第88話「南瓜とセンコ国-18」
「ここは……」
目を開くとそこはいつも俺がリーン様の声を聴いていた天地が逆さまになっている空間であった。
「えーと、何で俺はこんなところに居るんだ?」
俺は自分が覚えている限りで自分の記憶を思い出していく。
まず俺はサク第一王子の依頼でクヌキハッピィからこの国の首都であるセンコノトに向かった。
で、センコノトに着いた俺は【共鳴合奏魔法・秋の快眠セット】を使って街中の人間を眠らせた後に城に潜入し、他の王子の依頼を受けて来ていた同業者と共に王様たちを救助した。
そして王様たちの安全を確保した所でレイ第四王子の切り札を潰すために城の地下に潜り、三馬鹿に第四王子に神官を撃破した。
「ああうん。思い出してきた」
それで、そこまでは良かったけど確かその後に神官の最後の意地で破壊神を召喚されちまったんだ……。
で、その後は……あー、そうだ。召喚された破壊神の腕に殴られた勢いで大量の壁や地殻を突き破って地上まで押し上げられて、その際に【共鳴魔法・結界桜】の防壁も破壊された上に余波で全身ズタボロにされたんだったな。
流石は破壊の名を冠する神だけあってとんでもない攻撃力だった。
「ん?てかそう考えると妙だな」
俺は自分の身体を見回す。しかし、傷は一切存在していないし、治療痕の様な物もない。まるでそもそも傷を負っていないかのようだった。
いやまあ、そもそもここがどういう場所なのかもよく分かってないし、もしかしたらここはそう言う事が普通に起こる場所なのかもしれないが。
「あー、考えてみたら破壊神の腕も放置したままか……となると急いで戻らないと……」
「戻るならこっちです」
「ん?」
そして、俺が元の世界に戻ろうとしようとしたところで聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「アンタは……いや、貴方様は……」
そこに居たのは豪勢なドレスと赤いレイピアを身に付け、右手に何か紋様の様な物が刻まれた長い杖を手に持った女性。
俺はその女性を見た瞬間にその力の気配と声、それと直感のような物から直ぐにこの女性の正体が分かった……否、理解させられた。
俺の中にある【レゾナンス】が惹かれていることからも分かる。このお方は……
「リ、リーン様!?」
「正解ですが、今は悠長に話している暇はありません。なので簡潔にこの場は済ませてしまいましょう。面を上げなさい」
「あっ、はい」
俺は思わずリーン様に向かって膝を折り、首を垂れるが、すぐに頭の上からリーン様の声が聞こえてきたため、その指示に従って顔を上げる。
「まず外の状況ですが、破壊神の腕が顕現しています。が、現在はとある方が足止めをしてくれているので多少の時間はあります」
アレを止めるって……何者ですかその人は……いや、人かどうかも怪しいな。
「本当なら私や彼女が倒してしまった方が速いのでしょうが、彼女には彼女の事情が、私には私の事情があって大きく力を使うわけにはいきません。ですから貴方の傷を癒し、今回に限った力を渡します」
そう言うとリーン様は右手に持った杖を俺の方に差し出す。
近くで見ると杖には宝石がいくつも填め込まれ、ルーン文字の様な物が刻み込まれており、よく見なければ分からないようにはなっていたが大量の魔力が込められていることが分かる。
「謹んで受け賜ります」
「気を付けなさい。この杖の力は莫大です。無闇に扱えば貴方も貴方が守りたい者にまで滅びをもたらしてしまうでしょう」
「はい」
俺はリーン様の言葉を心に刻み込むと、両手で杖を握ってリーン様から受け取る。
「っつ……!?」
そして杖を受け取った俺がまず感じたのは圧倒的ともいえる力を得た事による興奮。
だが、その次の瞬間にはリーン様の言葉を思い出すと共に、その杖が内包している力が自他問わずとにかく滅びを招くものである事だと気づいて自らの心を戒める。
「自力で気づけたのなら大丈夫でしょう。私はここで貴方を見守っていますので頑張ってくださいね。では、この扉を通って元の世界に戻りなさい」
「はい!」
俺はそうしてリーン様が作り出した空間の裂け目の様な場所を通ってこの逆転した世界を後にした。
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「…………」
私は彼が出ていったのを確認すると扉を閉め、彼には見えないようにしておいたこの場所本来の姿を露わにする。
すると逆転した世界の中で地面から空に向かって落ちる物の中に光り輝く文字列が含まれ始める。
「ごめんなさい。本来ならば多くの人の運命を変えた貴方はもう眠らせてあげるのも手だったのでしょうけど、これからの事を考えると貴方無しにとはいかなかったのよ」
この文字列は記憶。
それも世界中のあらゆる生命が持つ記憶がここには集まっており、中には過去と現在の記憶だけでなく未来の記憶も含まれている。
尤も、世界の内側で見る以上は未来の記憶に関しては見ること自体が世界への干渉と取られ、閲覧時点のまま事態が進行した際に最も起きる可能性が高い記憶と言う事になってしまうし、情報量が多すぎて人の枠に収まっている内は一文字読むだけでも命がけになるのだけれど。
「出来れば、彼の未来に幸が多からんことを」
そして私は彼の為に祈りを捧げ始めた。
祈りを捧げる相手など居ないと言うのに。
リーン様から貰った杖は宝具どころか神具の一種でございます。
効果のほどは次回以降にて