第144話「サンタック島-1」
おおよそ一月後。
俺はリーンの森を南に行ったところにある海の上を飛んでいた。
目標は言うまでも無くサンタック島と言う火山島であり、そのために俺はそれ相応の準備を整えていた。
装備のレベルとしてはサンホロに行った時と同等かそれ以上と言ったところだな。
当然のように大地の精霊王の枝とブラックミスティウム、サンホロで手に入れた宝玉付きの針も持って来ている。
こっちの三つについては危険物だから俺の目が常に届く場所においていると言う感じだが。
「と、見えてきたか」
そうして目標となるものが何もない海上を飛び続ける事数時間。
俺の視界には微かに火山のものと思しき黒煙が見え始めていた。
恐らくあの煙の根元にこそサンタック島が有るのだろう。
「さーて、何が出てくる?」
と言うわけで【天地に根差す霊王】の範囲に関する制御を緩めると同時に、何時でも戦えるように準備を整えつつ俺はゆっくりと島の方に向かっていく。
「来たか」
そして、島の全景がはっきりと見える場所にまで俺が来たところで、島の方から何かが飛んでくる。
それは背中から二本の翼を生やしていた。
鱗は黄色で、角と爪は金色、尾の先には金属線のような物が巻き付けられており、その金属線からは電気と風のような物が放出されている。
翼と角を除けば大きな蜥蜴でも通るだろう。
うん。間違いない。竜だ。
「貴様……何用だ……」
「ちょいとサンタック島にまで用が有ってね。出来れば案内をしてもらえるとありがたい」
やがて黄色い竜は俺の前にまでやってくると俺に向かって問いを投げかけてきたため、俺は警戒を解かずにそれに対して素直に返しておく。
だが、俺の言葉を聞いた黄色い竜の表情は渋い。
「名を名乗った方がいいか?と言っても俺としては魔法使いパンプキンと名乗るしかないんだがな。用件としてはサンタック島では良い金属が取れると聞いたからその採取に来た。それと良い炉が有るとも聞いたな」
「パンプキン……『竜殺しの魔法使い』か!?」
「そうとも言われる。が、俺が殺したのは森を荒らしていたエントドラゴンだけで、お前らを害そうとは思ってないぞ」
「そんな言葉を信じられると思うか!」
俺の正体を理解した所で、黄色い竜は問答無用と言った様子で戦いの構えを見せる。
やれやれ、結局こうなるのか。
「喰らうがいい!」
黄色い竜の口から電気が多少混じったウィンドブレスが放たれる。
総合的な威力としてはかつて俺が戦ったエントドラゴンと同等かそれ以上だろう。
ただまあ、はっきりと言わせてもらおう。
「悪いけどそんなもん効かねえから」
「なっ!?」
俺は【天地に根差す霊王】の領域に入った時点で黄色い竜のブレスの動きを停止させ、周囲一帯に向けて少し痺れる程度の電力とそよ風程度の風力にまで弱めた上で放散させる。
その光景に黄色い竜は驚きを隠しきれないのか目を限界にまで見開くと共に、唖然と言った感じに口を大きく広げる。
本当は吸収しても良かったんだけどな。
ただ、吸収の方だと何となく今後の交渉に悪影響を及ぼす気がしたので止めておいた。
イメージの問題だってのは分かっているんだけどな。
「ほれ、悪いことは言わんから素直に長とかその辺に話を通して来い。一晩ぐらいならこのまま此処で待っていてやるから」
俺はそう言うと【天地に根差す霊王】で空中に適当なサイズの床を作り、黄色い竜のブレスでいい感じに魔力を含む事となった周囲の空気と海水から水だけを取り出して飲み始める。
うん。美味い。
ただ、脱塩の加減は要調整だな。抜けすぎると味が微妙になるし、多いと体に悪いからな。
「ぐぬぬ……覚えていろ!」
「へいへーい」
で、その後も黄色い竜は爪、尻尾、牙で攻撃を仕掛けるも、俺が張った【天地に根差す霊王】による空気の守りを抜けることは出来なかった。
そして黄色い竜は捨て台詞を吐くとそのままサンタック島に向かって明らかにこちらに来た時よりも速いスピードで飛び去って行く。
いやー、それにしても今更ながらに思うが、エントドラゴンは暴走状態だから話が通じなかっただけで本来なら竜って何の問題も無く会話が成立するんだな。
これから先の交渉を考えるならありがたい話だ。
まあ、俺の場合だと人語で会話で出来なくても相手に聞こうとする意志が有れば、俺の意思を伝えることは出来るんだけどな。
「どちらにしろ、明日の朝までは待ちだな」
竜に言葉が通じる驚きはさておいて、今日はこれ以上サンタック島に近づかないでおく。
俺から言い出した一方的な約束であってもそれはそれで守るべきだろうからな。
と言うわけで俺は【天地に根差す霊王】の結界をそのままに眠り始めた。
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「アンマ様!一大事でございます!」
パンプキンに襲い掛かった黄色い竜はサンタック島に着くと、大きな洞窟の中に大声を張り上げながら入って行く。
「落ち着かぬか!」
「これだから若い者は……」
「何だ……騒々しい」
洞窟の中には大小様々かつ色取り取りの鱗に角を持った竜たちが屯しており、黄色い竜に対して何かを咎めるような視線を向ける。
だがしかし、その視線は黄色い竜が放った一言で一変する。
「『竜殺しの魔法使い』が来たと言うのに落ち着いていられるか!」
「「「!?」」」
黄色い竜の一言にその場に居た竜たちは全員が驚きを露わにし、中にはガクガクと体を震わせる者まで居る。
「い、一体何の用で来たと言うのだ!」
「それは……」
黄色い竜は他の竜たちに向けて先ほど自分の身に起きた一部始終と、パンプキンの言っていた言葉をそのまま伝える。
その言葉に多くの竜はどうしたものかと言う唸り声を上げる。
素直に渡せばそれで帰るかもしれない。だが、目的が嘘である可能性も否めないし、そもそもとして竜にも竜の誇りと言うものがある。
来訪者がやって来たからと言って安易に交渉に応じるのは今後の為にもよくないだろう。
そして、自分たちでは判断し切れないと考えると、洞窟の一番奥に居る黒い鱗のような物を纏っている一際大きな竜へと視線を向ける。
「アンマ様……」
多くの竜たちから訴えるような視線を受けて黒い巨竜はただ静かに告げる。
「ガントからも入れてくれと言われている。明日の朝、『竜殺しの魔法使い』を私の家まで招け」
「りょ、了解しました!」
そして黄色い竜は黒い巨竜の決定をパンプキンへと伝えるために洞窟の外に出ると、再び空に向かって羽ばたいていった。
「さて、私も客人を家に招くなら、もてなしの準備をしなければ」
と言うわけで正面から殴り込みでございます。
06/16少々改稿
04/04誤字訂正