02-29
探検ごっこにはもう参加しないと俺は決めた。何か見つけてしまった時に現場に居るのと、後からその報告を聞くのとどちらがマシか考え、その場に居たら俺が対処の方針を決めなくてはいけないのでその責任をそっと放棄して心の平穏を保つことにした。俺と同じような結論を出した比較的繊細な面々は暫く疑似恒星光のサンルームに近づかないらしい。
何をしようかなと食堂隅のリラクゼーションスペースでごろごろしていたらデビごっこさんがやって来たので抱えてごろごろ。
誰か面白い話を持ってきてくれたりしないかと期待を込め、食堂のドアが開くのに合わせて運命の扉が開かれ云々とかデビごっこさんと遊んでみる。
「お?」
「どうしたのだ我が眷属よ」
「扉は関係ないけど……運命も関係ないけど、話題はできたみたいだよ」
「んー? なんかあったの?」
無機質美人のホログラムがインプラントデバイスに直接送って来た急報タグの付いたファイルを開くと、確かに急報だった。
「なんか、帝国周辺の戦争が全部一気に停戦だって」
「……I.M.S.I.に停戦なんて概念があったことに余は驚きじゃ」
余程驚いたのかデビごっこさんの一人称と語尾がいつもと違う物になっている。そしてそのまま詳しい話を聞かずにどこかへ行ってしまった。まあ、停戦に関するあれこれが書かれたファイルは≪金剛城≫の艦内ネットワークでオープンになってるし気が向けばそっちで確認するだろう。
公式的な見解は以下の通り。発生してるはずの難民と実際の難民の数に明らかな差があり、この調査に各国が集中するために戦争に関与した10を超える国家が足並みをそろえて停戦に至った。
しかし本当のところは難民の数が無視できないほど予測より少ないことではなく、難民化しているはずの研究対象として有用な体質を有した人種ばかりが故郷の惑星単位でいくつも消えたことに危機感を抱いたためどこの国家も警戒せざるを得なかったらしい。その消えた人種を目的に戦端を開いた国家もあったようなので戦争の目的が消えたら戦争を続けるのも馬鹿らしかろう。
なにやらどこかで聞いた覚えがあるような理由で戦争が一度止まったようだが、世の中そんなこともあるかもしれないので気にしないでおこう。いつの間にか人口が150億を超えている新エルフ星とはなんの因果関係もない。偶然と偶然を存在しない糸で繋いで必然と認識しようとするのは人間の本能だと聞いた覚えもある。
「まさか、関わるつもりもない内にあんな大きな戦争を止めちゃうなんてね」
いつの間にかいたギフト化幼馴染殿がしみじみとつぶやいた。
その言い様は、まるで歴史上稀に見る理由での一斉停戦と≪金剛城≫に何らかの関連性が窺えるようではないですか。そのような無責任な発言には断固として遺憾の意を表明する所存である。
「なんか頑張って目を逸らそうとしてるけど無意味なことはすぐにやめるべきだよ」
心の中では断固として関連性を否定しつつ実際には何も言わず黙ったまま見つめ返していると、とても温かく柔らかな微笑みと共に直視したくない現実を突きつけられた。
普通にはあり得ない、複数の国家が関わってるいくつもの戦線で同時に停戦ってやっぱりおかしいよね。
「まあ、待つんだ。俺はあくまでクルーの趣味に口を挟まなかっただけであって、そのすべての責任が俺に帰属するかのような言い方は良くない。管理者責任として精々が3割くらいの負担だろう。難民を積極的に保護していた当人と、戦争なんて非生産的なことをやってたやつらが合わせて残りの7割だな」
「寧ろ3割は自分に責任があるって認めてしまうんだね」
「そう言われると俺は欠片も悪くない気がしてきた」
じゃあ無機質美人のホログラムが4割5割の責任を負うべきかと言うとそうとも思えないので、戦争やって市民が難民にならざるを得なかったやつらが全面的に悪いというべきだな。
「よし。俺達は何も悪くない」
「悪くはなくても、特殊な形で戦争に区切りをつけた理由はまず間違いなく君達だね」
微妙に表現を変えることで無関係を装うつもりだったのが明らかにバレてる。
「んっんー」
一度うやむやにしようと試みた以上、今更認めたくない。何か話を逸らせそうなものはないかなっと。
「あ、なんか戦場になった宙域の一部が異様なほどキレイになる原因不明の異常事態も起こってるらしいよ。デブリとかが全くなくて、場所によっては宇宙塵すらなくなってるって」
「≪金剛城≫の採集器で舐め回したみたいに?」
「んん?」
え、もしかしてこれも無機質美人のホログラムが理由なのか。なんでわざわざ戦場まで採集船を出張させたのか。
「今回の帝国関連の戦争は不可思議なことばかりだな」
一緒くたにしてしまえば謎が謎を呼び真実は闇の中。
「少なくとも≪金剛城≫にいる人にとっては、難民が少ないのも戦場跡がキレイなのも不思議でも何でもないね」
「でもほら……なんでか唐突に戦争始めたのが一番の謎だし、他のは些細なことだ」
どうにか矛先を逸らそうと深く考えずに言ってみたが、なんで戦争なんて起こったのかは実際よく分からない。
「はぁ……戦争に関する資料はちゃんと読んでないの?」
「読んだ気はするけど、そう言われるってことはちゃんと読んでないみたいだ」
単純に興味が無くて最初のところだけ読んで飽きたのかもしれない。
「帝国領内で犯罪行為に手を染めた逃亡者の引き渡しを要求して、当然断られた後その捕縛を理由に軍を突っ込ませたんだって。本当の狙いはI.M.S.I.が実効支配する不可触領域の希少資源。よくある話だね」
「すげー簡単な話だー」
不可触領域に踏み込む口実が何でも良かったんだろうとはいえ、帝国が国家として認めていないI.M.S.I.に犯罪者の引き渡しを要求するとかすごい馬鹿らしくて真っ当な国家の所業とは思えない。
でも≪金剛城≫の艦内ネットワークの資料にそう書かれていたなら、きっとその開戦に至る経緯は事実だ。
艦内ネットワークのパブリックスペースにある資料は、基本的にかなり確度が高い。
なぜなら、無機質美人のホログラムが合法的だったりそうでもなかったりの手段を用いて、帝国だけじゃなく周辺諸国家からもかき集めたデータを独自に解析してまとめたものだから。どんな形であれ外部接続可能な記憶媒体は総浚いされていると言っても多分過言ではない。
「その口実に使われた犯罪者のデータは、十数年前にとあるギフテッドが独自調査したものらしいね?」
意地の悪い笑みの意味が分からなかったが、そういえば不可触領域で≪金剛城≫の建設中にそんなデータを帝国に売ったような覚えがある。
「あはははは……」
ムチムチ美人さん達が帝国に見切りをつけた一件でも帝国の先行きに不安を覚えたけど、この戦争の発端もやり口が稚拙過ぎて笑い話にもならない。もしかして本当に帝国ってヤバいのか?
……さ、皆でバーベキューでもして帝国に良いように使われて傷ついたことになった心を癒そう。俺の宇宙的スローライフはこれからだ。
――02_Squilla is not chair._完――