第121話「日常の南瓜-2」
「ふううぅぅ……」
クルイカから戻ってきて一ヶ月。時折ウリコとマジクから届く滞りなく学院生活を送れていると言う連絡を受け取って頬を緩めつつ、サンサーラエッグ村の外れで俺は呼吸に合わせて魔力の放出と収束を繰り返し、それと同時に蔓を動かして基本的な動作が問題なく出来るかを確認していく。
「ゾクチョー」
「ゴーリキィか。どうした?」
「報告」
「分かった。聞こう」
と、ここで村の方からここ最近更に重武装化が進んで全身鎧を身に付けるようになったゴーリキィがやって来る。
兜をかぶっているのでその表情は伺えないが、魔力の気配からしてそれなりに重要な報告が有りそうだ。
「最近森の中を調査している複数の冒険者かラ、妙な報告が上がってル」
「妙な報告?」
「森の中で裸のヒューマンの少女が一人で走り回っている姿を見たと言う話ダ。正体は不明」
「ふうむ……」
裸の少女がリーンの森の中を走り回っているねぇ……色々と危ない匂いがするんだがそれは気のせいじゃないよな。
「幻覚魔法や人間に変身する魔法なんかに騙された可能性は?」
「幻覚は無いと思ウ。ゾクチョー程ではないけれド、高い魔法抵抗能力を持っている冒険者も同じものを見ているかラ」
「なるほど」
で、一応確認しておいたが幻覚の可能性は低いらしい。
となればヒューマンの少女に変身する魔法を持っている魔獣の可能性が一番高いかな?リーンの森……それも深部となれば普通の人間が何の装備も持たないで生きられる場所じゃないしな。
「どうすル?」
「そうだな……方法は分からないがわざわざ人間の姿を取っているという事はこちらと交渉する意思を持っている可能性も有るし、基本的には敵対姿勢をとらないようにした方が良いな。尤も人間の姿を取っているのがこちらを効率よく襲うための擬態である可能性も排除は出来ない以上は警戒は怠らない方が良いな」
「要するニ?」
「実力と頭が伴っている奴を送り込んで交渉及び威力偵察だな。現状では何とも言えん」
「分かっタ。クレイヴたちにもそう伝えておク」
「おう」
と言うわけで方針が決まったところでゴーリキィは村に帰っていく……と思っていたのだが、他にも話す事があるのか全身鎧に付けられているポーチを探っている。
そしてしばらくの間探したところでゴーリキィがポーチから羊皮紙を一枚取り出す。
「それト、もう一つ報告」
「何だ?」
「村から東に一週間近く行った場所にとてつもなく高い樹が有っタ」
「樹?」
俺はゴーリキィから羊皮紙を受け取る。
そこには以前と同じようにレナルドが描いたと思しき絵が描かれている。
で、肝心の絵の内容としては周囲にある木々の数倍……いや、十倍以上は巨大な樹が中央に描かれており、注釈として樹の頂上付近に大量の魔力を感じたと言う一文が書かれている。
それに絵をよくよく見ると、この樹はどうやらヤドリギの様に他の何かを芯として成長する植物らしく、幹や枝の隙間から何かの建物のような物が僅かに見えている。
「ふうむ……近くによって調べたりは?」
「してなイ。だから根元に何が有るかとかハ、分からなイ」
「うーん……」
ゴーリキィの言葉から察するにとにかく大きい樹が有ったから報告はしておいたが、詳細はまだまだ不明って事か。
それにしてもこれだけデカい樹でしかも天辺の辺りには大量の魔力反応……これは俺が調べた方が良いかもなぁ。
主にブラックミスティウムを使った杖の為に。
いやね、これだけデカい樹ってことはそれだけ成長するのに年月をかけているわけだし、植物ってのは年月を経れば経るほど体内に保有している魔力量が多くなる傾向にあるわけだから、これだけ巨大な樹になれば保有している魔力量は桁違いのものになるだろう。
そしてそれだけの魔力を保有している樹の枝や幹ならばブラックミスティウムを使った杖の素材として使うにしても申し分ない物になる可能性が高いだろう。
「場所はサンサーラエッグ村から東に一週間ほど行った場所にあるんだよな」
「そウ。本当に大きいから森の上を飛べるゾクチョーならすぐに分かると思ウ」
「ふむ」
「ゾクチョー?」
と言うわけで頭の中でこの先の予定について俺は思い出し考える。
今の季節は梅雨入り間近であり、正直な所冬に次いで暇な時期と言える。
が、今の時期を逃すと夏になり、そうなれば夏の収穫期もそうだが、それ以上に秋の収穫期や納税、それに凶暴化する森の魔獣対策などに関する準備が始まってとてもじゃないが外に出れるような暇は無くなり、その後は冬になるまで村の外で活動する時間は無くなる。
そして冬になったらなったで共鳴魔法に関する研究をしたい所なので、それを考えると……うん。今の時期に行くしかないな。
「ゴーリキィ」
「なんですカ?」
「ミズキたちに連絡しておいてくれ。『しばらく留守にすると』」
「……理由は?」
「その例の樹とやらに行ってみようと思ってな。別にサンサーラエッグ村の内政については俺が居なくても何とかなるようにしてあるし問題ないだろ」
「……」
と、ここまで言ったところでゴーリキィが俺を止めようと思って何かを言っても無駄だと悟ったのか、一度溜息を吐いた後に黙って村の方に歩いていく。
さて、ミズキたちにはゴーリキィから伝えてもらえるだろうし、俺は準備を整え次第その樹とやらに行ってみますか。
舌の根も乾かない内に……と、言いたいところだがこの南瓜にはそもそも舌が有るのだろうか?
05/25誤字訂正