第111話「学院都市クルイカ-4」
「と、そうだ。こっちは俺個人の話になるのですが、少々マドサ侯爵殿に尋ねたいことがあるのですが」
「ん?なんじゃ?」
さて、第一課題であるウリコの件も一応片付いたところで俺はマドサ学院長ではなく、マドサ侯爵に質問をする。
「私、とある人を探していまして、情報の出元は明かせませんがとある筋からその人物が今はここクルイカに居ると言う話を聞いたのです」
「ふむ。それは危険な人物なのかね?」
「少々特殊な人物ではありますが、危険かどうかは対応の仕方次第かと」
「……。詳しく伺わせてもらおうかの」
「分かりました」
と言うわけで話を聞く許可も貰ったところで俺は探している人物……ロウィッチからもたらされた情報によって今現在この都市に居るはずの人物の容姿についてマドサ侯爵に教える。
で、ロウィッチの情報曰く、名前や年齢は不明。外見は狼系のビースターであり、黒い髪の少女。
ただしだ。マドサ侯爵には言わないが、ぶっちゃけてしまうとこの三年間で俺が独自に開発した翻訳魔法で無理やり訳した情報なので何処かで間違っている可能性もあるし、そもそもこのレベルの実力者なら己の容姿を変える手段は複数持っていると思う。
なので、現時点でマドサ侯爵に尋ねるのは黒い毛の狼系ビースターの少女がこの都市に居るか否かと言う点である。
「うーむ……すまんが、儂はマドサ領を治める者としてビースターを始めとした希少な存在についてはくまなく把握しておるつもりじゃが、狼系のビースターはクルイカどころかマドサ領全体で見渡しても居らんかったはずじゃ」
「そうですか……」
残念ながらマドサ侯爵には心当たりが無いらしく、力なく残念そうに溜め息を吐く。
この場合考えられるのは単純にマドサ侯爵の手が及ばない場所がクルイカにあるか、例の少女が姿を変えているか、そもそもクルイカに居ないかだよな。
いずれにしてもマドサ侯爵が把握している限りではその存在が認知されていないのは事実だけど。
「少々尋ねるが、パンプキン殿は探しているその人物に会ったらどうするつもりなんじゃ?パンプキン殿の話を聞く限りでは対応次第では戦いが起こる可能性もあるようじゃし、そうなれば儂としてはパンプキン殿もその少女も見逃すわけにはいかなくなる」
「あーそれですか。こちらとしては幾つかの事項について確認したいだけなので、戦いになるかどうかについてはあちらの考え方次第としか言えないです。万が一の時は真っ先にこの都市の外に戦いの場を移せるようにはしますが」
俺の言葉を受けてマドサ侯爵の視線が鋭くなる。
実際、領主としては俺が戦う事になるような事態は看過できないよなぁ……俺自身は竜殺しの魔法使いとして知られているわけだし。
「確認のう……その内容については?」
「すみませんが情報の出元と一緒で明かすわけにはいきません。が、国やマドサ領に害を与えるような話ではありませんのでご安心を」
「…………」
「…………」
俺とマドサ侯爵の間に広がる空気が一気に重苦しいものになる。
まあ、それもしょうがないか。俺が言っているのは要するに初対面の人間が『これから、この街の中でちょっと勝手な真似をするけど、俺を信頼して何も聞かずに見逃してね』って言っているのと同じ事だし。ぶっちゃけ俺なら絶対に信頼しないわ。今まで直接の付き合いとか一切無かった相手だし信頼する要素が欠片も無い。
「竜殺しの魔法使い殿」
「何でしょうか?」
「今、この学院には宮廷魔道士と同等、もしくはそれ以上の実力者が何人か居るが、その者たちをお主の下に付ければ役に立つかの?」
「無理ですね。信頼云々以前に実力がまるで足りません。万が一のことを考えると最低ラインが独力で成体のワイバーンを真正面から相手取り、勝てるレベルです。なので、この件については俺に同行している者たちにも一切話していません」
俺以外は誰も関わっていない事を伝える答えにマドサ侯爵が苦い顔をする。
実際の所、成体のワイバーンの討伐と言うのは、王宮魔道士レベルの魔法使いに近衛騎士級の戦士、他にも一流の射手や神官がそれぞれ複数人必要になるレベルであり、それを独力で真正面から相手取って勝つとなればこの街の中では俺とウリコぐらいなものだろうし、世界全体で見ても人間では百人に満たないだろう。
そしてそれが最低ライン。要するに自分の身を守りつつ撤退することが出来るレベルであり、それ以下では信頼云々以前に足手まといにしかならないのだから、マドサ侯爵が苦い顔をしたくなるのも頷ける。
まあ、こういう理由も有って俺はウリコは勿論のこと、マジクにすら今回の件を教えていないんだけどな。余計な心配はかけたくないし。
「一応聞くが、パンプキン殿はどれくらいの間クルイカに居るつもりじゃ?」
「最低でも一週間は居るかと。ウリコたちの学院生活が気になるのもまた事実ですので」
「分かった。ならば黒い狼のビースターの少女を見かけたらお主の泊まっている宿に使いを出そう。じゃがな……」
マドサ侯爵の目がより一層鋭くなり、何かしらの覚悟を決めた光が宿る。
「もしも何かが起これば例え敵わずとも儂等の刃はお主にもお主が探している少女にも向けられる事は覚えておくと良いじゃろうな」
「そうですね。戦いの場では何が起こるか分からない。不死の身体を持つ英雄ですらたった一本の矢で死したことも有るのですから」
「ん?何の話じゃ?」
「俺が前世で聞いた英雄譚の一つですよ。では、私は連絡先を置いてお暇させていただきます」
そして俺はマドサ侯爵に俺が泊まる予定の宿の場所について記した紙を渡すと、学院長室を後にした。
さて、ああやって釘を刺された以上は揉め事は可能な限り避けないとな。場所が場所だけに試作品ではあるものの切り札になりえる物が色々あってもおかしくないしな。
ワイバーンは決して弱くは無いんですよ!
ウリコと南瓜がおかしいだけなんです!