03-08
【特殊宙域探索母艦カリュブディス・ジェイ】の≪蟹江≫が竣工。
≪蟹江≫のアピールポイントは複数あるが、まず一番は見た目。今まで海老や蝦蛄をモデルにした船ばかり作っていたが、重厚感が違う。
母艦なので全長50キロメートル以下のはずだというのに、同じ母艦の【自律汎用母艦モンスターロブスター】≪海老緒≫と並べるとかなり大きく見える。横幅の差かもしれない。
そんな船体は上から見ると前後に頂点がくる大体六角形で、前方を頂点とした斜めの2辺には棘っぽい感じにセンサー類がぴょこぴょこ伸びている。
次に蟹の名前に相応しい鋏のようなごつくて大きい鋏のようなマニピュレーター。
鋏の内側から多機能フレキシブルマニピュレーターがにょろにょろ出てくるので、見た目以上に器用らしい。腕を動かして遊んでた誰かがそう言っていた。
あとこの鋏のついた腕も棘っぽいセンサー類がぴょこぴょこ飛び出している。なんでだろう。
足っぽいパーツは鋏を含めて5対あり、一番後方の1対は先端に大出力の補助用スラスターが搭載されている。
デザインの元になった蟹の構造なら絶対に曲がらない方向へと曲がる関節を活かした急な方向転換が楽しかった。
あとはまあ、鋏でもスラスターでもない3対の足を実際に足として使い前後左右に歩き回るのが見ていて面白いとか、本来の蟹でいうお腹の部分にコンテナを結構抱えられるとか、特殊宙域の中でも重力が異常な宙域に対応させたので他の船とはちょっと違う特殊なシールドを展開できるとかそのくらいだ。
本番の異常な重力の恒星系とは違うけどまあ良いよねってことで完成に合わせて≪金剛城≫を近場の高重力恒星系へ移動させていたので、試験航海という名目のもと≪金剛城≫からの遠隔操作で高重力宙域をぐるっと一巡させて異常がないのを確認。
とりあえず皆で乗り込んで高重力恒星系内を一周。
なんかよく分からないけど盛り上がった。盛り上がった勢いで皆で食べた蟹は美味しかった。
「なんか……すごいですね」
「ぎしゃー」
「センサーの反応が確かなら、とこどころで光が直進出来てないみたいですよ」
一緒に居た先輩さん、ぎしゃーさん、大きい方のダブルで一番さんが、≪金剛城≫の各種センサーが観測した異常な重力の恒星系のデータを恒星の重力圏外から眺めて感嘆している。
予定では外部からの観測データを確認した後、≪蟹江≫で異常重力宙域へ乗りこむことになっている。
「えぇぇ……ここまでとは聞いてない。もう満足したし中には入らないで帰らない?」
勿論俺は腰が引けたので帰宅を提案する。
高重力恒星系とは聞いてたけど、一部分とはいえ光が直進できてないってその重力ヤバくない?
≪金剛城≫の光学センサーが捉えた映像を表示してるモニターで、マイナープラネットと思われる大きさの岩塊が飛び交ってるのが見えるんですけどヤバくない?
ただ重力が強いってだけじゃないじゃん。まじであんなところに入るの?
無機質美人のホログラムが言うには≪金剛城≫は当然として≪蟹江≫でもあの宙域に突っ込んで問題ないそうだが、流石に想像していた以上にやべえってことでまずは≪金剛城≫から≪蟹江≫を遠隔操作して調査することに決定。
≪金剛城≫での移動中からずっと、出発は今か今かとワクワクした様子で≪蟹江≫に待機していたエルフ四姉妹マイナス1人には一度降りてもらった。掴み所がない四女エルフさんは他のクルー何人かとトレーニングルームで汗を流している。
実は掴み所がない四女エルフさんだけ姉妹仲が微妙なんじゃとかふと思ったものの、そういえば普段≪金剛城≫で過ごしている時はエルフ四姉妹で一塊になっていることの方が少ないので、エルフ四姉妹マイナス1人で固まっている今の方が例外だなと言う結論に至った。
最近のスパンが数年単位のエルフさん達も特に気にしているように見ないし考えすぎだった。
「≪蟹江≫の安全性チェックが終わったら、同様のシールドを搭載した位置情報を取得できるブイを大量に放流して良いかな?」
ぎしゃーさんが楽しそうにホロウィンドウを弄っているなと思っていたらそんな提案をしてきた。
何か意味があるんだろうし、俺としては好きにやってもらって構わない。しかし、≪金剛城≫クルーのブレーキ役を担ってくれている先輩さんが資源を無駄にしかねない使い方に頷いてくれるかな?
「一緒にお願いして欲しい」
「まあ、一緒に頼むだけなら」
「ありがとう」
ふにゃっと笑うぎしゃーさん。うむうむ。
などと当人を目の前にして小芝居をしていたら先輩さんに溜息を吐かれた。
「学術的資料を集める方法としては一定の信頼を置ける調査方法ですし、小型化したシールドの出力で大丈夫なようならやりましょう」
先輩さんがぎしゃーさんの企画書を確認し、最終的にはブイに合わせたシールドの性能が十分だと見做されたら恒星系の周囲複数のポイントから一斉に大量のブイを恒星系へ放流することになった。≪金剛城≫内ネットワークで公開した企画書にクルーの大体の賛成も得られている。
その時にちらっと見た他の企画書の中に、異常な重力の恒星系でレースをやるって案が見えたのはきっと気のせいだ。いや、シールドの性能試験後って言っても危険すぎるでしょ。
ふと大きい方のダブルで一番さんが静かだなと思えば、なにやら真剣な顔でホロウィンドウを見つめている。
「何かありました?」
「あの特殊な重力環境下において料理になにか新しい発見を得られないものかと、皆さんと検討していました」
企画書にまとめる前の段階の議論かな。
しかし特殊な重力環境を料理に応用するって何だろう。圧力なべ的な何かだろうか。圧力なべは高重力が似ているのであってあのよく分からない重力環境とは別か。しかも新しい発見をって言ったのであって料理に応用するとは言ってなかった。いや、でもあそこで料理に関する何かを得られるのかは疑問だ。
こういうところですぱっと諦めるかどうかが、新しい何かを生み出す人とそうでない人の差なのかもしれない……と、それっぽい結論出しておけば俺も成長したと思われないかな。