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第138話「南瓜とサンホロ-5」

 かつて(前世)の俺は普通の人間……より正確に言えばこの世界で言う所のヒューマンによく似たホモサピエンスと言う種の人間だった。

 その世界では人間は一種族しか居らず、その世界で俺は普通に……いや、多少は裕福な家庭で学生として大学に通っていたことまでは覚えがある。


 ただ、俺の名前が何だったのか。俺が何故死んだのか。そう言ったことは今まで何故か覚えていなかった。


 その事について俺は今まで疑問に思ってはいなかった。

 リーン様が何かをしたのだろうと考えていたからだ。

 けれど真実は違う。


『神に捨てられ、進化が停滞し緩やかに滅びつつある世界に住みし者たちよ』

『私は世界から世界へと渡るもの』

『停滞せし世界に変化を与えるもの』


 その時の俺はあまりにも眠くて最初の部分しか俺は聞いていなかったが、それでも確かに俺は聞いていた。

 まるでリーン様を幼くしたようなその声を。

 あの声がリーン様でない事は確かだが、きっとリーン様と何かしらの関わりはあるのだろう。

 そして今なら分かる。


 俺はあの声の主によって人としての名を奪われたのだと。

 名を奪われた後にどうしてそうなったのかまでは分からないが、高空から地面に墜落して命を落とし、俺は俺の心がおかしくならないようにするために自ら死する時の記憶を忘れたのだと言う事を。

 そして俺から名を奪った存在が俺に与えた力とその力に合わせて付けた名前も。


『クカカカカ!燃え尽きたかぁ!?』


 さあ、今こそが芽生えの時だ。


『ん?』


 芽を出し、根を伸ばそう。

 大地に張り巡らされた根は大地から養分、魔力、水を、そして大地に溶け込んだ人々の残滓を俺の為に搾取する。

 芽は伸びて茎となり、茎から葉が生えて空の魔力と空気を、そして光と共に周囲に漂う思いを俺の為に収穫する。


『何故だ……これは……』


 大地から奪い取った力と天空から集め取った力は俺の中で交わり、精製され、やがては俺の生命となり、魔力となり、魂となって俺を形成するための何かへと変わっていく。


『奴は死んだはずだ……なのに何故奴の力が得られない?それに街の再生も始まらぬ』


 ああ、けれど足りない。まるで足りない。こんなものでは満足できない。

 俺が俺になるためにはもっと力が必要だ。

 だから集めよう。


『なっ!?』


 この地に溶け込む万の怨嗟も、この空に漂う億の嘆きも全て、みんな、全部、残さず集めよう。

 集めて受け入れて支配して俺の力としよう。


『これは……街を植物が覆っている!?馬鹿な!我が知るサンホロにはこのような植物は無かったはずだ!』


 さあ!花を咲かせよう!たった一つだけの黄色い花を咲かせよう!

 花が咲いたらそこに実を為そう!大きくて甘い、栄養たっぷりな果実を!!


『まさか……生きているのか……馬鹿な!有り得ぬ!あの炎の中で白羽の我以外に生き残る事など出来るはずがない!!』

「ヒュロロロォォ……」

『!?』


 暗く閉ざされた帳を上げたいと思った。

 だから、果実に何でも捉えられる眼となる二つの穴が開いた。


 継いだ思いを聞き届けたいと思った。

 だから、俺は色んな人の言葉を覚えた。


 かつて居た人々の生き様を語りたいと思った。

 だから、顔となった果実に良く動くもう一つの穴が開いた。


『そんな……馬鹿な……奴は……化け物か……』

「ヒュロロロォォ」


 継いだ思いを叶えるためには様々な事を成す必要が有った。

 だから、蔓を束ね、葉を揃え、かつての俺を思い返すように腕と手を作った。


 多くの思いを叶えるためには様々な場所に行く必要が有った。

 だから、根を引き上げて強靭な脚を作り上げた。


 今を生きる人の輪に溶け込むためには人に近い姿が必要だった。

 だから、茎を芯として人間を模した胴を作り上げた。


『くっ!それならば!燃え尽きるまで!何度でも!!燃やし尽くしてくれようぞ!!』


 さあ、目覚めの時が来た。

 故にオンを返そうじゃないか。


 貪欲な俺に恵みを与えてくれた大地に恩を。

 不遜な俺に施しを授けてくれた大空に恩を。

 傲慢な俺に望みを託してくれた人々に恩を。


 大地を汚し、荒らした戦火に怨を。 

 勝手な願いを人々に押し付けた王に怨を。

 空から俺たちを見下し、無慈悲に蹂躙する月に怨を。


『燃え尽きろぉ!!』

 空からまるで太陽のような火の玉が落ちてくる。

 俺は火の玉に向かって手を伸ばし、命じる。


「消えろ!」

『なっ!?』

 ただそれだけで火の玉は消え去る。

 魔法で作られたと言っても所詮はただの炎。

 空気が無ければ燃え盛る事は出来ず、僅かに残った炎ならば俺の糧にすることなど今の俺には至極容易い。


『馬鹿な……貴様はいったい……いったい何者だと言うのだ!』

 『円環を廻す三色の賢鳥』が理解できないと言った様子で俺に向かって叫ぶ。

 ああそう言えば。まだ名乗ってもいなかったか。


「我が名は……」

 俺はかつて(前世)授けられた名を名乗ろうとし……止めた。

 それは昔の俺に与えられた名であって今の俺を表す名ではないから。

 けれど、今の俺を……本当の意味で生まれ変わった俺を成す根幹の一つでもある。

 だからこう名乗ろう。


「俺の名はパンプキン……魔王『天地に根差す南瓜の霊王』の魂を受け継ぎし者」

 俺は前の俺が羽織っていたマントを拾い上げると翻しつつ身に付け、俺の上で羽ばたいている賢鳥を睨み付ける。


「魔法使いパンプキンだ!」

『っつ!?』


 さあ、まるで母親が寝物語として子供に聞かせるお伽噺の魔法使いの様に願いを叶えようじゃないか。

 さあ、まるで神の使いとして人々を救済する天使の様に救いを与えようじゃないか。

 さあ、まるで神々が競い、化け物同士が鎬を削り合う神話の様に暴れようじゃないか。


 それこそが俺の在るべき姿なのだから!

かくして偽りの母に名を奪われし魔法使いは、新たなる母の御許で再誕し、外なる母の英知と悪しき姉の悪戯によって次なる位階へと上る。


と言うわけでパンプキン覚醒でございます。

物語もかなり後半なのにやっと覚醒ですよ。

ええ、今までは覚醒していなかったんですよこの南瓜。

ここまで長かったわぁ……

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