の声って……「問題ない」って言ってたほう、さっき演説してた第3王子じゃないか?
トイレの横、廊下を曲がったところで誰かが話しているようだ。
でも、聞き耳立てるのはよくないよな。相手が第3王子だったら、なおさら……。
と思いつつも、俺は足を止めて聞いてしまう。いやいや聞いちゃうでしょう。ここは聞くべきところでしょう。相手の声が女の子っぽいからなおさらな!
「——騎士は力を合わせなければいけないんだ。せめて学園の中にいるとき、貴族も平民も垣根を越えて対等に過ごすべきだ。それに気づくのに、私は遅すぎた……」
マジかー、王子様、さっきのことわりと本気で言ってたのか。でも聞いてる人たちは真に受けてなかったと思うよ?
だって王子様は王子様で、貴族は貴族で、平民は平民でしょ。や、平民の家に生まれたからよくはわからないけど、そういうもんじゃないの?
「——それを言っているのはお兄様だけではありませんか。たったひとりで、どうしてそこまで……周囲からはよく見られないこともご存じでしょう」
たったひとり……。
その言葉は俺の胸にズン、と落ちてきた。
日本で……俺はひとりだったんだよな……。
「——わかっているよ。でも誰かがやらなければいけないんだ。それが私である必要はないかもしれないし、確かに私のやっていることは貧乏くじを引くことにほかならない。それでも、『やることが正しい』とわかっていることを放り捨てることなんてできない」
第3王子……。
俺なんかとは全然違う立場なんだろうけど、なんか共感してしまったのは……俺の前世のせいだろうな。
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