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第03話『チートを手に入れた主人公が性能を試すフェイズ』

「ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 オレは鈍痛を感じながら、目を覚ます。


一貴いっき!! 一貴!! 大丈夫!? 大丈夫なの!?」


「あ、え……お、おかん……?」


 どうして、おかんがここに……


「一貴……ああ、良かった、一貴ぃ……うぅう……」


 オレの意識は妙にはっきりしている。時間の感覚が完全に連続していて……オレはあの雲海での記憶が鮮明に残っていた。

 混乱する頭で情報を集める――どうやらここは病院で、枕元には母親がいて、看護師さんがいて。


「オレ、トラックに轢かれた……で、いい?」


「そうよ、もう……心配させないで……うう……」


 おかんがぼろぼろと泣いていて、オレは胸が締め付けられる。

 ……異世界転生、失敗してよかった。

 別にそういった物語を頭から否定するわけじゃないし、どんな物語があってもいいと思うけれど……やっぱり、誰かが死ぬのは悲しい事だと思う。

 母親がオレに縋るように泣きじゃくるのを見て、オレは心の底から安堵する。


「……心配かけてごめんなさい。オレ、ちゃんと生きてるよ」


 震える母親を抱きしめて、オレはここにいる事を確認する。

 オレは鳥巣一貴とりすいっき、三〇歳。フリーのエンジニア。童貞。冴えない人生を送るニアおじさん。

 この度めでたくトラックに轢かれたが、九死に一生を得て……異世界には転生せず、現実世界に舞い戻る事になるのであった。


 お医者さんとおかんに、事故の状況を聞く。オレは信号無視のトラックにがっつり轢かれた訳ではなく、ぎりぎりでオレを避けたトラックのサイドミラーに頭をぶつけたらしい。もちろんそれでも運が悪ければ死んでいたが……奇跡的にサイドミラーの金具が緩んでいたようで、上手く衝撃が逃げてくれたらしい。

 トラックの運転手はすぐに救急車を呼んでくれて、オレはたんこぶ一つという軽傷で済んだのだ。

 なんとも都合の良い助かり方ではあるけれど、そもそも事の発端は全てカミサマの介入が原因な訳で……まぁ、『色々設定が甘かった』のだろうな、と思う事にした。

 いや、でも、その……ううん、あの雲海での記憶は……常識的に考えてただの夢、だよな……?

 カミサマなんていなくて、この世界がカミサマの作品なんかじゃなくて、ただ単に、三〇歳の童貞がトラックのサイドミラーに頭をどつかれただけの事。

 そう解釈するのが、どう考えても正しいはずだ。けれど、オレの手には何故かあの雲海で振るったダイスの感触が生々しく残っていた。

 ……激イキのチート能力なんて、持ってないはずだ。でも、でも……なんていうか、その……

『すごく使える気がする』のだ。明確に『感覚』として……対象に向かって念じれば、その人が激イキするような『感覚』がオレの中に宿っていた。

 それなら試してみればいいだけの話だ。ノーリスクなんだし。しかし、病室は個室で看護師さんはみんなおばちゃんだった……できれば、若い女性の方がいい。

 そう、今の所、適切な対象がいないのだ。退院まで、オレはモヤモヤとした気持ちを抱える事になるのであった。


 しばらくして、精密検査の結果が出て、何事も無かったオレは退院する事になる。

 病院を出て、家までの帰り道を歩いていた。都合よく次の仕事の開始まで期間があるので、しばらくは家でゆっくりできるだろう。おかんは心配していたが、特に介護が必要な訳でもないので、関西の実家に帰ってもらう事にした。


「……さて」


 オレの近況などはどうでもよい。問題なのは……オレにチートが宿っているか、いないかだ。

 オレはよく利用するコンビニに向かい、間の抜けた入店サウンドを聞き、レジにいる女性を確認した。

 レジの斎藤さん。

 ショートカットで華奢な女の子で、化粧っ気が無い素朴な良い子。言葉遣いや仕草が初々しく、おっさんであるオレはいつもそこに斎藤さんがいるだけで癒されていた。

 流石に好きという感情を抱いている訳ではないけれど、気になっている女の子だ。オレは買うつもりの無いお菓子を眺めながら、斎藤さんを視界の端に捕らえる。

 ちょうどレジにお客さんがやってくる。何らかの支払いだろうか? お客さんの対応をするために、斎藤さんはスタンプを取り出している所だった。

 チート発動のトリガーは『感覚』という抽象的なもの……だと思う。なんとうか、ギュッとカメラの絞りを入れるような感じで対象を念じれば……イケそうな気がする。

 ただ、それだと緩い引き金で銃を撃つような(※オレは銃を撃った事はありません)気持ち悪さを感じたので、オレは口の中で呟く事にした。

 斎藤さんを視界に捕らえ、オレは……


「……イけ」


 そう、しっかりと対象に対して念じた――


「はにゃあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああん!!」


 オレが念じた瞬間、斎藤さんは細かく震え、絶叫のような嬌声をあげる。

 ……うん、これは……激イキですね。斎藤さんは激イキした。激イキなるものをオレはエロ漫画でしか見た事無いけど。

 斎藤さんは余りある絶頂パワー(?)の行き先をぶつける為、ぺったぁあああああん!! とスタンプに万力の力を込め、払い込み用紙にぺったんした。


「だ、大丈夫ですか?」


 お客さんも当然だが、驚いた声をあげる。


「あ……ひっ……ひぃいいんっ……♪」


 斎藤さん、思わずレジに崩れ落ちる。


「だ、大丈夫ですか! す、すごい声がしましたけれど!」


 オレはわざとらしく近づき、斎藤さんの様子を確認。


「ひあっ……♪ ひぁあああんっ……♪ ふぇえええ……ど、どうしてぇ……んんっ……」


 えっちだった。すごくえっちだった。斎藤さんは床に倒れ、股間に手をのせ、もじもじしながら細かく痙攣していた……なんか、ごめんなさい。


「え、えと……救急車は……?」


「いえ……♪ そ、そういう感じじゃなくて……き……気持ち悪いとか、い……痛いとかは全然……む、むしろぉ……♪」


 気持ちいいんですね? そうなんですね? ふふふ、気持ちいいんですね?


「そう、ですか……お大事に」


 湧き上がるド変態マインドを抑えながら、オレは表情を引き締める。

 絶対にバレる事は無いだろうけど、オレは心臓をバクバクさせながら、コンビニから逃げるように退店した。

 エッチな事はエッチではあったが、シュールな面白さのほうが勝ったので、特に勃起とかはしていない。オレは笑いそうになっていた。

 ……しかしこれで、確定である。

 オレは、異世界転生せずに現代でチート能力を得る事になるのであった。


 さて、テンションの上がったオレは、このチートの詳細を掴む為に色々試してみる事にした。家の近所の展望台に向かい、高い場所から道行く人を視界内に捕らえてみる。

 視認できるギリギリ、街行く人が豆粒サイズ程度になる距離。オレは駅前でいつも怪しいキャッチをしている迷惑な奴をターゲットに決める。


「……イけ!!」


 ぱたり。

 キャッチはぱたりと倒れ、虫のようにもぞもぞした……すみません、テストなんで許してください。すぐに他の人が心配そうに駆け寄ってきたのを確認して、オレはチートの射程の確認を終える。

 チートの発動には、相手の顔を視認する必要は無く、また瞳を見る必要も無さそうだ。とあるアニメでは、視線を合わせた人に絶対服従のチートをかける事ができるようだが、あれは確か視線を合わせる必要……瞳を見る必要があったはず。

 オレのチートに関しては『オレが視認していれば』発動できるらしい。なんだそりゃ。

 さて、他にはサブ効果として『時間停止無効』と『能力無効化貫通』があるみたいだけれど……これは確認できそうにないので省略する事にする。誰か時を止められる人がいたらオレに紹介してほしい。

 射程は分かった、後は効果対象を調べてみよう。丁度都合よく、オレの目の前に蝶が飛んできたので、イけ、と念じてみた。

『ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』

 という声が聞こえた気がして(実際は無音です)蝶はヘナヘナと地面に墜落していく。流石にちょっと可哀想になったので、踏まれないように草むらにそっと移動させておく。

 はたして虫に絶頂と言う概念があるのかは知らないが、とりあえず『激イキ』の対象は『人間』と『虫』の両方に効くみたいである。今後も研究を進めていくつもりではあるが、激イキは生物であれば効きそうだな。

 そうオレが展望台で最低な実験を繰り返していると、足音がして、人が現れる。

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