第28話『ですよね~』
花火を終え、しばらくの時間が経過。今までの前例からすると、大きく事が動くのは夜の場合が多かった。
オレと麻子ちゃんはちゃぶ台の上のスマホを見つめている――何か、事が起きそうな予感がしていた。
そんな時、物語が次の章だと言わんばかりに……わざとらしく麻子ちゃんのスマホに着信があった。
「ししょー……!」
「スピーカーモードで取ってくれるかな?」
こくりと頷き、麻子ちゃんはスピーカーモードにして通話を受ける。これでこの場に居る全員の声が届くはず。
『……アーサー王。私だ。ランスロット……そう言えば分かるか?』
その声を聞いて、オレと麻子ちゃんは目を見開く。
「生きていたんですね!」
……今更、麻子ちゃんの番号を知っている事に対し、オレは特に驚きもしなかった。今回も誰かが裏で手を引いているのだろう。
『ああ、命からがら……な。今の今まで回復に専念していたぐらいだ』
「よかったですー」
ガラディーンの一撃は絶大な威力を誇っていたが、跡形も残らず消滅というのはオレも疑問に思っていた。確認などできるはずもなく、保留はしていたが。
……けれど流石に、今の今まで音信不通だいうのが少し引っかかる。
『……円卓騎士同士、会って話したい事がある……可能だろうか?』
暗躍する魔凛の事、ケイの裏切りの事も考えると……最早味方の陣営であろうと信頼するのは得策ではなさそうだった。
「……なんかこれ、怪し過ぎるでしょ」
ランスロット卿に聞かれないようにケイちゃんは耳元でオレにそう言う。
「まぁ、そうなんだけれど……」
オレは麻子ちゃんに目で『どうする?』と訴える。
「……いきましょう。最大限警戒しながら、ししょーの力を使えば……」
「なるほど、確かに」
過信するわけではないが、今の所無敗の魔眼があるのだ。むしろ、魔凛があれこれ準備を整える前に、双極円卓大魔法陣を終わりに向かわせたほうが良いかもしれない。
ランスロット卿は場所を指定する。オレはその場所での合流を約束し、通話を終了する。
「今の円卓騎士の残りの戦力とか、知らせる事もできたけれど……」
「言わない方がいいでしょうね。宵闇陣営と通じてるかもしれないんだし」
「……んんーー、これでランスロットさんが何もなかったら、申し訳ないです……」
「ばかね。それでアンタの大好きなししょーが傷ついたらどうするの」
「むむむ……いやです。ししょーもケイちゃんも危険な目に合わせるのはいやです……むむむ……」
ケイちゃんはさらっと自分が対象となり、ちょっと照れる。
「ケイちゃん。索敵は任せてもいいかな? 直接戦わなくていいから、何かあったらすぐに連絡が取れるようにしておいてほしいんだ」
「はいはい……今更だけど、アンタら私の事信頼し過ぎじゃない……?」
「愛です! 愛!」
「愛とか、友情とか……クライマックスなんだしさ、多分そういうのがカギになってくると思うんだ、オレはね」
「なんなのこいつら」
「やってやれない事はないはずです!」
「………………アンタら、考えてるようで、何も考えてないでしょ」
「ばれたか」
……どの道、オレには魔眼がある。懸念点があるとすれば、魔眼の能力に気付きつつあるベイリン卿に警戒されている事だが。
残る宵闇陣営は二人。二人を堕とせばこの物語は終わりを迎えるのだ……あともう少し。
先頭は麻子ちゃん。何かあったらオレを守る役割。ちょっと情けないけれどそれが一番重要な事だ。オレは主砲として麻子ちゃんに続き、ケイちゃんは遊撃手として臨機応変に対応する。
素人ながらに考えた作戦で、最大限に警戒しながら行軍。オレと麻子ちゃんはランスロットに指定された広い橋に向かう。
毎度の事の様に都合のよく人払いがされている。一般人の介入は無粋だと、魔凛が手配してくれているのだろうか。真実は分からない。
オレは周囲を見渡す。橋なので周囲は水場であり逃げ場が無いとも言えるが、奇襲もされにくい。ランスロットはどんな事を考え、ここを合流地点に選んだのか。
橋の丁度中央で、オレと麻子ちゃんは歩みを止める。戦闘に不向きなケイちゃんは、この場ではない場所に待機させておく。
……そこには、ランスロット卿が佇んでいた。
「無事で何よりです」
オレと麻子ちゃんは隣り合い、老いた円卓騎士に向かい合った。
「……儂は、絡め手や策謀、虚偽を好まん」
「…………」
ストレートで助かる。ランスロット卿は既に、臨戦態勢だ。
「既に、いや、最初から……この双極円卓大魔法陣は全て魔凛の掌の上。それは分かるな?」
「はい、そうですね……最初から少し疑っていましたが、モードレッド卿の円卓心機の性能を知った時、オレはそうだろうな、と」
「そうか、話が早くて助かるの」
老いた円卓騎士は、ゆっくりと……羽織っていたマントを地面に落とす。
「儂は最初から、この双極円卓大魔法陣の真実を聞かされていた」
「えっ」
「……魔凛に聞いたが、どの陣営にも一人ずつ、最初から多くの情報を与えられる円卓騎士がおるようだな。儂はそんな事を知りたくなかったが」
……暁陣営ではランスロット卿。宵闇陣営ではケイ卿。その二人に対して双極円卓大魔法陣の真実が少しずつ話されていた……そういう事か。
「すでにもうこの物語は終局に向かっておる……なので、全て話そう。双極円卓大魔法陣の勝利した陣営には『どのような願いでも叶える権利』が与えられる……そう聞いているな?」
「……はい」
「そんなに上手い話なぞない。恩恵には必ず対価を求められるのが、現代における魔法の理とされている……神々に謁見できたとしても、最大六人の願いを叶えるのは不可能」
「……嘘ばっかりですね。うちの脚本家は」
胡散臭いのは最初からだけれど。
「願いを叶えられるのは、たった一人。陣営の勝利が決まった後、その陣営の中で殺し合いが始まる……それが双極円卓大魔法陣の最終局面」
「……最悪だ」
「その回のアーサー王伝説を模した悲劇が、神々の鑑賞に堪えるものであれば願いが叶えられる。最後に残ったたった一つの円卓心機を触媒として、な」
ランスロット卿はそう、オレ達に全てを話すと、ゆっくりと構えをとる。
「……創成」
円卓心機が現れ、ランスロット卿は静かに語りを続けた。
「儂は陣営での決着が着いた後、正々堂々の果し合いにて決着をつけるつもりであった。しかし……トリスタン卿。お主が持つ魔法によって、この双極円卓大魔法陣は混乱を極めておる」
ランスロット卿は、明確な敵意をオレにぶつけてくる。オレは身体が重たくなるぐらいのプレッシャーを感じながらも……なんとか耐える。
「数々の戦士が散っていった。その中には歴戦の強者も、千年に一度の勇者もいた。その者たちは円卓騎士として一度も円卓心機を使わずに、円卓騎士同士の決闘をせずに退場してしまったのだ」
……確かにそうだ。オレの持つフェイルノートも一度もその矢を放つことなく、この物語は終わろうとしている。
「……このままでは、いずれ儂もその魔法によって、剣を抜く前に終わる事になるやもしれぬ」
あの無垢で元気な麻子ちゃんが、何も言葉を話せず、ただただランスロット卿の圧に押されている。
「――それだけは避けたい」
ランスロット卿は……アロンダイトを正眼に構える。
「円卓因子には、円卓心機の他に固有の能力が加護として与えられる場合がある……儂が知っておるのは、ベイリン卿の『簒奪』と……ランスロット卿の『継承』」
「『継承』……?」
「『双極円卓大魔法陣に参戦した、過去全てのランスロット卿が得た剣術、技術、力量の継承』……それが『継承』の加護だ」
ランスロット卿がアロンダイトを強く握る。
「……!!」
幻影、だろうか。
オレはランスロット卿の背後に、歴戦のランスロット卿の影を見る。
「この剣には、過去の円卓騎士達の想いの全てが込められておる」
目の前の円卓騎士は老いている……そんな事は全く、何のハンディキャップにもならない。オレはそう痛感する。
ただただ、死線を超え、剣で語り、乗り越え、他者の想いを受け継いできた……その時間が力となりそこに顕現しているのだ。
積み重ねた時の厚さ……それはオレとの圧倒的な差であった。
「せめて、華々しく……ランスロットとしての剣を振るわねば、浮かばれない……」
刹那、深紅の剣気が空気を蹂躙する。橋が大きく揺れ、オレと麻子ちゃんの身を竦ませる。
音の無い轟音。目に見えぬ凄絶な火炎。圧倒的な剣気が切り裂くように拡がっていく。
「老い先短い老兵の、終幕に振るう剣舞――」
水平に、円卓心機であるアロンダイトが構えられる。
「――その眼に焼きつけるがいい。絶無領域、アロンダイト」
一陣の風が駆け抜けると、夜空が血に染まるように、光も無いのに深紅に染まった。
がくん、と――
「……っ! ししょー!」
「うっ……!」
オレの身体の人ならざる力が消失する。
「魔法は通じぬ。ただここには、剣があるのみ」
轟、とたった一歩ランスロット卿が踏み出すだけで、空間が軋んで揺れる。
――それでも。
麻子は円卓騎士、アーサー王として……カリバーンを正眼に構えた。
「ダメだ、麻子ちゃん……! 今、円卓騎士としての力は……!!」
おそらく、この異能の消失はアロンダイトの効果だろう……それ以外考えられない。
あの時、ガラディーンの一撃の一瞬、ランスロット卿が前に飛び出していたのは……何とかアロンダイトの効果範囲にガラディーンを絡めとろうとしていたという事か。
あの時は間に合わなかったのだろうが、今は……オレ達二人は円卓騎士としての力を失っている。
「ししょー……あたし、答えてあげたい。確かに怖いけれど……真剣な想いには真剣に答えたい」
どこまでも無垢な麻子ちゃんは、真っ直ぐにランスロット卿を見る。
……君は、どこまでもヒーローなんだな。
「ありがとう、アーサー王。伝説の中では間違い迷い続けた最優の円卓騎士、ランスロット……だが、今ここに在るランスロットは、違うぞ」
アロンダイトによって円卓心機そのものは消滅しないのか、麻子ちゃんは重そうに……けれど踏ん張りながらエクスカリバーを両手で構える。
「いざ……搦手も神の意志も、歪な邪法も通じぬこの舞台で――いざ!」
万感の思いを込め、老騎士は覇を吐く。
「この瞬間に誇りを。次代へと誉れを――いざ!」
練り上げられた剣気と共に、ランスロットは爆発するように駆け出す――!
「尋常に、んほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!?!?!?」
駆け出して、イッて、顔面からめちゃくちゃに転び……ずしゃあああああ、とオレ達の横にごろごろと転がってきた。
「……いざ、尋常に勝負あり……!」
「ししょー !? この流れで!?」
「……オレには、こうするしか……無かったんだ……くっ……」
うん、加護が無くなった時にも『あ、魔眼は問題無く使えそうだな』って思ったけど、あまりにもシリアスな空気だから黙ってたんだ。
誠にごめんなさい。魔眼は無効化能力も貫通するのだ。
「あひっ……んぉおおおんっ……!? わ、わしぃ……こんなのぉ……ひゃじめてぇ……♪」
おじいちゃんが、無残にもイキ散らかして、股間を抑えながら悶えている。オレだってこんなの見たくないよ。悲しいよ、こんなの……どうして……
「ししょー……戦いって、虚しいですね……」
「うん……シリアスであればあるほど、虚しいね……」
絶無領域アロンダイトであろうが、なんだろうが、視界内に入れば終わりだ。時間を止めようが、無効化しようが無駄だ。オレは台無しの一撃を食らわせる事ができるのである。
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