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第151話「黒き霊槍」

「ん……?」

「戻って来たわね」

 目を開けるとそこには何処か疲れた様子のミズキが立っていた。

 どうやら精神世界から現実世界に戻って来たらしい。


「ちょっと疲れたから私は休ませてもらうわよ」

「あ、ああ……」

 ミズキはそう言って近くに在った適当な岩に腰掛ける。

 と言うか今気づいたのだが、いつの間にかスパルプ湖の水が無くなっていて、湖底が露出していた。

 どうやら例の最終調整の際に全て消費してしまったらしい。

 で、それに気づいた事との繋がりで俺は最終調整の結果が気になり、手元にあるはずのそれがどうなったかを見る。


「これは……」

「言っておくけどその形になったのはパンプキンの考え方とかが原因だから」

 俺の手の内にあるそれは一見すれば槍のようであった。

 それは持ち手の部分の長さが1.8m程で、刃の部分がおおよそ0.6m程。

 持ち手も刃も黒一色であるが、見る角度や光の反射の仕方、それから触れている物に反応しているのか、僅かづつであるが常に色が変化し続けている。

 持ち手の部分には良く見なければ分からないが、装飾として南瓜の蔓や葉が薄く刻み込まれており、それらは単なる装飾としての役割以外にも滑り止めや魔法を使う際の記号としても活用できそうである。

 対して刃の方は……一見すれば槍、特にウィングドスピアと言う深く刺さり過ぎないようにするための工夫として根元の部分に突起が付けられたそれに近いが、根元から先端に至るまでに一度穂先が広がり、その後先端に向かって収束している。

 だが、それだけではない。

 刃は両刃で、槍らしく先端が尖っているが、左右で重量や厚みが違っていて軽い方の刃は切れ味を重視したものであり、大して重い方の刃は重量と厚みによって断つ事に使えそうな感じであるし、刃の根元にある突起はよく見ればその先端が鋭く尖っている。

 うーん。刃の反りも含めて考えるとこれは槍と言うよりはハルバードのような複合武器と言った良い気がする。

 持ち手を短く持てば剣のようにも使えるだろうし。


「ちょっと振ってみて良いか?」

「魔力を込めないように気をつけなさいよ。迂闊に込めると何が起きるか分かったものじゃないし」

「分かった」

 俺はミズキに一度声をかけてから軽く振り回してみる。

 まず突きは普通に出来る。普通の槍に比べて刃の長さが明らかに長いからその分威力も高いだろう。

 次に薙ぎだが、こちらは軽い方を向けてなら鎌に近い感覚で、重い方なら鉈に近い感覚で扱える気がするな。ただ、鉈として扱うのなら振り下ろす形で扱った方が扱いやすい気もするが。

 で、根元の部分の先端が尖っているのだが……ハンマーとかピックとかそう言った物よりは鍬と言った方が良い気がする。いや、何でか知らないけど妙に地面を耕しやすい形なんだよなこれ。


「ふうむ……それにしても何で杖を作るつもりで槍に近い物が出来たんだ?」

「さあ?パンプキンの考え方とかが反映されたとしか私には言えないから何とも」

「まあ、杖としての役割も果たせそうだから問題は無いか」

 俺はほんの僅かだがそれに魔力を流し込んでみる。

 すると俺の魔力に反応したのか全体が様々な色で輝きだし、俺の意思に応じてその色の割合が変化する。

 よくよく見ればその光はその属性の魔力であるため、これを介して触媒に魔力を注ぎ込めば今までよりも遥かに早いスピード……いや、流石にリーン様の杖には劣るだろうが、それと比較することが可能な程度には早くなるだろうし、此方はリーン様の杖でも不可能だが、属性相性的に不得手だった火属性関連の共鳴魔法にも容易に手を出せるようになるだろう。


「で、その武器の名前はどうするの?」

「名前?」

 俺はミズキの言葉に首をかしげる。

 確かにこれの作成には精霊王が何人も関わっていたり、魔法金属も含めて希少な素材が相当使われている。それに普通の人間には絶対に扱えない様な量の魔力も秘めている。

 ただ、それらの話と武器に固有の名詞が必要になるかどうかとはまた別の問題だと思うんだが……?

 と、俺が思っていたら、表情から俺のそんな思考を読み取ったミズキが呆れた顔で。


「いや、ここまでの代物に対して名前を付けておかないのは色々な面で危ないから」

 と、言われてしまった。

 何でもミズキ曰く、名前が無い存在と言うのは、名前の持つ魔力の恩恵を受けられないが為にその性質が定まらず、そのために様々な面で不安定な存在になりやすいそうだ。

 で、普通の物体なら不安定な存在になってもその存在固有の問題として扱えるが、この武器程の魔力を秘めていると不安定さの結果として暴走した場合の被害が洒落にならないそうだ。

 そんなわけで、武器としての役割を確定させたり、性質や能力の安定化を図るためにも名前は重要らしい。


「うーん。ただいきなりそう言われてもな……」

「真剣に考えれば何か相応しい名前を閃くと思うわよ」

「ふうむ……」

『ーーーーーー』

 ミズキにそう言われた俺は目を瞑って刃の腹を額に当てる。

 考えてみればこの武器は『陰落ち』を起こしている例の兵器を討つために作った武器なんだよなぁ……で、使ったブラックミスティウムは元々槍っぽかったし、針付きの宝玉も要するに刺すものだ。そう考えていくと枝もその形は槍に近いし、赤熱鉱石も加工した形次第で槍に近くなると言えるだろう。となれば武器の中でも槍に近い形を取ったのは当然と言えるかもしれない。

 するとそこまで考えが及んだ時点で一瞬ではあるが、何かを手に持った人影のような物がいくつか見えた気がして、その中の一人が何かを言った気がする。

 なんて言っていたのかな……ああそうだ。多分だけどこんな名前を言っていたはずだ。


「『霊槍・黒貫丸』」


「っつ!?」

「パンプキン!?」

 俺がその名を発した瞬間、周囲にあるものを人も草木も獣も関係なしに全てを引き寄せる感覚が一瞬だけしたが、次の瞬間には何事も無かったかのように周囲は凪に近い状態に戻っていた。

 だが間違いない。今の一瞬で何かが変わった。

 現に俺の手の内にあるそれ……『霊槍・黒貫丸』は明らかに先程よりもその存在感を増していた。

 そして俺は確信する。


 これが扱えれば奴とも十分やり合えると。

槍をもって獣を狩り、鉈をもって枝葉を切り払い、鍬をもって大地を耕し、鎌をもって恵みを収穫し、剣と杖をもって民草に知らしめる。

その名は『霊槍・黒貫丸』

循環し、共鳴し、己の霊的位階を高める小世界を内包して大世界を貫き通し下す黒き槍なり。


まあ、言うまでも無く『黒切丸』や『魔鎚・黒潰丸』と同じく神器分類です。


06/23誤字訂正

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