前へ次へ
134/163

第134話「南瓜とサンホロ-1」

「こうなっていたのか」

 俺はリーンの森を北上し、その先に聳える山脈を山と山の間を縫うようにして抜けていく。

 そして最後の山を抜けた所で俺の目の前に広がったのは極々僅かな草木が生えているだけの荒野に禿山だった。


「山をいくつか越えただけにしてはリーンの森とは随分と違うが……」

 その光景を見て俺が最初に思ったのはそれだった。

 確かにリーンの森はリーン様が隠れている上に大地の精霊王が地中の魔力の流れを調整したり、ミズキが河川の魔力を弄ったりしていた関係で普通の場所よりも遥かに植物の成長が良くなっていたのは確かだ。

 だが、それを考えてもこの辺りはリーンの森とは違いすぎる。


「草は……だいぶ元気が無いな」

 俺は地面に降りて手近な草を観察する。

 が、俺が手に取った草には殆ど魔力が含まれておらず、今にも枯れてしまいそうなほど弱弱しい。

 これだとリーンの森の外にある普通の植物よりもさらに魔力が少ないだろう。


「木も同じような物か」

 続けて一番近くにあった木に近づいてみるが、こちらもまるで生気と言うか魔力を感じられず、幹に付いている葉も若干だが萎れている感じがする。

 何と言うかギリギリ生きられるラインで魔力を持っているが、これ以上魔力を削られればそのまま立ち枯れしてしまいそうな感じだな。


「どうしてこんな事になっているんだ?」

 俺は純粋にそれを疑問に思う。

 いやまあ、恐らくはこの辺り一帯の魔力濃度が低いせいでそもそも生存できる個体数が限られているってところなんだろうが、どうしてこんな事になったのかや、リーン様に大地の精霊王がこれを放置している理由が分からない。

 と言っても今この場でその二人に話を聞く方法なんて無いんだけどな。


「とりあえず日も落ちかけているし。今日寝る場所を探しておくか」

 しょうがないので俺は疑問を棚上げすると、とりあえず寝る場所を確保するための行動を始めた。



--------------



「なんかこういうのも随分と久しぶりだな……」

 俺は周囲の土や木を使った簡易の結界を張ると、その中でミズキから貰った水を飲む。

 本当ならこの手の物は可能な限り現地調達するのが俺なんだが、簡易の結界を張る際にこの辺り一帯を探索して水とか魔力の籠った土とか探してみたけどまるで無かったのでしょうがない。

 と言うかこんな魔力濃度の低い場所で俺の身体を維持するのに必要な量の魔力を集めようと思ったらたぶんだけど砂漠化が起きる。

 それにしても最後にこんな風に野営をしたのはいつ以来だろうなぁ……この世界に来たばかりの頃以来か?

 そう考えると随分と久しぶりだな……。


『……ますか?パンプキン聞こえますか?』

「ん?」

 と、ここで急に頭の中に不思議な声が響いてくる。

 この声は……リーン様か。


「リーン様で……」

『たぶんですが聞こえているようですね。ただ、貴方の探すアレへの対策としてこの声は一方通行になっています。なので貴方の質問には答えられません』

「……すか」

 が、残念ながらリーン様に俺の声は伝わらないようになっているらしい。

 まあしょうがないと言えばしょうがないか。本当はここ数年の内に色々と聞きたい事が出来ているから色々と伺いたいんだけどな。


『では、こちらから貴方に伝えるべき事を伝えましょう』

「…………」

『貴方がこれから行こうとしている都市……サンホロですが、そこにはかつて貴方と同じようにアレに対抗しようとするも力及ばず敗れ、それどころか閉ざされた刻の中に囚われて狂ってしまった事により今では魔王と呼ばれるようになってしまった者が居ます』

「!?」

 俺はリーン様の言葉に驚きを露わにする。

 いや、考えてみれば『陰落ち』は過去に何度も起きているのだ。

 それを考えれば今の俺の様に『陰落ち』の事を知り、対抗しようとするものが現れるのは何らおかしい事ではない。

 だから驚くべきは対抗しようとした者が居た事では無く、どういう事かは分からないがその者が未だに存在していると言う事だ。


『気を付けなさい。もしも彼に敗れれば……いえ、あの都市に入った後に逃げ出そうとすれば、それだけで恐らくは貴方も彼や彼のかつての仲間たちの様に閉ざされた刻の中に囚われることになるでしょう』

「……」

 俺はリーン様の言葉を頭の中でゆっくりと反芻する。

 負けるのは勿論退く事すらも許されない戦いか。相当厳しくはあるな。

 だがそのリスクを差し引いても得られる物は大きいだろう。

 魔王が持つとされる強大な力を秘めた宝石にその魔王自身が持つ例の兵器に関する情報。加えてその魔王との戦闘によって得られる経験。どれをとっても今の俺にとっては必要な物だ。


『退くなら今の内。それだけは伝えておきます。では、私は貴方をいつでも見守っています』

 そう言うリーン様の声には微かに焦燥感のような物も混じっていた。

 順当に行けば後百年以上は先だった話が三年後になってしまったのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが。

 それにしても退くなら今の内……か。ですがね。リーン様。


「ここで退けば結局三年後に待っている結末はその誰かと同じになっちまう。だから退くわけにはいかねえよ」

 そして俺は明日からの移動に備えて眠り始めた。

北に行けば行くほど荒れ果てていきます

前へ次へ目次