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第155話「『陰落ち』-3」

「ヒュロロロォォ!」

 俺は空に浮かぶ黒い月……ルナシェイドに向かって加速しつつ向かっていく。

 ただ、イズミのくれた腕輪のおかげで今の俺に限界高度と言うものは無くなったが、周辺の雲と並ぶような高さにまでやって来た辺りで空気が薄くなってきて呼吸面を始めとして色々と辛いものが出てくる。


「だが、密度が足りないなら掻き集めて圧縮すればいいだけの話だ。【天地に根差す霊王】」

 俺は周囲に【天地に根差す霊王】による魔力の根と葉を伸ばすと、範囲内に存在している空気を掻き集めると、かつてブラックミスティウムを手に入れた時の魔力のように俺にとって都合のいい濃度にまで高めて俺の周囲に纏う。

 ただ、このまま漫然と周囲に纏っただけだと地上と同じ気圧以上に高められないし、この先の空気はさらに薄くなっていく。

 だから、事前に何処か邪魔にならない場所にでも空気を圧縮して保管しておくべきだろう。

 故に俺は集めた空気の一部を背中に圧縮して保管する。形は……いっそ翼のような形にするか、そうすれば動きも阻害しづらいし、いざという時は末端部の制御を解除することによる高速駆動も可能になるだろう。

 空気の屈折率の関係で見た目が天使の翼っぽくなっているがそれは気にしないでおく。


「さて、見えてきたか」

 そうやって対高空用の備えが整ったところで俺は再びルナシェイドに向かって行く。

 やがて最初から見えてはいたが、いよいよルナシェイドが俺の視界を埋め尽くすような距離で見えてくる。


『…………』

「ん?」

 そしてその距離にまで到達したところで俺の耳にノイズのような物が走り、俺は戦闘態勢を整えつつ急停止をする。

 俺は周囲を見回す。

 が、眼下には雲海と水色の障壁に覆われた地上、水平方向は無数の星々が煌めく夜空、上にはルナシェイドの姿が見えるだけで他には何もない。

 となればだ……

 俺はルナシェイドの方を向く。


『なるほどな……あの女の事は気に入らんが、流石と言うべきか中々の作品だ。これだけの代物なら十分相手取れる……』

 今度はノイズでは無くはっきりとした女性の声で聞こえてくる。

 間違いない。この声の主はルナシェイド……いや、その中に居るイズミの依頼主とやらだ。どうして聞こえて来ているのかは分からないが、状況から見て間違いないだろう。

 俺は警戒心を強めつつルナシェイドに接近していく。

 お互いにサイズ差が有り過ぎるせいで遠近感が狂い、残りの距離がどれだけなのか正確に測る事は出来ないが、もうすぐ着くのは間違いないだろう。


『敵性存在を確認』

「っつ!?」

 そして俺の目でルナシェイドの表面に何か突起物のような物が見え始めるような距離にまで到達した所で、突然先程の女性の声とは別の……無機質な声が聞こえてくる。

 その声に俺は思わず急停止して身構え、黒貫丸に魔力を集めて迎撃の態勢を万全の物とする。


『ほう……羽虫……いや、雑草と言うべきか。ふふっ……ふふふふふ……あーっはっはっは!丁度いい!!コイツの慣らしも兼ねてあの女の眷属たる雑草の命を刈り取るとしよう!!手始めにこいつからだ!!』

「来るか!」

 ルナシェイドの表面に存在している無数の突起物がルナシェイドの身体から離れて黒い槍に変化して宙に浮かぶ。

 その矛先は当然のように俺に向けられている。


『さあ降り注げ!【ブラックレイン】!!』

「ちぃ!?」

 次の瞬間、女性の声と同時に数えるのも馬鹿らしいような数の黒い槍がかつてサンホロで見たように……そして今は俺に向かって降り注ぎ始める。

 その光景を確認した時点で俺は事前に溜め込んでおいた空気の一部を開放、空気が解放される勢いも利用して槍が降り注ぐエリアの外に向かっての退避を始める。


『ははははは!逃げられるとでも思っているのか!』

 だが、女性の声からも察せるようにあまりにも範囲が広すぎる。

 このまま水平方向に移動し続けていても範囲外に逃げ出す事は出来ないだろう。

 だから俺は降り注ぐ槍を良く観察する。


『観念したか!』

 槍の大半は正確に俺に向かって来ている。

 そしてその大半に入らない槍は微妙に今俺が居る場所には来ないような軌道を描いている。

 が、その密度は俺を貫くようにしている槍に比べると明らかに薄い。

 となればだ。

 逃げ続けているだけでは勝ち目がないと言う事もあるが……やるべき事はただ一つだ。


「そんな気はねえよ」

『ん?血迷ったか!?ば……なっ!?』

 俺は動く方向を変えてルナシェイドに向かって行く。

 そして……俺の頭を貫こうとした槍を身を捻る事で回避すると、微妙に斜め方向に移動しながら他のとは違う軌道を描いている槍を避けながら少しずつルナシェイドに接近していく。


『馬鹿な!何故当たらん!?』

 徐々に黒い槍の弾幕が濃くなっていく。

 だが、軌道が単純すぎる。

 大半が俺の居る場所を狙っていくのならば、少し発射口との位置をずらしてやればそれだけで勝手に外れる。

 そして、あまりにもルナシェイドの体が大き過ぎるために、一定ラインから先にまで接近すれば以降は逆に弾幕の密度が薄くなっていく。


『くそっ!別の攻撃方法を検索!奴を撃ち落とせ!!』

「見えてきたか」

 やがて俺の視界にはっきりとした形でルナシェイドの表面にある黒い槍の発射口が見えてきて、搭乗者の悪態が聞こえてくる。

 だが遅い。ここまで接近したのなら……


「【共鳴(レゾナンス)魔法(スペル)・黒貫の鍬】!」

 俺は黒貫丸の矛の根元にある鍬に緑色の魔力を中心に流し込み、長い刃を生み出す。


「うらぁ!!」

『ぐっ……!?』

 そして俺はルナシェイドの表面に向かってそれを振り下ろした。

南瓜頭の天使

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