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第84話「南瓜とセンコ国-14」

『おやおや、やり過ぎてしまいましたかな?』

 神官が先程まで俺の居た場所で憎たらしい笑みを浮かべながらこちらを見て笑っている。

 まあ確かに片腕を失ったような物だからな。そう判断されてもおかしくないか。


「舐めるな。腕の一本程度どうとでもなる」

『ほう?』

「【共鳴(レゾナンス)魔法(スペル)蠱毒腐肉(リムリカバー)】」

 俺はマントの中から厳重に封がなされた小瓶を取り出すと小瓶の中に規定順序で魔力を流し込む。

 すると小瓶から光が溢れだして割れ、中から黒い液体のような物体が溢れ出して千切れかけた腕にくっついてその腕を傷を負う前の状態に戻す。


『再生魔法ですか。そのスピードに回復のレベル。これは驚きましたな』

「ふん」

 【共鳴魔法・蠱毒腐肉】とはリーンの森に生息しているクロイングボアたちの肉に俺の葉っぱと魔力を混ぜ込んで熟成……と言うよりは腐敗させたものを触媒とした共鳴魔法であり、発動させれば四肢や内臓程度なら術者がどれだけ対象の肉体構造を把握しているかに依るが再生することが出来る魔法である。

 尤もこの魔法は事前準備として触媒の作成段階から術者の魔力に身体の一部を混ぜ込んでいるからこそ発動できる魔法であり、一回分の触媒を作るのにも結構な時間がかかるのだが。


「悪いが、手加減も遠慮も無しだ。全力でやらせてもらう」

『ほう。竜殺しの本気ですか。これは見ものですな』

「黙れ。【共鳴(レゾナンス)魔法(スペル)狩猟蜂(フィジカル)蜜蝋(ブースト)】【共鳴(レゾナンス)魔法(スペル)灰硬樹(プロテクト)木片(アップ)】」

 俺は【共鳴魔法・蠱毒腐肉】で再生させた腕の状態を確認しつつマントの中からハンティングビーの蜜蝋と灰硬樹の木片をそれぞれ丸めた物を取り出して二つの共鳴魔法を発動させる。

 なお、【共鳴魔法・狩猟蜂蜜蝋】には対象の身体能力を全体的に上昇させる効果があり、【共鳴魔法・灰硬樹木片】には魔力による障壁を全身に張り巡らせて防御力を上げる効果がある。

 これに加えて魔力による単純な身体強化を組み合わせれば今の神官の動きにも十分対応できるだろう。


『準備完了と言ったところですか?』

「ああ、待たせて悪かったな」

 俺は左手に灰硬樹のナイフを逆手で握り、右手には【共鳴魔法・牛蒡細剣】を持つと壁から離れ、空中で構える。


「どうせ、お前も飛べるんだろ?来な」

『では、遠慮なく……』

 俺の準備を力を得た事から来る余裕なのか笑みを浮かべて眺めていた神官も俺が構えをとると同時に構えをとり始める。


「…………」

『…………』

 構えを取り終ると俺も神官もお互いに瞬き一つせず相手の動きを観察し、自らの呼吸を整え、一瞬の隙を窺ってゆっくりとその位置取りを変えていく。

 そして静寂がこの場の空気を支配し……


「フン!」

『ぬうん!』

 次の瞬間には俺と神官は先程まで両者が居た場所を繋ぐ線の丁度真ん中で、俺は右手の剣を、神官は右手の爪を金属音を周囲に響かせ、火花を辺りに散らしながら凌ぎ合っていた。


『このスピードについて来るとは……』

「さっきまでの余裕はどうしたよ!」

 そして続けて行われたのはお互いの得物を用いた乱撃。

 その中で神官は俺が自身の予想以上に強化されていたためなのか先ほどまで浮かべていた笑みを消すとその身体能力に物を言わせて両手の爪を縦横無尽に振るう。それに対して俺は強化された身体能力で神官の動きを読むと、左手のナイフで完全にとはいかないが攻撃を防ぎ、反撃として右手の剣で神官の身体を少しずつ切り裂いていく。


『がああああ!何故だ!何故だ!何故だああぁぁぁ!!』

「……」

 やがて何十合とお互いに打ち合い、致命傷こそなくとも少しずつお互いに手傷を負う中で、少しずつ神官の動きに粗が出て来て攻撃が大振りになっていく。

 だがそれでも俺は冷静に神官の動きを読み、右手の爪の先端をナイフで跳ね上げて軌道を逸らし、一歩踏み込んで逆に神官の脇腹を鱗を削ぐ様に薄く切りつける。


『何故倒せない!何故倒せないのだ!?』

「何でってそりゃあ……」

 そして左手の爪を使った特に大振りの攻撃を避けた所で俺は神官の胸を狙って構えをとる。

 恐らく神官には何故身体能力が追いついただけで戦いが拮抗化するのかなど理解できていないだろう。

 だから、焦っている。今まではその姿になれば一撃。かかっても数撃で戦いが終わっていたのに未だに戦いが終わらない事に。


「知も技も捨てたのに同じ身体能力の相手に勝てるわけがないだろうさ!」

『ガッ!?』

 俺の剣が神官の胸を今までにない深さで抉り、神官は大きくよろめく。

 結局はどれだけ直接戦う事に慣れているか否か。それが俺と神官の差だ。

 考えてみれば裏で糸を引き、謀略ばかり巡らせているような奴が僅かな迷いや気持ちの差で勝敗を決するような直接的な戦いに慣れていることの方がおかしいわけだしな。


「破壊神様の恩恵とやらも大した力は無いな」

 俺は次はその首を刈り取ってやると言わんばかりに右手の剣の切っ先を神官の首に向ける。

 と言っても人間はいつその才覚を目覚めさせるか分からないものだ。

 だから、奢らず昂らず冷静に自分の戦いを進め、逆に相手の理性を言葉とポーズと痛みによって奪い取る。


『この……南瓜風情が破壊神様を愚弄するかああぁぁぁ!』

 神官が両手の爪を振りかぶりながら突撃を仕掛ける。

 さて、これで準備は完了。後はタイミング次第だ。


「ふん!」

『ぬがああぁぁぁ!』

 再びの激しい攻防。

 お互いに少しずつ手傷を覆いながらも相手の隙を窺い、必殺のチャンスを生み出そうとする。


「ここだ!」

『くっ……!?』

 そして神官の大振りな攻撃が俺によって弾かれ、神官に大きな隙が生み出される。

 俺はその隙を見逃さずに右手の剣を振るおうとし……


『かかったな!』

 神官がそう言った瞬間に棘の生えた尾が俺に向かって突き出されるのを見た。

続きますよー


04/18誤字訂正

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