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第44話「輪廻と南瓜-2」

「ーーーーーーー!」

「ーーーーーーー!!」

「ここは……」

 俺が目を開けると暗い家の中でみすぼらしい服装の二人の男が何かが言い争っていた。

 二人の男の顔は歳の差はあれど何処となく似通っており、恐らくだが親子ではないかと思う。

 そして同時に理解する。これはあの時見た物と同じものなのだと。


「ーーーーー!」

「…………」

 と、男の歳を取った方、恐らくは父親の方が何かを言った後に怒った様子で息子と思しき男に背を向け、息子は俯いて何かに堪えるように震える。


「ーーーーーー」

「……!?……。ーーーーー!」

「!?」

 そして父親が何かを言った瞬間に息子が顔を跳ね上げ、怒り、近くにあった包丁を握って駆け出し、父親が息子の異常に気付いた瞬間に息子は父親の腹を……


 刺した。


「ーーーー……」

「…………」

 悲劇……と言っていいのだろう。

 父親の腹を刺した息子は自分のしでかした事の大きさに恐ろしくなったのか逃げ出し、父親はそんな息子に呻き声を上げつつ力なく手を伸ばすがその手は届かなかった。

 そして今まで意味が理解できる形では俺の耳に言葉が届いてこなかったのに、次の一言だけは何故か俺の耳にすんなりと入って来た。


「すまない……息子よ」


 と。


「…………」

 力尽き、手が地面に落ちた父親と家の壁が風に吹かれた砂の様に散っていく。


「ーーーーーー!」

「ーーーーーー!!」

 やがて見えてきたのは先程の繰り返しのような光景。

 けれど言い争う二人の姿は先ほどよりも裕福そうで、前世で言う所の西洋貴族風の格好をしていた。

 だが、結末は変わらない。父親は腰に佩いていた剣を抜いた息子に腹を刺されて息絶える。


「…………」

 そして再び壁と父親が風化していき、同じような光景が繰り返され始める。


「随分と趣味が悪いな……」

 誰がこの光景を見せているのか。ここが何処なのかは分かっている。だから俺は問いかける。


「そうは思わないか?リーン様」

「…………」

 俺が目を向けた方から目には見えないが何かが居る気配がし、俺の言葉が届くとともにその気配が少しだけ揺れる。

 そして気が付けば周囲の繰り返しの光景は全て砂に変わって散っており、いつもの天地が逆さまになった世界が周囲には広がっていた。


「だからこそ私は貴方を利用してこの繰り返しを終わらせた」

「はぁ……やっぱりそう言う事なのかよ」

 と、気配がある場所から聞こえてくるリーン様の言葉に俺は今もなお繰り返されているこの光景がタンゴサックの過去……より正確に言えば今までの前世の結末なのだと理解する。


「彼はね……どれほど裕福に暮らそうとも、貧乏であろうとも、清く過ごそうとも、欲望のままに過ごそうとも、息子を作ろうが作らなかろうが、そんなものは一切関係なく同じ結末を迎えてきたの」

「息子に殺される……か?」

「より正確に言えば不意打ち気味に息子と呼べる者に腹を刺されて死ぬ。ね」

 リーン様の声には何となくではあるが悲しみの感情が現れている。

 それにしても息子か……クソ親父(タンゴサック)の言葉から察するに今世の息子役は俺なんだろうな。

 そして本来なら俺もタンゴサックを殺していたと。

 そう言えば俺もカボチャになった直後にタンゴサックの腹を殴ってたなぁ……そう考えると何とも恐ろしい話だ。


「私は報われるべき者が報われるのが世界の正しい在り方だと思っている。だからこそ彼の繰り返しは正したいと思った。けれど運命は残酷で無常で、おまけに変えたいと願えば願うほどに変えさせまいと反発する」

「……」

「貴方に教えられない事が多い理由の一つはそれ。貴方が彼らの運命を知り、知った上で変えようと思えば世界は変えさせまいと動く。無知とは罪であるけれど如何なる運命すらも打倒しうる最強の矛でもあるの」

 つまりリーン様は知り過ぎているがために周囲の環境を弄ったり、俺の思考を誘導することでお膳立てをすることは出来ても直接救うことは出来ない。か。

 世界と言うのは全く持って悪趣味にも程があるな。

 尤も、リーン様が動けない理由は以前言っていた見つかるわけにはいかない相手の存在も有るんだろうが。


「貴方は貴方の思うがままに生きればいい。きっとそれが貴方自身を救うから」

「……」

 そしてそんなリーン様の言葉と共に周囲が真っ黒に染まっていき、俺の意識も急激に遠ざかっていった。



■■■■■



グチュリ……


 一切の光源が存在しない部屋の中で何かが蠢いていた。

 それは裸の男女であり、巨大な蛇であり、みずみずしい若木であり、巨大な咢を持つ狼であり、硬質の甲殻で覆われた昆虫の脚であり、小刻みに動く細い糸の様な何かであり、天を覆い隠すほど大きな鳥の翼であり、奇妙と言う表現しか出来ない生物のパーツであったりと、全体的に人の女性に近いシルエットのものが多いが、おおよそ生物として括れるあらゆる存在が溶け合い、融合し、時折嬌声の様な声を上げつつ深く深く混じりあっていた。

 この存在を一つの生物として捉えて良いかは疑問ではあるが、仮に一つの存在と捉えて評するなら“混沌”と評すのが最も正しい存在がそこには居た。


「少しいいか?」

 と、ここで真っ黒な部屋の一角を四角く切り取ったように白い光が漏れ出し、そこから女性の声がしてくる。


「「「何か用?」」」

 混沌を構成する生物全ての目が女性に向かい、全ての口が同じ言葉を発する。


「昔のリストを調べていたら今と合わない部分があった。恐らくだが……だろう。早急に調査をする必要がある」

「「「ふうん。私としてはどうでもいいんだけどね。自分の最適化・強化作業の方が大事だし」」」

 女性の言葉に対して気だるげそうに混沌は答える。


「……。お母様に言いつけるぞ」

「「言いつければ?どうせ私は失敗作だもの。お互い今更一々干渉はしないわ」」

 混沌は女性のわずかに怒気を含む声をまるで意に介さず、混沌の坩堝に引き込まれないようにもがく生物たちを無理やり抑えつけつつ徐々に一定の姿へと収束していく。


「ちっ……」

「ま、何処に行ったかぐらいは調べておいて。それで見つけて壊れてなかったらこっちで回収しておくわ」

 そして橙色の髪に三本の角を生やした一人の女性の姿を取ると混沌は明らかにイラだっている部屋を訪ねた女性の横を何処からともなく取り出した白衣を地肌の上に直接羽織りながら通り抜けていく。


「さあて、面白い事になっていれば御の字なんだけどなぁ……ふふふ」

 混沌は誰に聞かせるでも訳でも無くそう呟いた。

当然ながら転生元はクロキリ世界、HASO世界以外も有ります。


後半部の混沌様……大丈夫ですよね?(規制的な意味で)

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