第131話「情報集めの南瓜-3」
「それにしても何かに書き写すんじゃなくて実物を持って来ちまって良かったのか……ん?」
「問題ない」
俺は部屋の中に入るとイズミが持っていた古い本の一冊を取り、手から伝わってくる感触から何か妙なものを感じ取る。
俺の手の中にある本……これは本物じゃないな。何と言うか魔力を本の形にしたような……物質と魔力の中間点みたいな感じがする。
「これはイズミの魔術で作ったコピーだから」
「なるほどね」
イズミがそんな俺の考えを肯定するような事を言う。
魔術……と言うのは分からないが、イズミが何をやったかについては大体分かる気がするな。
恐らくだがイズミは魔術と言う手段によってこの本の元になった本を紙の一枚一枚、インクの一筆一筆、その他諸々に至るまで魔力を元にして別に作りだし、精巧に複製したのだろう。
この方法なら元になった本はそのままだから情報を抜き出された事は分からないし、本に罠が仕掛けられていてもコピーした時点で罠が認識されている可能性が高いから容易に排除可能。
しかも、わざわざ物質と魔力の中間点を維持しているという事は俺の推測に過ぎないが、イズミが魔術を解除した時点で恐らくは本が消えるから証拠も残らないと。
問題は本の文章自体が罠になっている場合だが……まあ、イズミレベルの術者なら無効化する手段何て腐るほど持ち合わせていると考えるべきだろう。
「俺も読んでいいか?」
「構わない」
さて、イズミが何をやっているかも分かったところで俺もイズミが持ってきた本を読み始める。
「ふうん。やっぱりと言うべきか建国当時は色々とゴタゴタが有ったんだな」
「うん。今は居ないみたいだけど黒き獣って言う魔獣とは別格の化け物が居たみたい」
俺が読んだ本だがどうやらセンコ国建国当時にあった事を記述した歴史書らしく、そこにはセンコ国初代国王であるイネ=シラヌイ・センコと言う狐獣人の麗人が創造神とされている存在から剣を授かり、その剣の力によって黒き獣と言う現在のクヌキ領の辺り、より正確に言えば奈落の海周辺の空から現れ、人々を襲っていたそれを仲間たちと協力して殲滅した事。
加えて黒き獣との戦いで傷ついた人々をまとめ上げてセンコ国を建国したことが記されている。
何と言うか文章を見る限りでは普通の建国史って感じだなぁ……。
このぐらいの神話は何処の国にも付き物だろ。
「で、イズミの目から見てこの歴史書は何処まで正しいんだ?」
ただまあ、この手の歴史書には絶対にそれが正しいものなのか、それとも歪められたものなのかと言う問題が付きまとうので、その点についてはしっかりと確認しておく。
「イズミの目から見てこの歴史書は概ね正しいかな。黒き獣については他の複数の歴史書でも居ることが示唆されているし」
「概ねってことは違う点もあるのか」
「うん。この世界には確かに神の気配はする。けれどそれは創造神とはまた違う方向性の神様って感じだし、一般的に創造神と呼ばれている存在は祈りと言う形で人々から集められた魔力とその祈りに混じった思念の影響を受けて形作られた存在だから、人の想像力には限界があるから多少の奇跡は起こせてもこの黒き獣を退けるほどの奇跡は起こせない」
何と言うかとんでもない真実を聞いてしまった気がするなぁ……イズミが今言った事を創造神教会の人間に聞かせたら戦争が起きるな。間違いなく。
「と言う事はここで初代国王に剣を授けたのは創造神以外の神様……恐らくはイズミが前に言っていたこの世界で一番偉い神様って事か。それでこの黒い獣ってのは例の兵器関連って事でいいんだよな?」
「うん。どっちについてもその考えで合ってる。特に黒い獣についてはアレを作った人の好みにも合っている気がするし」
「……」
本当に製作者に対して色々と物申したくなるな。一体何を考えてそんな物騒な物を仕込んだんだか……兵器と言っても限度があるだろうが、限度が。自分に向けられたらどうするつもりなんだそいつは。
後、一番偉い神様=リーン様はイズミにはバレていないはず。恐らくだけど。
「まあいいや。この話はこれで終わりにしておこう。それで例の兵器が何処に在って何に擬態しているのかって言う見当はついたのか?」
「うん。この本でほぼ確信出来たかな。問題は場所が分かっても行く方法が無いと言う事と、もしもこうして話しているのを聞かれたら対応される可能性はかなり高いかも」
「ふむ。聞かれないようにするための結界とかは?」
「問題ない」
「じゃあ頼むわ」
俺はイズミの言葉を聞いて念のために持ってきて懐から出そうとしていた『誰でも使える・アベノ先生のインスタント結界セット』を再び懐の奥深くに収納する。
そして俺が収納している間にイズミが部屋の四方に何か文字のような物を書いてから何かを呟き、それと同時に部屋全体の空気が何となくだが変わった気がする。
恐らくだがこれがイズミの結界魔法なのだろう。
「さて、それじゃあ聞かせてもらいますか。例の兵器が何処にあるのかを」
俺はその場で居直り、イズミの方を向く。
「とても簡単な話。例の兵器は必ず空から攻撃を仕掛けている。それに黒き獣も空から現れている。加えて観察するのにも空と言うのは色々と便利」
「だけど空に隠れ場所なんて無いだろ。雲にでも擬態してるのか?」
俺の考えを聞いたイズミは首を横に振る。どうやら雲に擬態しているわけでは無いらしい。
しかしそうなると……他に空に浮かんでいる物とかあったか?
それこそ他に空に浮いている物なんて太陽に……月に……まさか……。
俺は頭の中に浮かんでしまったその考えに思わず青ざめる。いや、俺は南瓜だから顔色は一定のはずなんだがそれでも青ざめる感じがした。
「そう……」
イズミはそんな俺の内心を知ってか知らずかは分からないが、淡々と事実を告げるために口を開く。
そして発せられたその事実は……。
「アレは“月”に擬態している」
俺が至った答えと同じだった。
遂に何処に居るかが判明しましたとさ