03-12
「艦内の皆様にお知らせいたします。これより約60時間後、現宙域に雨が降ると予想されます。降雨中は全力で採集器を稼働させますので大変な危険を伴います。艦外活動をお控えくださいますようお願い申し上げます……アナウンスって初めて使ったけどこれで合ってんのかな……え? オフ? なってなかった? あれまだ切り替わってな――」
操作に手間取っていたら、俺の口にチキンレッグを押し込んでいたふわふわヘアーさんにぶつっと艦内放送をオフにされて、どこからともなく聞こえていた自分の声が聞こえなくなった。
今まで使ったことが無かったの艦内放送の機能を思い付きで使ってみたら、思いの外操作が分かりにくくて上手いこといかなかったのはちょっと恥ずかしい。でも多分誰も気にしてない。
しかし使ってみて思ったけど、思考入力を音声に変換するのって何か意味あるのかなこれ。
「うーん……これはユーザーインターフェースが悪い……と思うわ。でも……ああ、思考入力の補助が強いから……」
甘い感じの香りを漂わせるチキンレッグをそれぞれの手に持ったままブツブツと呟きながら何もないところを見つめているのは、ホロウィンドウではなくARでウィンドウを開いているのだと思う。
こういうちょっとアレな人に見えるのを避けるため、普段は無地やランダムパターンを表示するホロウィンドウをARと連動させて開いているのに、今はそれも気にならないほど集中している。
放置されてちょっとさみしい。ふわふわヘアーさんのふわふわなヘアーをわふわふして暇をつぶそう。ちょいちょい教えてもらってるのでスキンシップ程度の簡単な手入れはとっくにマスターしている。
毛というより羽軸っぽい、毛髪にしては太い毛に強い力がかからないように気を付けつつ、ふわふわヘアーさんが持ち歩いている鳥由来人種用の手入れ道具で空気を含ませたり艶を出したり。
めっちゃ楽しい。
結論としては、思考入力での操作を前提にしたから、優先順位の低いユーザーインターフェースはとりあえず使えれば良い程度の出来になっているらしい。
なにか考え事をしながら推測も交えて色々教えてくれたけど、俺にはそれくらいしか分からなかった。要するに、艦内放送を使うなら無機質美人のホログラムに任せた方が手間はかからないってことだ。
「気づいていないだけで、こういう私達には使い勝手が悪いままの部分は多そうね。今度皆に声をかけて総点検してみるべきかしら」
「それはそれとして、今でも使い切れそうにないくらい資源を溜めこんでいるのに、今度の雨で採集器を全力稼働なんてさせたら更に持て余しそうな気がする」
「でも、どこから来るか分からない宇宙雨なのよ? 出来る限りデータを取りたいのは仕方ないわ」
ちょっと唇を尖らせてぷいっと顔を逸らし、俺の口に再びチキンレッグを近づけてくる。さっきまで手にしていた甘い香りのはいつの間にか食べ終えていたようで、今度のは酸っぱい感じ。がぶっとやると以前食べた果物の味がある気がする。
「よく分からないけど、データ取るならサンプルは残さなくていいの? 採集器使ったら全部分解されちゃわない?」
「それもそうね」
口元を隠すようにチキンレッグを顔の前に持って行ったまま、またなにか考え込み始めたふわふわヘアーさん。いや、口元を隠すようにっていうか、ただたんにモグモグしてるだけだった。
ふむ。しかし、宇宙雨ってなんなんだろう。スクールで習った覚えはあるし、≪金剛城≫であちこち行ったときに何度か『宇宙雨が振るので艦外へ出るのは控えてください』って注意を促されたのは記憶にあるのに、宇宙雨がなんなのかは思い出せない。
困ったら≪金剛城≫のネットワークで検索だ。
宇宙雨とは、様々な要因によって運動エネルギーを与えられた雑多な物体が一定方向へ移動している様全般を指す言葉。
なんらかの意思が関与しているのでもなければ、複数の物体が完全に同じ方向へ移動し続けるなどということはありえない。些細な角度の違いであっても距離に応じて拡散していくし、あちこちの重力に捕まったりして宇宙雨は徐々に消滅する。
帝国においては、惑星での生活を経験しない層が増えたことで、宇宙雨をたんに雨と呼んだりもする。
発生源が分からないほど遠くからやって来た今回の宇宙雨は単なる自然現象とは思えず、だから調べられる範囲のことを調べておきたいってことなのかな。もしかしたら原因になったのが既知範囲外の人種ってこともありえるわけだし。
ふわふわヘアーさんが静かだと思ったら、≪金剛城≫ネットワークを介してクルーとあれこれ話し合っている。
流れが早くて大雑把にしか把握できないものの、どうやら採集器で資源に分解してしまうのは止めて、慣性中和フィールドと重力場を併せて受け止めた後丁寧に回収するようだ。
重力場は最近ピクニックに行った結果得た新しい技術でレースコースが改装されたので分かる。
でも慣性中和フィールドってみたことない。……と思ったら、俺が≪金剛城≫を作ったときに使ったやつだ。マイナープラネットが欲しいけど手に入らなくて、それをどうにかするのにそんなものを使ったような気がしなくもない。≪金剛城≫のデータベースにその時に記録があるんだから使ってるんですけどね。不思議な話だ。
そんな感じで宇宙雨に対処し、降ってきたというか飛んできた物体をあれこれ調査したところ、なんらかの意図の元発生した宇宙雨であったと判断され、見なかったことになった。
運動エネルギーをモニターしてどこかへ発信していた装置などなかったのだ。≪金剛城≫クルーが偽装して放流し直したので多分大丈夫。
ヤダなー。俺が生きてる間にトラブルに発展して返ってこなければ良いなー。