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第154話「『陰落ち』-2」

「『私の力ならば確かにあの月を落とす事は可能です。下に出る被害もかなり抑えられたでしょう』」

「……」

「『ですが、私の力で落としてしまえば必ず彼女たちに私の存在が知られることになります。それはこの世界に更なる災いをもたらす事になるでしょう。それを考えれば私自身の力であの月を落とす事は出来ませんでした』」

 ウリコの口を借りてリーン様が俺の知らなかった事を語っていく。


「では、俺たちに力を与えたのもそのためですか?」

「『いえ、本来なら貴方たちに力を与えたのは別の理由です。そもそもこの世界は傷ついた魂を集め、その傷によって引き起こされる災いを克服し、傷を癒す場として私が調整した世界であり、力を与えたのは自分と他者の傷を癒せる可能性を少しでも上げるためです』」

「俺の落下死の様に……ですか」

「『そうです。傷の内容やその治し方は様々ですが、この世界に居る者は多かれ少なかれ傷を負っています。尤もパンプキン、貴方は少々特殊な形で傷を癒してしまったようですが』」

 少々特殊な形……ああ、原因は分からないが、俺は賢鳥の攻撃で見事に落下死に近い形で死んだのにその直後復活してたな。しかも、復活した際には前世の記憶も能力も全部思い出してたし。

 となるとあれはリーン様にとって想定外だったわけか。

 しかし本来なら……か。


「『そう、本来ならです。本来ならば私が与えた力は傷を癒すためだけに使われるはずでした。ですが、あの月が現れ、私自身が戦うわけにいかなかったために一部の者に対しては戦うための力も与えざるを得なくなりました』」

「それが俺の【レゾナンス】ですか」

「『そう言う事です』」

 俺に【レゾナンス】が与えられた理由はこれではっきりした。

 ただ、肝心な事がまだまだ聞けてないな。

 何故、リーン様が狙われるのかと、どうしてリーン様が傷を癒すのかを。


「『私の目的は……かつてなら根源(ルーツ)に至る事と言いたいところですが、これでは通じませんし、今の私には合いませんね。私の目的は救済。ただそれだけです。彼女が犯した罪を償うと言うのは独善的で傲慢な考えでしかありませんが、それでも私以外にしようとする者は居ませんから。私が狙われる理由は……彼女たちの主の目的故にでしょう。ただ、彼女たちが目指すものまでは分かりませんが』」

「彼女たち?」

 俺はリーン様の言葉を聞いていて分からなかった事について聞こうとする。

 とりあえず彼女たちと言うからには複数なのは確かだろう。

 で、リーン様の言葉を聞く限りではイズミの依頼主と繋がっている可能性も高いな。


「『彼女たちの正体については……』」

「ちょっといいか?」

「「「!?」」」

 そしてリーン様が彼女たちについて語ろうとした瞬間、この場に居ないはずの人物の声が結界内に響き渡り、全員がその声の主の方を向く。


「ロ……」

「そろそろ動き出さないと拙い事になりそうだ」

「ロウィッチ!?」

「よう。パンプキン」

「お前どうして此処に!?」

「ハッハッハ、会社辞めてきたわ」

 その声の主はロウィッチだった。

 だが、その服装は普段見ている者とは大きく違い、所々が焼け焦げた黒いボロ布で作られたものであり、特に帽子は焼け焦げ方が激しい。

 それと目立たないが、ロウィッチの影には怯える様にイズミが立っていた。

 アベノ先生の結界をすり抜けたのは……ロウィッチの仕業だな。自社の製品なら対応策程度は持っていて当然だろう。


「てか、辞めてきたって……」

「俺の事はどうだっていいだろ。それよりも外がヤバい事になっているぞ」

「外?あ、リーン様は……」

「『分かっています。私は私の座で見守らせていただきます』」

 リーン様がウリコの中から居なくなったところで、俺は結界を解除する。

 すると空には……


「なっ!?」

「あー、動き出してるか」

 黒い月が浮かんでいた。

 表面に線が走っているあの月は……あの姿は見た事がある。間違いない。例の兵器だ!


「こっちで調べたんだが、アレは『イノトロト式自律行動型対神用破界兵器ルナシェイド』って言うらしい。神を始めとする特殊な存在を殺すための兵器と自己進化能力を備えているらしい。本当に面倒だよなー。まあ、作者の趣味なのか重力操作能力を好むみたいだけどー」

「?」

 何処となく普段と雰囲気や目の感じが違うロウィッチが何事も無いかのように自分の持っている情報について話す。

 その様子に多少の違和感を覚えるが、今はそれどころじゃないか。


「ロウィッチ、イズミ、どうしてアレが突然動き出したか分かるか?」

「どうやったのかは分からないけど、イズミの依頼主がロウィッチたちの結界を破って直接ルナシェイドに乗り込んで動かし始めたみたい」

「自立行動型なのに乗り込む事も出来るのかよ……」

「乗った方が強いか、乗らない方が強いかは搭乗者の能力次第のようだけどニャー」

「むう……」

 何と言うかいつもの事と言えばいつもの事ではあるが、どうにも俺が遭遇する問題って言うのは予定よりも早くやってきて逃げ場も何も無くなるパターンが多いよなぁ……ある意味これも魂の傷か。

 いずれにせよ俺がやるべき事は唯一つか。


「イズミ、あの月にまで行く方法はもう出来上がっているんだよな」

「う、うん。量の関係で一人分しか出来なかったけど」

 そう言ってイズミは俺に向かって腕輪のようなものを差し出す。

 イズミ曰く効果としては飛行術式の限界高度を引き上げたり、消費を抑えたりする効果が有るらしい。

 なるほど。確かにこれが有ればあの月が有る場所にまで行けるか。


「分かった」

「その……ゴメン。一緒に行けなくて」

「別にいいさ。元々この世界の問題みたいなものだしな」

 俺は申し訳なさそうにしているイズミから腕輪を受け取ると、それを蔓の一本にはめる。


「じゃ、行ってくる。下は頼んだぞ」

「任せなさい」

「ちゃんと隠れてろよ」

「うん」

 そして俺はミズキたちに一言告げてから空に浮かぶ月に向かって飛び立った。

怪しすぎるロウィッチはさておいて次回から決戦でございます。


06/26誤字訂正

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