第34話「南瓜と狩猟蜂-2」
「あれが巣だな」
「随分とデカいな……」
「あっ、やっぱり普通のサイズじゃないんだ」
森の中を進む俺たちの目の前で突然森が開ける。
そして見えてきたのは表面にいくつもの穴が開いている黄色い高さ5m以上はあるであろう巨大な岩……いや、蜜蝋によって作られたハンティングビーの巣だった。
「しっかしこりゃあハンティングビーたちが怒るのも納得だな」
「だな。と言うかこんな事をされたら大抵の生き物は怒るだろうさ」
「まあそうだろうなー」
だが、その巣の一角……比較的地面に近い部分の壁には大きな穴が開いており、多くのハンティングビーたちがそこに集まって巣の修復を行っていた。
恐らくはあの大穴こそが馬鹿な冒険者とやらが開けた穴だろう。
しかしこれはハンティングビーが怒って当然だな。人の基準に合わせて言ってしまえば普通に暮らしていたら突然壁を壊して強盗が押し入ってきたようなものだし。むしろ怒って当然と言うか何と言うか……とりあえずクヌキハッピィに戻ったら件の冒険者を一発ぐらいぶん殴ってもいいかもしれないな。それぐらいは許されると思う。
「さて、どうやって交渉をするか」
クレイヴが周囲の様子を窺いながらそう言う。
俺たちの周囲には辺りを警戒するように多くのハンティングビーが飛びまわっているのだが、彼らの様子は見た限りでは何かがあればすぐにでも戦いに移れる感じである。
「それ以前に少し疑問に思ったのだが、ここのハンティングビーたちはやけに統率がとれていないか?」
「あー、それは確かに」
「うーん。どこかに指揮官がいるっぽいかな……っと、アレがそうだな」
カナドの疑問に俺もクレイヴも周囲を一通り見渡し、そしてカナドの言うとおりだと納得すると同時に俺はその中でも特に規則正しい動きをしているハンティングビーを見つける。
その個体は他のハンティングビーに比べると保有している魔力が多く、知能も高いのか羽を震わせるリズムや飛行パターン、それから俺は虫ではないので分からないが恐らくはフェロモンの様な物も使って指揮を執っているようである。
「他の個体に比べると針や甲殻が上質そうだ」
「魔力も多そうだなぁ……」
俺が指し示した個体を見てカナドとクレイヴもそれぞれ別の視点から俺の見つけた個体が通常のハンティングビーとは異なる個体であることを認識する。
で、今になって気づいたのだが何となくあの個体の魔力に見覚えがある。
多分だけどリオを助けた時に居たハンティングビーの一体で俺から直接魔力を込めた露を受け取った個体だ。ただあの時よりも明らかに頭は良くなっている気がする。
となると……うん。今は深い事は気にしないでおこう。今大切なのはあの個体が俺が前に会った個体とイコールで結ばれるなら交渉が容易に行える可能性が高いと言う事実だけだ。
「あー、俺が行ってみてもいいか?」
「分かった。何かあったらすぐに逃げろよ」
「了解」
と言うわけでクレイヴの許可を貰ってから俺はハンティングビーたちを刺激しないように気をつけつつ巣にゆっくりと近づく。
「「「ブブブブブ!!」」」
「あー、タンマタンマ」
が、巣まで後数mと言う所で大量のハンティングビーたちに囲まれたため、俺は彼らをなだめつつその場で停止する。
「ブブブブブ……」
「あー、やっぱりお前か」
で、目の前にやってきた指揮官っぽいオーラを出している個体を改めて見て俺はその個体がリオを助けた時に会った個体だと認識する。
「ブブブ……ブブ、ブーブブブ」
「んー」
目の前のハンティングビー……この際だから仮称『リーダー』と呼んでおくが、リーダーは複雑な羽音と軌跡を描くとともに、俺でなければ分からないだろうが魔力にいくらかの感情を込めることでこちらに対して何かしらの意図を伝えようとしてくる。
うーん。何となくだけど歓迎されていないって事は伝わってくるなぁ……でもここで退くわけにはいかないんだよね。
ついでに言うとこの頭の良さを考えると下手に言葉で伝えるよりはもっと直接的な方法で想いを伝えた方が良さそうかな。
「ズズンチャ、ズンチャ、カカッカッカ」
「ブ?」
「「パンプキン!?」」
と言うわけで後ろの方でクレイヴとカナドが愕然としているが微量の魔力を放出しつつ踊る事で敵意は無いとハンティングビーたちに伝えてみる。
伝わるのかって?言葉なんて言う前提として相手と自分が同じ言語体系を扱えることが条件になっているようなコミュニケーションツールを用いるよりはよっぽど伝わるんじゃね?
と言うわけで以後は何となくの同時翻訳を加えていく。
「ブンブーブ、ブブブブブー?(敵意が無いのは分かった。それで何用だ?)」
「タラッタッタ。タラタタタ(人間たちとの交流の再開が目的。先日の詫びも持って来ている)」
「ブブブーン、ブ、ブ、ブブ、ブブブ(詫びは貰うが、交流再開には条件がある)」
「ズンチャズズチャ、スースー、トトトタラ?(受け取ってくれてありがとう。だが、条件とは?)」
「ブンボーンババブ、ブブン。ブブブブー、ブンブ、ブ、ブ、ブー(壁を壊した冒険者を二度とこの森に近づけるな。それから貴方から以前貰った露をまた少し分けてもらいたい)」
「スートゥー、ズンチャトッタラズンチャッチャ(分かった。まずは詫びの方を渡すが、条件については少し仲間と相談させてくれ)」
「ブブブー、ブッブン(分かった、しばし待とう)」
「ズズチャ(ありがとう)」
「クレイヴ!カナド!大体まとまったけどちょっと相談がある!」
「訳が分からん……」
「心配するな。俺もだ」
だいたいの話がまとまったところでクレイヴとカナドの二人を俺は呼び寄せ、詫びとして持ってきた果実と花を渡すと同時にハンティングビーの出した条件の内冒険者の方について呑むかどうかを相談する。
で、俺から話を聞いたクレイヴが懐から妙な魔法がかかった道具を取り出すとそちらに向かってしゃべり始める。恐らくは通信用の魔法がかかった魔法具とかだろう。いいなぁ……でも高そうだ。
「協会長から伝達。ハンティングビーの要求を呑むそうだ」
「了解。伝えるわ」
と言うわけでハンティングビーたちの要求を呑む事を俺は踊って伝え、その際にこっそり俺の魔力を込めた露の方もリーダーに渡しておく。
そして俺から露を受け取った時点でリーダーが『これからもよい付き合いを』と言った意図の動きをしてくれた。
ふう。これで無事に交渉完了だな。
「それじゃあなー」
「ブンブブーン」
そして俺は小瓶一つ分の妙に魔力が籠った蜂蜜を受け取ると若干疲れた様子のクレイヴとカナドを連れてハンティングビーの巣を後にした。
それにしても最後のメッセージ……『その内貴方に会いに行きます』ってどういうつもりだ?
一応、『会いに来るならリーンの森の卵岩に来てくれ』と軽くステップを踏んで伝えたが……うーん。まあいいか。その内分かるだろう。
やはり強化されていた!
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