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第31話『それでも、魔眼で』

「なっ……!?」


「なっ……!? って言われても。いやだって、クリエイターならみんなするでしょ。なんか変な感じに書きあがっちゃったから、丸ごとゴミ箱に捨てちゃうんだよ」


「ししょー……この人の言ってる事……さっぱり分かんないです……!」


 麻子ちゃんは全てを理解できないながらも、マリンの言葉の悪意を感じ、マリンを睨みつけた。


「なぁ、マリン……例えこの世界が作りものでも、オレ達には意志がある。精神があるんだ。流石にそんな、消すなんて身勝手な事、許されるのか……?」


 オレのその言葉に、マリンは不思議そうに言葉を続ける。


「いやさ、自分の作ったゲームのAIがね? 『オレ達には意志があるんだ!』ってメッセージを出力したと仮定して……その事について、何か感情が動く訳ないでしょ」


 マリンが指先をくいっと動かすと、オレの住んでいた街が再度……『表示』される。


「きゃあああっ!?」


「うおっ……!」


 街の遥か上空、オレと麻子ちゃんは不可思議な力で空中に縫い付けられ、落下する事も無く、上空に固定された。

 そのままマリンはくいっと指をスワイプして、先程いた『橋を削除』した。ぶん、と音も無く、最初からなかったように橋が消失する。


「お、お前……!」


「睨まれても。コントロール+ゼットする時に罪悪感覚える? そんなクリエイターがいたら頭おかしいよね?」


 そんな事をする必要はないはずなのに、マリンは手慰みに天候を操作し、街に雷を落とす。それは自然現象では絶対にありえない『ゲームのような』頻度での雷だった。

 ばき、ぼわぼわ、どかん、と幼稚園児が完成した砂山を崩すように、街にある建物を雷で掻き回していく。


「やめろ! やめてくれ!」


 オレの声など聞こえていないのか、マリンは適当な手つきで暴虐の限りを尽くす。


「あ、コントロール+ゼットっていうのは、人間のキミ達に合わせた比喩だよ? 分かってよね、そこらへんは」


「んな事どうだっていい! やめろって言ってるだろうが!!」


 オレががなり立てると、うるさそうにマリンは手を動かす。

 ふわり、とオレの街で一番高いビルの屋上に三人を着地させる。


「く、うっ……」


「あたし達……遊ばれてますね……ししょー……」


 既に円卓騎士の加護の無いオレは、あまりの現象に身体がついていかないのか……膝をついて息を整えるのみ。

 麻子ちゃんもエクスカリバーを杖にして、何とか立っている状態だ。


「……はー、むなし。妹にゲーム壊されるわ、自分の生み出したキャラに説教されるわ」


 マリンは興味も熱意も無い表情を浮かべ、夜空を見た。


「……はいはい、終わり終わり、削除しまーす」


 無機質にそう言って、頭を掻いた。


「……なんだ、こんな風に終わるのかよ」


 オレは無残過ぎるこの真実に、吐き気すら覚える。オレがこれまで行ってきた、魔眼で物語を台無しになるまで引っ掻き回した事も……結局はカミサマの手慰みでしかないって事かよ。

 カミサマと出会ってチートを手に入れて……その後は考えないようにして、目の前の戦いに専念していたけれど、やはり、この真実はあまりにも惨すぎる。

 オレのこれまではなんだったんだろうか。何を足掻いていたんだろうか。オレの気持ちは、想いは……ボタン一つで消されてしまうようなものなのか。

 何の為に、誰の為に、オレは……そんな考えに囚われ、オレは立ち上がれずに蹲る。


「分かんない事だらけです、納得のいかない事だらけです」


 けれど。


「あたしは、この人が言っている事の半分も、理解できないですけ」


 けれど。


「貴方は……あたしの大切にしてきたものとか、大切にしていきたいものを、無かった事にしようとしていますよね……?」


「おおー、なんだかエモいシーンが始まろうとしているねぇ」


 嘲笑うカミサマの台無しの台詞にも負けずに。


「それなら、きっと、貴方はあたしの敵です」


 雷が暴れ狂う夜の闇の中、摩天楼の上で……勇者が立ち上がる。

 どんな時でも前向きに、他者を想い、自分を信じた麻子ちゃんが立ち上がる。


「……ししょー、見ていてください。一度だってちゃんと戦ったことなんて無いですけれど……あたしだって――創成!!」


 優しい麻子ちゃんが、エクスカリバーを構える。今まで一度だって相手に対して明確な敵意をぶつけたこと無い麻子ちゃんが……初めてマリンに対し、激情のまま剣を向けていた。

 白き炎が燃えあがり、爆裂した剣気が空間を圧倒する。マリンはそんな麻子ちゃんに対して、ただただ溜息をついてくだらなさそうに見た。


「いや、知らんがな……あーもう。麻子ちゃんはいいキャラしてたんだけどなぁ。ボクのシナリオだったら、戦いの中で仲間の死を乗り越えて、同じ陣営のランスロットと一騎打ちして……最後には信じていたモードレッドに裏切られる予定だったのにぃ」


 そんな、身勝手なシナリオを口走るマリンに向かい……


「それこそ……知らんがな!!」


 勇猛に麻子ちゃんは言い放つ。


「あたしが見てきたこと、感じてきたこと、考えたこと……それを貴方に勝手に決めつけられたくなんてないんです! ……だから、知らんがな!」


 オレと一緒にアーサー王伝説を駆け抜けた、明るく勇気ある女の子は……しっかりと勇者に育っていたのだ。

 すう、と大きく息を吸って、聖剣を振りかざし――目の前の創造主に覇を叩きつける。


「あたしはあたしです! 誰かの物語の登場人物なんかじゃない!」


「わー……盛り上がってんねぇ」


 マリンは引き攣った声を出しながら……イラついたようにオレ達を見た。

 麻子ちゃんは創造主に対し、感情の波を起こしたのだ。


「……ははっ……弟子が頑張ってるなら……オレが寝ている訳にはいかないよな」


 オレは脚に万力を込めて、自分自身の頬を叩き、気怠い絶望から覚醒する。

 理由なんてどうだっていい。ただ、オレは。目の前の弟子にかっこいい背中を見せてやらなきゃいけないんだ……立ち上がる理由は、それだけでいい。


「……未完の作品なんて、ゴミに等しいんだよ」


 ゆっくりと、けれどありったけの激情を込めてオレは立ち上がる。


「まだ終わってない……逃げるんじゃねぇぞ……『魔凛』!」


 あえて、双極円卓大魔法陣の『魔凛』に向けるように、オレはそう叫んだ。

 その意が伝わったのか、マリンはオレ達二人を苛立ちながら睨みつける。


「勝手に喋んないでよ……ボクは別にただリセットボタンをポチればいいだけなんだよ?」


 マリンは手を天高く掲げる。そうだ、状況は変わってない。この場でオレ達が勝つ可能性なんて全くありはしないのだ。

 ――それでも。


「……いいのか?」


「は?」


「オレは止めるぞ……? この、どうしようもなくくだらない、台無しの魔眼を使って、お前を……!」


「いや、チート使う気? どう考えても効く訳ないじゃん」


 マリンはオレの言葉を鼻で笑う。


「いやいや、だって……キミ達は創作上の生き物なんだよ? ボクが消しゴムで擦れば消えてしまうようなものなんだけど」


「ふっ……それはどうかな? 俺の魔眼は、別の創造主から与えられた権限。次元は一緒だろう?」


 いや、知らんけど。知る訳が無いけれど。


「ししょーの魔眼が効かなかった相手はいませんから!」


 可愛い弟子も、そう言ってくれているし。


「……馬鹿なの?」


「馬鹿だよ。馬鹿なお前が作ったのがオレだからな」


「うっわ、だる絡みしてくるじゃん……」


 溜息をつきながら、マリンは上空に巨大な石を創造していく。


「別にこんな事しなくても消せるけど? ま、最後にコレでドカーンっていうのも、絵になるかなって。ほら、クライマックスは大袈裟ぐらいが丁度いいじゃない?」


 冗談みたいな爆音を響かせながら、マリンは隕石を生成する……ただただ極大な質量の暴力で、些末な世界を終わらせるかのように。

 その一撃は、今までオレ達が生きていた世界を、何事も無かったかのように、紙吹雪のようにぶち壊してしまうだろう。

 ――それでも。


「終わらせてたまるかよ、たとえこの存在がフィクションだとしても……」


 極大な質量の生成に、立っていられない暴風が巻き起こる。麻子ちゃんはそれをエクスカリバーで切り裂き、オレに道を作る。


「オレは真剣に考えて、悩んで、苦しんで、生きてきたんだ」


 ――視界には、捕らえているんだ、つまらさそうなカミサマを。


「ケイちゃんの覚悟も、麻子ちゃんの願いも、ランスロットの矜持も……誰かを悦ばせる為の消費されるエピソードなんかじゃないんだ」


 何度となくオレは魔眼で切り開いてきたんだ。エモいエピソードの為に消費される脇役から、ここまで這い上がってきたんだ。


「オレ達はデータの羅列かもしれない、組み合わせの記号でしかないかもしれない!」


 ――だから……!


「でも、ここにあるものは本物だ! 人が紡いできた物語だ! たとえ創造主が相手でも譲れるもんか、馬鹿野郎……!」


 ――だから……!


「どんなクソゲーでも、クソシナリオでも……未完で終わらせたくなんかないんだ!」


「ししょー、行きます!! はぁああああああああああ!!」


 力を振り絞り、白き炎の軌跡を描き、アーサー王は裂帛の気合を込めてマリンに特攻する。

 暴風は剣気に圧倒され、オレの眼前は完全にクリアになった。

 オレの視線の先には、マリン。


「無駄、なんだよなぁ」


 麻子ちゃんの一閃は、当然のように見えない壁に阻まれマリンに届かない。

 でも、それは決して無駄な事なんかじゃないんだ。オレはその麻子ちゃんの眩しい背中を見て、最大限に希求を叶えようと一心に念じた。


「――もう二度と、魔眼チートなんて使えなくなってもいい!」


 眼が熱い。魔眼はオレが勝手に解釈しているだけで、本来このチートは念じるだけでいいはずだ。

 でも、それも決して無駄な事なんかじゃないんだ。オレが信じて、オレが魔眼と名付けた事に意味があるんだ。


「最後に創造主だろうがなんだろうが、激イキさせて……エンディングを迎えるんだ!!」


 全てを込め存在を賭けて――オレは魔眼を起動する。


「終わり終わり、リセッ――」


「快楽の海に沈め、創造主!!!!」


 届け、届け――!!

 オレの魔眼に、くだらなさそうにするマリンの表情が――


「はぎぃぃいいんっ!?」


 快楽にちょっとふにゃけた!!


 魔眼は…………カミサマにちょっとだけ効いたみたいだ!!


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