02-23
「まさか貴女方がこんなことをするなんて……」
料理を趣味とするグループに属する自分以外の面々を一列に正座させてリーダーさんが悲しいような悔しいような顔で重々しく零した。彼女が心を痛めている原因は、そばのテーブルの上に並べられた色とりどりで掌に乗る大きさの直方体の何か。
「食べる粘土って斬新だよね」
「正しくは美味しい粘土だよ。美味しいのに絶対に粘土って言い切れるのがすごいと思う」
ぎしゃーさんに話を振られたので訂正しつつ感想を述べた。見た目、におい、食感、味とあとなんだったかな食べ物の美味しい美味しくないを判断する基準は。とりあえずその4項目の内、見た目と食感は確実に粘土だ。美味しいけどまじでなんだこれ。
「なぜこんなもの……こんな、美味しい粘土なんて作ったんですか」
「ごめんなさい」
主犯格だったらしい大きい方のダブルで一番さんが悄然と項垂れてリーダーさんに謝っている。近くに居たことで試食に呼ばれた俺とぎしゃーさんの評価としては、美味しいんだから別に粘土でも良いんじゃないかって感じなんだが、料理を趣味とする同好の士としてはなにやら我慢できなかったようだ。そのリーダーさんに付き合っている人達も自分達で作った美味しい粘土に思うところがあるんだろう。
「せめて、見た目さえ料理の体裁を整えていればただ賞賛できたというのに……」
「試食だし成形は後で良いかなと」
俺とぎしゃーさんも頷く。粘土の見た目は衝撃的だが、どうにかするつもりがあったなら中途評価の段階ではそれでいいと思う。
「最初から参加できていたなら私もそう思ったでしょうけれど、味だけ完成度の高いこれを粘土の形状で試食させられた私への配慮はないんですかっ」
俺とぎしゃーさんという部外者の知らない事情がありそうだったので端っこにちんまりと正座していたデビごっこさんに聞いてみた。
今回の粘土を作るにあたり、ある程度形になったところで料理の出来る第三者の視点を取り入れるべく、一人だけ最初の内は開発に携わらないことになっていたそうだ。その時ダイスロールで負けて途中参加枠に分けられたのがリーダーさんだとのこと。テーマも何も事前に知らないようにお互い気を付けていたのでリーダーさんの期待がとても大きくなっていたのをデビごっこさんも感じていたという。
そして食べさせられた美味しい粘土。
美味しい。美味しいのに、絶対に粘土と分かる食べ物。そりゃあ大きくなってた期待の分だけ色んな感情が爆発してもおかしくない。
でも過去にはリーダーさんも同じようなことしてるよね。会心作ができたって俺の期待を煽っておいて出されたのが人種でも美味しい牧草だったとか。美味しかったけど見た目に気を遣って欲しいっていうのはその時の俺も言った。というか今思うと牧草そのままは料理じゃなくて農業とかの分類ではないだろうか。
「あ、えーっと……こ、これは作るのに必要な材料も少なく手間もあまりかからないので更に加工することで新しい生成食糧となるかもしれませんね」
ある程度落ち着いたのか、牧草の一件を思い出していた俺の視線に気づいたリーダーさんがちょっと慌てて建設的なことを言い始めた。
「でも、この粘土が美味しいと感じるのは事前に服用したナノマシンサプリによる体質の解析があってこそなんです。咀嚼し始めたところで急激に組成を調整して食べた人物の美味しいと感じる味に整えるとなると、料理としては邪道ではないでしょうか。あ、でも感覚情報をクラッキングするわけではないので合法ですよ」
なぜ合法を強調されていると違法性を強く意識してしまうんだろうか。
「うーん。ナノマシンサプリを使わなくとも粘土自体も美味しいですし、ここから加工して生成食糧として扱うなら十分では?」
料理グループが本格的に美味しい粘土の発展性を論じ始めた横で、俺とぎしゃーさんは美味しい粘土でオブジェを作っては食べてとちょっと遊んでいた。美味しそうな肉……の形をした美味しい粘土。美味しそうなサラダ……の形をした美味しい粘土。味は1種類しかないのになぜか色のバリエーションが豊富なので食べられる粘土細工はなかなか奥が深い。
あれやこれやと料理グループが楽しくやっていた美味しい粘土関連はとても大きな問題を解決できないため凍結された。
別に今の生成食糧でも同じくらい美味しいし、新しく同じようなの作らなくても良いんじゃね? ≪金剛城≫じゃ普段は栄養素調整サプリを前提に生育食材を料理してるから猶更。
いざ必要となってからだと遅いしというそれだけ見ると正しい意見は、でもやっぱり現状の生成食糧とほぼ全部が同じくらいの性能で使い分けるほど差別化できない新しいのは要らないよねというド正論で退けられた。
美味しい粘土も粘土であることを除けば悪いところは何もないんだけど、低コスト、高栄養価、再加工の手軽さなどなどあらゆる面で既に完成されているとすら表現される既存の生成食糧があまりに優秀だった。
美味しい粘土は美味しい粘土として食べることが決定されたが、何人かは美味しい粘土を使った料理の開発を頑張るそうだ。