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第32話『自由な世界で』

 ――あれから。

 全世界の生物と創造物が一斉に絶頂した時のパニックっぷりったらえげつなかったが、幸いにも不思議な運命の力が働いたのか、直接的な被害者はいないようであった。

 いや、運転中のドライバーとか医療現場とか、飛行機のパイロットとか、工事中の作業員とか……大丈夫かな? と思ったけど、奇跡的になんとかなったみたいだった。

 まぁ、カミサマ的にもそれが原因でせっかくここまで育った世界が崩壊するのも……あまりにもアレすぎるから配慮をしてくれたのだろう、そういう事にしておこう。

 老若男女問わず、生命と定義されているものなら全て同じ時間に絶頂した。その事が照れ臭くて、なんだか世界全体がちょっとだけ気恥ずかしくなったのは……どうでもいい事か。

 オレってば、数分間だけではあるけれど、全世界から戦争を無くすことに成功したのである、その点に関しては一回誰かにすごく褒めてほしいが、ま、頭のおかしい奴になりたくないので、英雄は黙っておくことにする。

 ――さて。


「……はー……!」


 いつもの派遣先の新規プロジェクトの挨拶が終わり、その会社の前でオレは大きく伸びをした。

 『鳥巣さん、雰囲気変わりました?』いつものスタッフにそう言われ、オレは少し驚いていた。確かに短い間ではあったけれど、麻子ちゃんとケイちゃんと一緒に過ごして……少しだけオレも変わったのかもしれない。

 照れ臭いけれど、自分一人の為に踏ん張る力よりも、隣にいる誰かの為に踏ん張った時の力の方が強い気がした。麻子ちゃん、ケイちゃん……そんなヒロイン達の為になら、いくらでも戦える気がしたのだ。

 ……だからほんの少しだけ、オレは優しくなれたのかな。

 長い付き合いの取引先が『内部のスタッフが足りない』と嘆いていた事を、オレはふと思い出す。正直、固定のチームを組み、同じ仲間と長い期間仕事をした経験は無いけれど。


「誰かの為に、か」


 それもいいかもしれないな。笑えないようなトラブルは増えそうだけど、ま、世界を救ったオレなら大丈夫だろう。

 次の待ち合わせ場所に向かう為に、オレは歩き始める。ちょうど信号が青になっていたので、横断歩道に向けて駆け出していく。


「頑張ってみよう、少しずつ」


 一人そう呟いて、一時停止するトラックを横切り、オレは目的地に向かうのであった。


 ここは世界の外側。膨張する宇宙のその先の、まだ何でもない空間。そんな空間の中で、マリンはぶすくれていた。


「エリンのばかばか」


「ご、ごめんってば。お姉ちゃん」


 肉体の無いカミサマは、別にそうする必要も無いけれど、なんとなく人間の形をしたアバターで虚無空間をふわふわと泳いでいた。

 カミサマ姉妹、姉のマリンと妹のエリンである。スペーシーなコスチュームで、蛍光色に輝きながら虚無空間をぷかぷか。


「もー、ボクの世界を弄りたかったら、今度からはちゃんと言ってね?」


「分かった……だって、お姉ちゃんの世界、すっごいカミサマ間で評判良くて」


「当然でしょ、ボクの世界だよ?」


「お姉ちゃんのそう言うところ嫌いだけど、まぁ美点ではあるよね」


「うるせー……まぁ、あの世界に関してはもうボクのものじゃないけれどね……」


 鳥巣一貴による世界同時絶頂。それによって巻き起こった世界中の人々の感情負荷により、その世界は重すぎてカミサマでも取り扱えなくなっていた。


「いやぁ、その……普通に考えて世界の生命が同時に絶頂するみたいなはちゃめちゃな負荷とか……カミサマ的にも手に負えないっていうか……」


 マリンはすでに自分の手を離れた蒼き地球――鳥巣一貴のいる世界を見つめる。


「オープンワールドに存在する全NPCがバリクソ重いテクスチャになって、全ワールド同時にエフェクトマシマシのバトル始めた感じ……?」


「あ、うん。そんな感じで処理落ちシャットダウン。再起動しようにも、もう重すぎて干渉できないNPCが好き勝手に世界を創り始めちゃって……」


「世界創生だねぇ、ビッグバンだねぇ」


 妹、エリンは愉快そうにニヤニヤする。


「……正直、理屈はカミサマでも理解できない。色んなカミサマに聞いてみたけど、こんな事は全く持って初めてのケースなんだって」


「あれはもう一つの完成された世界なのかもね? 作者冥利に尽きるじゃない、お姉ちゃん」


「ええように言うたらそうなんだけど……はぁ、どこからどこまでが生命で、どこからどこまでが無機物なのか、そんな定義はカミサマでも分かんないしなぁ」


 マリンが創造主で、鳥巣一貴は創られた存在……その定義の証明はどこにあるのだろうか。


「作品が作者の手を離れて歩き出した……そして世界は創られた、それでいいと思う? エリン」


「私に聞かないでよ」


「だよねぇ……ま、そんな世界の始まりがあってもいいのかもしれないね」


「ふふ、お姉ちゃん、これからクリエイターとしてどうするのぉ? 大人気だったシリーズは作者の手から離れちゃったねぇ」


「うぐぐ……そ、それは言わないで……」


「一発屋」


「エリンのせいなのに!? やめてよ!! 気にしてるのに!!」


 そう、マリンの世界(作品)である、鳥巣一貴がいる世界は超人気シリーズではあったが……マリンのそれ以外の世界は鳴かず飛ばずなのである。

 マリンは妹のせいで、超人気シリーズの版権が吹っ飛んだ状態に陥っていた。


「くっ……全く、エリンのせいだし、鳥巣一貴のせいだし! ボクのせいじゃないし! うー、今度もし会う事があったら、文句の一つでも言ってやる!」


 そう言って、マリンとエリンは美しき蒼き地球を再度見る。


「ばいばい、ボクが干渉できないのは悔しいけれど……そんな世界があってもいいのかも」


 ほんの少しだけ寂しそうに、マリンはもう手の届かない自分の世界を見つめた。


「カミサマの手を離れて世界を維持できるのか……知らんがな、って感じだけど」


 ああ、このフレーズちょっと気にいっちゃったかな、と思いながら。


「勝手にしなよ、全てはキミ達次第なんだから」


 マリンは最後に応援するように、名残惜しむように……それだけ呟いて、世界の彼方に消えていくのであった。


 オレは待ち合わせ場所に急ぐ。

 ――再度、あれからのお話。今は世界同時絶頂から数週間が経過していた。

 あれからオレはもうチート……魔眼を使えなくなっていた。その事に対してオレは別にも惜しいとは思っていない。

 どうせクマに襲われた時ぐらいにしか役に立たないものなのだ、無くても構わないさ、そんな晴れやかな気持ちだった。

 ほか、双極円卓大魔法陣に関与していた魔法使いの人達に関しては、外国の魔法使いはすでにそれぞれの国に帰国したらしい。

 ……そういえばあの人達、日本語ペラペラだったな……? オレに合わせて使ってくれてたのかも、すげーな魔法使い。ひょっとしたらひみつ道具的な魔法が使われてた可能性もあるけれど。

 あの後に連絡が取れたのは、モードレッド卿ぐらい。突然電話がかかってきて『その節は本当にごめんなさい』『怪我は無いか』『麻子ちゃんは元気か』など、あまりにも普通の会話をされて面食らってしまったものだ。

 モードレッド卿に関しては、元々性根が捻じ曲がっているとか、そんな事も無く……ただただ円卓心機である精霊加護クラレントと不義敗刃クラレントの特性がアレ過ぎただけで、中身は普通の人のようだった。環境が違えば、肩を並べて戦う事もできただろう。

 麻子ちゃんの言う通りだったなぁ、とオレは納得していた。


「あん! ばうばう!」


 突如、小型のふわふわした犬がオレにじゃれついてきた。


「おわ」


「あー、ごめんなさーい!」


 リードを持ちながら……なんと、ベディヴィエール卿こと、辺出美ひろ子さんがオレの前に現れる。


「うわー久しぶりです!」


「あー! もしかして鳥巣さん!? その節はどうも!」


 ああそうか、ベディヴィエール卿は一般参加枠だから普通に日本で生活してるよな。


「……その犬は?」


 そう言うと、ベディヴィエール卿はにこっと笑って小型犬を抱きしめた。

 この子、すごくゴルちゃんに似てるような。


「あの時、一発で負けちゃった後、病院に行ったのね。でもほら、傷とかって円卓なんとかが肩代わりしてくれるじゃない? ちょっだけ検査して、異常無しって事で家に帰らされたの」


「はあ」


「んで、夜が明けて……家の玄関を出たら、この子がいたの」


 ぺろぺろ、とゴルちゃんによく似た犬はベディヴィエール卿の頬を舐めた。


「ゴルちゃんに似てたから、すぐにピンときた……お家に迎えたの」


「……そうですか」


 全部こっちが勝手に都合よく解釈しただけの、どこにでもいる野良犬なのかもしれない。

 けれど、やっぱりオレはゴルゴランの事を思い出していた。


「良いご主人様に拾ってもらえて……よかったな~」


「あん! あんあん!」


 可愛らしくそう鳴く小さな存在。ベディヴィエール卿は目を細めて、その姿を幸せそうに見ていた。

 あのくだらない戦いの中で、少しでも何かが生まれたのなら。オレは指先を舐められながら、少しだけ誇らしく思うのであった。


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