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03-18

 深深度亜次元探索旅行は、まず新エルフ星からさほど離れていない宙域で亜次元へ潜航することで開始された。

 亜次元適応人種(ヒトしゅ)の故郷があった恒星系周辺は政治的空白地帯とかいう状態らしいが、新エルフ星からまっすぐ次元滑りの現場まで航行していくと控えめに表現して戦争が起きかねない。


 新エルフ星の恒星系は帝国から見ると銀河の外にある。そんなところから≪金剛城(こんごうじょう)≫を隠すことすらなく航行させて乗り込んでしまうと、銀河外縁部に位置する道中の複数の国家や群雄割拠の時代に突入しつつある帝国の色んな勢力に目を付けられてしまう。

 俺が帝国を出た時は深宇宙の探索ってことで手続きをしていたし、ムチムチ美人さん達が辞職するのに一度戻った時は……あの時はI.M.S.I.の支配する不可触領域に人工ワームホールを開いてショートカットしたんだっけか。

 違うか。往路も手続きは住んでたハビタットでムチムチ美人さんにやってもらったやつだけの気がする。不可触領域で待機させていた≪金剛城(こんごうじょう)≫まで≪海老介(えびすけ)≫で移動して、そのまま亜次元に先行して深宇宙へ行ったはずだ。


 あれ? これどっちにしろダメなんじゃないの?

 帝国からの出国はちゃんと手続きしてたのに、入国の手続きは全然してないままハビタットに乗り込んで辞職したんでしょ。絶対目を付けられてるよね。

 今回は亜次元適応人種(ヒトしゅ)の故郷まで行く道中でトラブル切っ掛けを作らないようにって、帝国の現行技術じゃ把握できない深度の亜次元を行くことにしたのに、意味なかったんじゃない?


「大丈夫。無意味ではないよ。君が深宇宙の探索を行った際の手続き記録に関しては、≪金剛城(こんごうじょう)≫を統括管理するAIの彼女が帝国のデータベースをクラックして必要なものをでっち上げてあるらしいよ」


 ≪金剛城(こんごうじょう)≫のコントロールルームで久しぶりに艦長ごっこするついでにちょっと悩んでいたら、いつの間にか現れたギフト化幼馴染殿が俺の知らなかった真実を教えてくれた。


 帝国に対してはもう今更な感じもあるけど、明らかに違法行為なんですが誰か何かおかしいと思ったりしませんかね。しませんね。

 こういうイリーガルな雰囲気に慣れ過ぎると、まっとうな人種(ヒトしゅ)の社会に戻れなくなる気がするわ。戻りたいかとか戻る気はあるのかとか訊かれると可能性はゼロじゃないって答えます。


「あんまり違法行為はしないように、≪金剛城(こんごうじょう)≫内で注意喚起しないといけないかもな」


 あんまりって注釈つけちゃう段階でもう無理な気配も漂っている自覚はある。


「帝国の、本当にどうしようもないところに限ってちょっと法律を見なかったことにするだけなので大丈夫ですよ。まあ、なので、途中通っているはずの国の入出国記録を確認されると一発でデータの改竄(かいざん)が露見しますね」


 コントロールルームに行くつもりだけど何か飲食物でもどうか、と聞かれたので頼んでおいたドリンクを手渡してくれた大きい方のダブルで一番さんが俺の不安を煽る。

 しかしこのドリンク、美味しいのに『太陽風を感じられるかもしれない宇宙の神秘を集めた雫』なる名前は誰が付けたのかいつも気になる。気になってすぐ忘れているのは、そういう成分が秘密裏に混入されているからかもしれない。ありえないな。さすがにそんなアブナイものは入ってないだろ。


「帝国へ行くのは始めてなのでドキドキしてしまいます」


 俺達3人の話を全く意に介していないというか、ふわふわした足取りでコントロールルームを歩き回っている駐在エルフさん。彼女の心と俺の心はニアミスしてるようだ。俺も帝国領内へ行くってなってドキドキが治まらない。


 そんな俺の不安はさておき、≪金剛城(こんごうじょう)≫は本来のスペックからするとゆっくりではあるが俺の感覚からすると事故ってないのが不思議なくらいの速度で亜次元を進む。具体的には帝国領内の目的地まで10日を予定しているそうだ。

 俺が銀河間を移動するのに3年半くらいかけたのは本当にゆっくりだったということだ。あの時はほぼ観光みたいなものだったし、移動そのものが目的だったので今回とは違うか。


 そんな≪金剛城(こんごうじょう)≫の外部映像をコントロールルームでぼうっと眺めている。


 俺は亜次元を通り道ぐらいの認識しかしていなかった。

 より正確には、宇宙空間で光速航行をする時に衝突事故を起こさないよう航行する何もない場所。


 だが、光速航行に使用する亜次元には本当に何もないだけで、亜次元といっても普段生活している次元に近い辺りは普通にそっちの光景を光学技術で観測できる。なんだったら、この人今日はちょっと影が薄いなっていうのもその人が亜次元に入ってる所為だったりもする。さっきクルーの誰かが言ってた。

 犯罪者だったり警備関係だったりはそれを生身で行ったり、自分の居る次元と近い亜次元を近くする必要があるらしい。トレーニングがしんどいってさっき誰かが。


 さて、ここで俺はちょっと疑問を覚えた。

 亜次元適応人種(ヒトしゅ)の人達の体質を現行技術で再現できてないとか、だからあの人達は帝国が戦争起こした際に狙われて難民化したとかいう話ではなかったかな。


「ちょっとピースが足りてないだけですね」


 大きい方のダブルで一番さんが俺の知識不足による疑問を解消してくれた。

 つまるところ、現在の一般的な人種(ヒトしゅ)が知覚できないところまで亜次元を知覚できる体質が重要とのこと。例えば布1枚だと向こう側が透けて見えるとして、同じ物を複数枚重ねて向こう側が見えなくなっても見るように知覚できるみたいな。

 簡単に言ってしまえば、人種(ヒトしゅ)の中でも豹由来人種(ヒトしゅ)は足が速いのと似たようなもの。亜次元適応人種(ヒトしゅ)の亜次元を観測できる体質というのも、より深いところまで分かるってだけの程度差でしかない。


「筋力を例にすると、象の筋力をエルフが獲得できていないので、生きた象が技術的資料として価値があるということですね」


 一緒にお話を聞いていた駐在エルフさんが、輝くような笑顔で私は理解できたと主張していらっしゃる。


「象って何かと調べてみたらこんな生物も居るんだね。でもなんで象の筋力で例えたんだろう」


 ギフト化幼馴染殿に象のホログラムを見せてもらった。なんかすごい造形の生物だ。

 象って生物を俺が知らなかったってことは、俺の知ってる範囲に象由来人種(ヒトしゅ)はいないらしい。

 いや、象由来人種(ヒトしゅ)の人を知っていても、そうだと知らないのかな。その可能性の方が大きそうな気がする。

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