前へ次へ
108/163

第108話「学院都市クルイカ-1」

「であるからして~……」

 規則的に机が並び、壁の一面に黒板が架けられている室内で一人の豊かな髭を蓄えたエルフの老人が時折黒板に白いチョークで何かを書きつつ、規則的に並んだ机についている子供たちが老人の言葉や黒板に書かれている内容を手元のノートにメモしていく。

 ここはセンコ国マドサ領領都クルイカに在る領立マドサ学院。センコノトから南に一日(普通の人間の足で)程行ったところに存在するここは貴賤を問わずに学びたい者ほぼ全てに門戸を開き、歴史、文学、医術などは勿論の事、政治、農業、科学、それどころか一般的には秘匿される傾向にある魔法まで含めたあらゆる分野の学問においてセンコ国随一の機関であり、現マドサ領の領主であるジーニア=ケルプ・マドサ侯爵と言う齢70を越えるエルフが学院長を務めると同時に教鞭を振るうこの学院の卒業者はセンコ国中で一流の人材として重宝されている。


「あの先生さー……」

「だよねー……」

 学院の廊下を複数人の生徒が話をしながら歩いていく。

 そしてこれだけの規模の学院が存在するためにクルイカは四方が山に囲まれているにも関わらず大規模な都市が形成され、マドサ学院に付随する形でいくつもの小規模な学院が設立された。

 やがてその結果としてクルイカは『学院都市』と呼ばれるようになり、センコ国どころか隣国からも多くの人間が学びに来るようになっていた。


「気になる……ああ、気になる……気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる」

「まったく……第一とすべきは我々の計画なのだぞ。分かっているのか?」

「ああ分かっている。分かってはいるが気になるものは気になるのだよ……ああ、あれは……」

 日も射し込まない暗い一室で二人の男が何かを話し合っている。

 だが、光が強くなればなっただけ生じる影も濃くなる。

 クルイカ程の大都市になればそれだけ地下に蠢く者は強大であり、底知れぬ闇が広がっていた。

 それでもその日その時まで光と闇の調和は取れており、水面下では細かい揉め事はあっても表面上では平穏を保っていた。


「とりあえず……獣人は少ないみたいだし耳は隠しておいた方が良いかな」

 領立マドサ学院のシンボルである時計塔の頂上、そこには狼の耳を生やした旅装束の少女が何故か誰にも疑問を持たれずに立っていた。

 そんな彼女が一度指を鳴らすと彼女の頭から狼の耳は消え、立っている場所は時計塔の路地から建物と建物の間に有るような細い路地に移動していた。


「時間は予定から少しズレたけど……まあ問題は無いかな?さて、それじゃあ早速探し物を始めようかな」

 そして彼女はクルイカの街並みへと消えていき、彼女が混じる事によってクルイカの日常は少しずつずれ始めていく。



■■■■■



「という事だべさ」

「なるほどな。そう言う事なら俺も道中同行しとくわ」

 レイ第四王子によるクーデター事件からおおよそ三年後、俺はマウンピール村でタンゴサックと話をしていた。


「よろしく頼むだ。伯爵様が護衛を付けてくれると言ってもお前以上の護衛は有り得ねえべからな」

「分かった。ま、マジクも一緒に行くからあまり心配はしてねえけどな」

 話の内容はとある人物を目的地まで護衛する事。


「それじゃ、またな南瓜息子」

「おう。またな親父」

 そして俺はタンゴサックから離れて件の護衛相手の元に行く。


「それではよろしくお願いしますね」

「はい。しっかりと送り届けさせてもらいます」

「お姉ちゃんにマジクーがんばってねー」

「元気でなー」

「ツラくなったらいつでも帰って来るさー」

「うん。頑張って来るねー」

「頑張ります」

 護衛相手……ウリコとマジクがキミコさんとトウガ、それにマウンピール村の皆に別れを告げて馬車に乗り込み、クヌキ伯爵の遣わした数人の騎士が馬に乗る。

 誰も彼も表には出していないが微妙に寂しそうであったり、不安そうであったりはする。が、それ以上に期待や好奇心、それに喜びの感情が大きいように感じる。


「それではパンプキン殿」

「分かってるって。俺は基本的に上に居て周囲一帯を警戒しておく」

「よろしくお願いします。では出発!」

 俺は護衛を務める騎士の長に一声かけてから馬車の上に飛び上がり、俺が飛び上がると同時に馬車はゆっくりと進み始める。

 馬車はこれからマドサ領領都クルイカへと向かう。

 何故クルイカに向かうのか?その理由は単純だ。

 この三年間の間にウリコの才能についてはクヌキ領中に知れ渡り、その為にクヌキ伯爵の推薦と言う形でウリコと(その付添いで)マジクはマドサ学院と言う学校に入学することとなったからだ。

 正直に言えば三年前にロウィッチからもたらされた情報も有ってクルイカに向かう事には抵抗があった。何が起きるのかと言う具体的な事は何一つ分からなかったがために。

 だがそれでも俺はウリコの意思を尊重し行かせることを決め、マジクにも向こうでは警戒を怠らないように伝えた。

 さて、出来る事ならば平穏無事に何事も無く済めばいいのだが……。



■■■■■



「姉が居ない身となれば彼の運命は必ず変わると思っていた。けれどやはりと言うべきなのかしらね……先を知ってしまっている私の力では運命は変えられない……私の力だけではただ繰り返すだけ」

 天地が逆転した世界でリーン様と呼ばれている女性が血の様に赤く輝く文字列をなぞる。


「こうなれば彼の運命が変わるかは貴方と彼女次第。そして私の事が知られても彼が助かれば彼女はきっとそれを成し遂げた者を無碍に扱ったりはしないはず」

 彼女の手元に置かれた狼耳の少女の絵が描かれた紙の内容を彼女はゆっくりと指先でなぞる。


「そう考えるのなら……私もあの子を通してヒントを出す準備ぐらいはしておくべきなのかもしれないわね」

 そして彼女はその瞳に四人の人の形をしたものを写すと、何かの詠唱を謳う様に始めた。

道中はぶっ飛ばします

前へ次へ目次