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第114話「学院都市クルイカ-7」

「やっぱりまるで資料が無いわね……」

 少女はそう呟くと読んでいた本を棚に戻してから誰にも見られないように気を付けつつ溜息を吐く。


「まあ、しょうがないよね。みんなの鼻でも探し出せない物だし」

 ここはマドサ学院の図書室であり、少女はこの場に相応しくシンプルでありながらもしっかりとした作りであり、場合によってはそのまま校外活動も行える程に丈夫なマドサ学院の制服を身に付けていた。

 少女の外見は何処からどう見ても黒い髪に黒い目の一般的なヒューマンの少女であり、外見から判断する限りでは歳は10歳前後と言ったところだろう。

 ただ、しっかりと封こそされているが腰に吊るされている斧が微妙に物騒な雰囲気を彼女にもたらしてもいる。

 が、この学院の性質の問題なのかそれを咎める人間は居ない。


「それよりも気になるのはアレがここに来ているって事は何処かにお母様が探しているものもある可能性が高いって事なんだよね……そっちの方が気になるかも」

 少女は椅子を戻すと自分の荷物を持って図書室の外に出る。

 この少女の名前はイズミ・ハーツ。マドサ学院の歴史科に一年程前から通っている事になっている(・・・・・・・)ヒューマンの少女である。


「イズミ君こんにちは。今日も勉強熱心だね」

「こんにちは先生」

 図書室の外に出たイズミは前から歩いてきた教師に挨拶をされ、それに対して誰の目から見ても完璧な笑みで挨拶を返す。

 その挨拶に満足したのか教師は笑顔で去っていく。


「……。行ったかな?最近はイズミの事を探っているっぽい人間も居るみたいだしなぁ……記憶と記録の改竄はそれなりにしっかりとやったけど、油断は出来無さそうなんだよね。はぁ、本当に面倒だなぁ」

 教師が去ったのを確認したイズミは次の講義が行われる予定の場所に向かってゆっくりと歩いていく。

 実を言えばこのイズミ・ハーツ。本来はマドサ学院の生徒でもなければ、そもそも人間ですらない。その正体は一月ほど前にここクルイカに突然出現した狼耳の少女である。

 では何故、彼女の周りにいる人間は違和感を感じないのか。

 それはイズミと言う名の少女が複数の魔法や技術を用いて、人々の記憶からクルイカに残されている各種記録に至るまで自分にとって都合のいいように改竄したためであり、その結果として詳しく調べれば分かるかもしれないが、逆に言えば改竄前の資料を知っている人間が詳しく調べようとしない限りは誰もイズミ・ハーツと言う少女がマドサ学院に居ることを怪しいと思わないようになっているためである。

 尤も、仮にクルイカよりももっと小さな都市や町、村などで同じような事をしようと思っても改竄された記憶の量の差によって生じる齟齬によって記憶や記録の破綻をきたしてしまうために出来なかったであろう。

 よって、あくまでもこれはクルイカと言うとにかく人が多く、同時にその出入りが激しい都市だから出来た技であるとも言える。


「それになんでか知らないけどこの一週間ぐらいは妙に気になる匂いが……ん?ああ、またあの子か」

「イズミ先輩こんにちはー!」

「こんにちは。ウリコちゃん」

 と、ここでイズミに向かって駆け寄ってくる制服姿の少女が一人居た。


「先輩。これから大丈夫ですか?」

「ごめんなさいね。イズミはこれから午後の講義が有るの」

「そうですか……残念です」

「講義が終わった後でなら相手をしてあげるからいつもの実習室で待っててね」

「分かりましたー」

 イズミにそう言われた少女……ウリコはそう言うと納得した顔でその場を去っていく。

 そして去っていくウリコの後ろ姿を見てイズミは後輩との関係が持てて嬉しそうな表情を見せると同時に、何か疑念のような物を拭いきれ無さそうな表情も見せる。


「やっぱりあの子からあの匂いがするなぁ……と、講義に遅れると怪しまれちゃうし急がないと」

 イズミはそう呟くとウリコが去ったのとは別の方向に向かって多少急ぎ足で向かっていった。



■■■■■



「……。やはり彼の運命は何としてでも変えたい……あまりにも惨過ぎます」

 天地が逆転した世界でリーン様と呼ばれる女性が一つの記録を見ていた。

 それはかつてとある世界で起きた悲劇。


「ヒントを出す準備は……整っていますね」

 その家の家族構成は父、母、姉、弟の四人家族であり、姓は茲炉(こころ)と言った。

 彼らはその日まで世界中で起きた変化も自分たちには関係ないと穏やかに変わらぬ日常をゆっくりと過ごしていた。

 だが、悲劇は突然に起きる。


「何度見ても酷い……」

 ある日の夜。家でテレビを見ていたその家族は突然覆面を被った男たちに襲われ、家族を逃がそうとした父親は男たちによって全身を滅多刺しにされ、母親は子供たちの前で凌辱された後に殺された。

 そして泣き叫ぶ子供たちを殴って黙らせた男たちは家に火をつけるとその場から去って行った。


「けれど目を逸らすわけにはいかない……これもある視点から見れば私の罪なのだから」

 けれど、姉弟にとって本当の悲劇はこれからだった。

 姉弟はこの後とある男の元に売られ、その男の元で同じように売られてきた子供たちと同じように人を人と思わない様な数々の人体実験に晒された。

 その後、最終的に姉はとある一組の男女とその影に隠れていた女性の力によって助け出されたが、弟は救助作戦の前には既にその力の正体と秘密を調べると言うくだらない名目の元に全身をバラバラにされて死んでおり、姉も生死の境界を一度は越えてしまった上に一時的にではあったが声を失い、人ならざる者と化していた。


「お願いだから……三人とも協力して頂戴ね。誰にとっても彼は大切な存在であるはずなのだから」

 女性は誰にも聞こえるはずがないのは分かっていたが、思わずそう呟いていた。

リーン様やきもきしてます。


05/17誤字訂正

05/18誤字訂正

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