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第135話「南瓜とサンホロ-2」

「アレがそうなのか……」

 変わらぬ景色の中を飛び続ける事数日。

 海峡を一つ越えた所で俺の視界にそれが映り込んだ。


「なるほど。確かに妙な事になっているな」

 そこでは濃密な色取り取りの魔力が空に向かって立ち上り続けており、どういった理論によってそれが行われているかまでは分からないが確かに何かしらの魔法がそこで働いているのが分かる。

 そんな魔力の出元にあるのは周囲が堅固な城壁に覆われた巨大な都市。

 周囲の魔力濃度の低さや生命の少なさを考えると他に人間がまとまって住めるような場所は無いだろうし、あの都市こそがサンホロと見て構わないだろう。

 それにしてもこの辺りには雑草一本生えていない。

 海の水以外はまるで生命の気配がしない場所とは……不吉極まりないな。


「さて、流石に無策で突っ込むのは自殺行為だし、ちょっと観察をしておくか」

 俺は都市全体が見渡せるような場所を探すとそこで野営の準備を整え、サンホロの観察を始めた。

 リーン様がこのタイミングでは無く山を越えた直後に『退くなら今の内』と言ったのが気になったがためであるが。

 まあ、丸一日観察して何も分からなければ行くしかないのだろうがな。



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「絶望の繰り返し……か」

 丸一日都市の外からサンホロの中を観察していた俺が感じたのはそれだった。

 どうやらサンホロの中では『陰落ち』によって滅びるその最後の日を繰り返し続けているらしく、都市の外から観察している限りでも空から何かが降り注いで城壁が破壊される光景やイズミの言っていた黒き獣の姿にそれと戦う街の人々の姿が見えた。

 そして、黒き獣が殺した人々を、破壊した城砦を貪り喰らうその姿も、全てが終わって更地になった後に濃厚な魔力を纏った三色の羽を持つ鳥が現れて上げた嘆きの叫び声と共に滅び去ったはずの都市が元通りの姿を取り戻し、元通りの一日がまた始まる光景も見えた。

 ああなるほど……どうしてリーン様が山を越えた時点で『退くなら今の内』と言ったのかが良く分かるな。

 こんなものを見て俺が抑えていられるわけがない。俺は彼らを何としてでも助けようとするに決まってる。退くわけにいかないと思ってしまう。リーン様のその考えは正しい。


「尤も彼らにとっての救いはその命を救う事では無く、繰り返しを終わらせること」

 だがまあこうしてサンホロを観察をしていてどうすれば彼らを救えるかも分かった。

 何も知らずに都市に入っていれば例の兵器を破壊すれば彼らを救えると思うかもしれない。だが、所詮は過去の事……例の兵器を破壊出来たところでまた次の繰り返しが始まるだけであり、そもそも当事者たちはとっくの昔に死んでしまっている。

 だから彼らを救いだすには恐らくだが、サンホロが滅びた後に出てきたあの鳥……アレを討ち倒して繰り返しを終わらせる事こそが正解なのだろう。


「魔王……か。どうしてだか心の底でざわつく部分もあるな」

 俺はサンホロに近づきながら今までに得た情報を反芻していく。

 あの鳥の正体はよく分からない。

 だが、恐らくはアレこそが魔王と呼ばれる存在であり、俺の心や記憶の何処かを刺激しているのは確かだ。

 魔王は大量の魔力を秘めた宝石を持っていると言うから、もしかしたらそれが原因なのかもしれない。


「さて、ここから先は絶望の世界だな」

 俺はサンホロの外と中を……現実の世界と繰り返しの世界を分けている境界線の前に立つ。


「ーーーーー!」

「ーーーーー!」

「ーーーーー!」

「…………」

 境界線の先では俺が見る限りでは二度目であり、彼らにとっては……恐らく数万回目の絶望が生み出されている。

 黒き槍が天から降り注いで街も城も人も破壊していく。

 黒き獣が何処からか現れて槍の襲来から立ち直れ切れていない人々を襲い、決して満たされる事が無い腹へと納めていく。

 そして徐々に体勢を立て直した街の人々や騎士たちが反抗を始めるが、あまりにも地力の差が大き過ぎる。

 小さな黒き獣一匹を狩るのでさえ何人も犠牲を出し、大型の黒き獣が相手となれば騎士ですら逃げ惑うしか無い始末だった。

 そこで俺は悟る。この辺り一帯に何故生命の気配がまるで無いのかを。

 恐らくは全て食われたのだ。全ての命が黒き獣に食われたが故に死の大地が生まれたのだと。


「ーーーーー!」

「ーーーーー!?」

「ーーーーー」

 街の中から外に向かって逃げ出していくヒューマンの父親とビースターの少女と言う親子の姿とそれを追いかけていく黒き獣の姿が映る。

 境界線を越えてしまったがために親子の行く末は分からない。

 だが、四足獣と人間では速力の差は明らかだ。それを考えると過去の事である以上俺には何も出来ないが何とも言えない悲しさがある。


「そろそろ行くか」

 何時まで見ててもしょうがない。

 俺はそう判断すると手持ちの共鳴魔法の触媒の残りを確認してから境界線に触れる。

 すると境界線はまるで水のように波打つ。

 どうやら侵入そのものには特に制限はかかっていないらしい。


「……」

 そして俺は境界線を一気に越えて未だに黒き獣たちとサンホロを守る人々が戦いを繰り返している都市の中へと踏み入った。

今回で分かったようにサンホロ編は暗めなのでご注意を

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