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第152話「そして幕は上がる」

「見えた。そして間違いない」

 純白の天空と混沌の大地、そしてその間に無数に星々が煌めいて存在している空間で『管理者』は何もないはずの宙空に浮いていた。

 そして『管理者』の前には様々な色によって表面が彩られた巨大な……それこそ『管理者』の数千倍と言うサイズの球体が浮かんでおり、『管理者』はその巨大な球体を睨み付けていた。


「居る。あの女の作った物だけじゃない。お母様の敵がここに居る!」

 『管理者』の顔はガスマスクの様な物に隠されているためにその表情を窺い知ることは出来ない。

 だが、その声は何処か狂信的なものも含む愉悦や喜びに彩られており、もしもそのマスクの下を見ることが出来た者が居れば、見た人間百人中九十九人が見た事を後悔するだろう。

 なお、後悔しないのはある意味では『管理者』以上の化け物ばかりなので何とも言えない。


「ふふふふふ……イズミの報告であの兵器が稼働しているの確認済み。それに行動予測から考えれば月に擬態しているのも必定。となれば界に突入する際の空間軸を弄るとしよう」

 『管理者』は球体に接近しつつ、細かく何かを口走ったり、指を痙攣しているようにすら思える程のスピードで動かし、マントの中では正体不明の機器が妙な動作をしていた。


「さあ、盛大に暴れさせてもらおうか!」

 そして『管理者』は球体……パンプキンたちの住むR05-I14-C01世界へと突入し始めた。



■■■■■



 一方、『塔』の一室。


「行くのか?」

「……」

「あら、お母様にウスヤミさん」

 巨大な橋のような物が架けられている空間に三つの人影が有った。

 一つは『塔』の主である少女。

 一つは常にその少女に付き従い仕えるメイド。

 残る一つは『神喰らい』と呼ばれる女性の姿だった。


「そりゃあまあ行きますよ。このままじゃ面白くも何ともないですからー」

「そうか。ただの物見遊山にしては重装備過ぎる気もするがな」

 ただ『神喰らい』の服装はいつものチャイナドレスに白衣と言う恰好では無く、黒い糸で同色の布地に何かの幾何学的模様を刻み込んだインナーに、つや消しと消音の工夫を施した隠密活動向けの赤っぽい鎧と言う格好だった。


「色々とやる予定がありますからー、道中で喧嘩も売られるでしょうし」

 そう告げた瞬間に『神喰らい』の顔に獰猛な笑みが浮かび上がり、目に見えるほどの魔力と共に『神喰らい』の背中に白い翼が一対形成される。


「まあいい、貴様ならわざわざ言わなくても今回の件で私が望む最良を分かっているはずだからな」

「そうなるかは私じゃなくてあの子たち次第ですけどねー」

 そして『神喰らい』は橋の欄干から飛び降りると虚空へと消え去り、『神喰らい』が何処かに行ったことを確認した少女とメイドの二人は『塔』の中へと戻っていく。


「さて、娘たちが帰って来るまではアイツの部屋で茶でも飲みつつのんびり遊んでいるか」

「了解いたしました」



■■■■■



 その日、月に行くまでに必要な素材をロウィッチに頼んでいたイズミと『霊槍・黒貫丸』を扱う修行に勤しんでいた俺の二人は、ロウィッチに呼び出される形で『ウミツキ文房具店』にやって来ていた。


「お、二人とも来たか」

「どうしたの?」

「おう。わざわざ俺たち二人とも呼ぶなんてどうした?」

 店の中に入った俺とミズキはロウィッチの手によって結界が張られたのを確認すると適当な場所に腰掛け、そんな俺たちの様子を見たロウィッチは何処か陰りのある表情を見せる。


「あー、ちょいと上から言われてな……俺も俺の相方も粘れるだけ粘ったんだが……」

「「?」」

 ロウィッチは俺たちを呼んだ理由を話そうとするが、普段と比べて明らかに歯切れが悪い。

 何と言うか、申し訳ないとか残念とかそんな感じの感情が伝わってくる。

 これは……もしかするとそう言う事か?

 そして、俺が頭の中で至った答えを口に出そうとする前にロウィッチが口を開く。


「すまん。今受けている仕事が終わり次第この世界から撤退するように命令されちまった」


「「……」」

 普通なら「どうして?」とか、「何で?」とか、場合によっては掴みかかるぐらいの事は有るべき流れかもしれない。

 けれど、そんな事を思いつく前に俺はそれ……ロウィッチの心の底から悔しいと言う表情と赤い血のような物が握りしめた拳の隙間から流れ出ている光景を見て理解してしまう。

 俺たちが思っているのよりも遥かにロウィッチは悔しいのだと。


「くそったれな事に世界一つよりもこの店一つの方が重要なんだとよ……ウチの会社は……方々に手を尽くしたが、それでも残りの契約としてやる仕事の質を可能な限り上げさせるのが限界だった……くそっ!」

 俺とイズミはそんなロウィッチに声の一つもかけてやることは出来なかった。

 半端な慰めをロウィッチは求めていない。

 けれど、今のロウィッチを責めるような言葉は死んでも出す気にはなれなかった。


「すまん。ガラにも無く愚痴っちまった。飛行術式関連の素材と、地上防護用の結界準備はもうすぐ整う。俺が今日伝えたかったのはそれだけだ」

 一度頭を振るとロウィッチは店の奥に消え、俺とイズミも『ウミツキ文房具店』の外に出た。


 そして次の日には『ウミツキ文房具店』はクヌキハッピィから跡形もなく消え去っていた。

『管理者』は3年飛ばしを本人主観でゆっくり味わってます

『神喰らい』がログインしました

ロウィッチが離脱しました


そして……「http://ncode.syosetu.com/n2317br/」

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