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第27話『JCと花火をする回』

 暗くなるまで、特に異常無し。

 もうすっかり日も落ちて、暗くなった庭を、オレはぼうっと見ていた。

 ……魔眼を使えば、おそらくすぐに宵闇陣営は壊滅できるはずだ。でも、あの魔凛の事だ……絶対このままじゃ終わらないはず。

 どう考えても、この戦いは魔凛にとってつまらないものになってるはずなのだ。このまますんなり終わる事ができるだろうか? 双極円卓大魔法陣が失敗した事に怒って、魔法使い達が暴れる……そんな事になったらどうしようか?

 考えてもしょうがない、答えなんて出ない。とりとめもなく、オレはそんな事に悶々としていた。

 そんな時、オレの目の前に麻子ちゃんが現れる。


「ししょー! もう夜になって……暗くなってきましたね……!?」


「お、おう!」


「じゃじゃーん! 花火!!」


「あ、買ったんだ」


「……ええと、ご、ごめんね? 変な事にお金使っちゃって」


 ケイちゃんが出てきて、おずおずとそんな事を言う、お金が絡むとこの子は途端に遠慮が加速するな。現代っ子だなぁ。


「あはは、全然いいよ。そっか、花火か。もう何年もしてないな。オレもやっていい?」


「もちろんですー!」


 そう言って、麻子ちゃんは子供の様に花火パッケージを開けるのであった。

 手持ち花火、線香花火、置き花火……色とりどりの花火がドカ盛り。


「ししょー! 見てください! ……はっ! 乱舞!!」


 麻子ちゃんは某ハンティングゲームの必殺技を繰り出す。


「うおおおお! 再現度たけー! 双剣の! 最後の一撃がモーション値たかいやつ!」


「え、何、どういう盛り上がり?」


 ケイちゃんは訳も分からず混乱する。

 オレはオレで、置き花火に着火した後……


「うりゃー! 漢飛びだー!」


 置き花火がまき散らす火花の上をぴょーんと飛びこす。小さい頃よくやって怒られたやつ!


「ぎゃー! 危ない! やめなさいよ!」


「円卓騎士だから効きませーん!」


 別に円卓騎士じゃなくても大して熱くないけど。


「あ、そ、そう……そうだけど! 見た目がヤだから!」


「ししょー! あたしもやりますとぅあーっ!」


「小学生かー!!」


 この場で一番の年下にめっちゃ怒られるオレと麻子ちゃん。


「ああもう、こいつら……円卓騎士には効かないのよね? それならっ……!」


 ロケット花火をライブの時のオタクさんみたいに両手持ちにするケイちゃん。


「くらえー!」


 ばしゅううううう! となんかすごいミサイルみたいな軌道でオレと麻子ちゃんにぶっ放す。


「マトリーっ!!」


 少々古いネタだが、オレは思いきり後ろにのけぞる事で避ける。円卓騎士だからできる凄い芸当である。


「イナバウアーっ!」


 麻子ちゃんもそれに続く、そうか、今の時代そっちの方が有名かもしれんな……!


「ぎゃはははっ……! な、なによそれっ、なにその声……! あはは、お腹痛っ……! あははははっ……!」


 こんな時に何をやってんだろう、という意見もあるだろうけれど、こういう時だからこそオレ達は全力で花火を楽しむのである。

 ……さてさて、大体花火と言うのは派手派手なものから売れていくもので。残りは地味だけど綺麗な線香花火が残るのみ。

 なんだかしみじみとした空気になって、オレ達は線香花火を始める。こういうのいいな、わざわざ日本家屋に住んでいた甲斐があったというものだ。


「……ほんと、子供よね」


 しゅうう、と線香花火が音をたて、ケイちゃんはその光に照らされる。


「ん? 何が」


「いや、アンタら二人の事」


「失礼な」


「失礼です」


 オレと麻子ちゃんの言葉が被る。


「事実でしょ、んで、なんかそれを居心地よく感じてる私が一番子供って事」


「ケイちゃん……」


「……はぁ、自分が嫌になるわ。一緒にご飯食べて、一緒にアイス買いに行って、一緒に花火で遊んだだけなのに」


 白い煙が少しだけ目に染みる。


「それだけなのに、私は……」


 ……それで、ケイちゃんが少しでも居心地の良さを感じてくれるなら、それを素直に受け入れてほしいものだけど。


「……単純で、こどもなんだなぁって」


 ケイちゃんは自分の気持ちに納得がいっていないようだった。


「今のこの時は、そんなに単純で普通の事なんかじゃないよ」


 少し格好つけて、おじさんが言わないといけないのかも。オレは緊張しながらも言葉を続ける。


「オレも麻子ちゃんも、ケイちゃんと一緒に過ごそうと思って、こうしてるんだよ。お昼ご飯の時だって、わざわざ生姜焼きを料理しなくても良かったんだ」


「……そうなの?」


 気持ちが上手く伝わるかな、とオレは麻子ちゃんを見ると、優しい微笑で麻子ちゃんは頷いてくれている。


「当たり前のように過ごす普通の日は、家族の誰かが努力して得たものなんだよ……オレだってこうして過ごせているのは、普段からちゃんと仕事してるからだしね」


 今は次の仕事までの充電期間。そんな無粋な説明は後にする。


「……ああ、説教臭くなっちゃったけれど、そうだな……」


 オレは照れ臭くなりながら、新しい線香花火に火をつけた。


「なんていうか、家族とか、友達とか、恋人とかって、多分……何も考えずにそこにあるものじゃないって思うんだ」


 ああ、お酒を飲んでおけば良かった。素面だと凄く恥ずかしいな。


「それぞれがそれぞれ、少しずつ維持しようと思って、繋いでおこうと思って、形を成すものだと思うんだ……ね、麻子ちゃん」


 花火を揺らして、オレは麻子ちゃんを見つめた。


「はい! みんなともっと仲良くなりたいなって思って、この花火を買いました」


「そうなんだ」


 ケイちゃんは驚いて、ぎゅっと線香花火を握る。


「だから、その……家族が無条件で仲良しっていうのは、オレだって無いと思う」


 今の今まで独りで暮らして、ずっと同じ職場にいる事ができないオレが、凄く偉そうに何を言うんだって思うけれど。


「思ってる事、わざわざ言っていちいち確認し合わなきゃ、多分……みんな一緒にいられないんだよ」


 世界がどれだけ便利になっても、いつでも連絡を取り合えるようになったとしても、きっと多分、人は百年後も千年後もすれ違いに悩むのだと思う。

 オレはふと、そういうのが全部無くなった遥か未来のカミサマとの会話を思い出す。今のオレの価値観でカミサマの事を理解できるはずもないだろうけど……やっぱり、それって少し歪なようにオレは思う。

 全部が全部、自分と同じ価値観で完全に溶け合えるのだとしたら、それはもう一人でいるのと同じなんじゃないかな、と。


「そーです。えへへ、あたしみたいに、もっとなつきを表現しないといけないのです! ……はい、ししょー♪」


 壮大に無駄な事を考えるオレに、麻子ちゃんはオレの線香花火の火の玉を、自分のと合体させる。ああ、コミュニケーションなんてこんな感じでいいのだ。


「よくそんな恥ずかしい事できるわね」


「そういうのがよくないんですー」


「…………はぁ、こどもね」


 そう言いながら、何も言わず、おずおずと。

 ケイちゃんの線香花火が近づき、三人一緒の巨大な花火の球ができる。


「わぁ……♪」


 儚く小さな火の玉が、少しだけ大きくなってぱちぱちと夜を照らす。

 花火はきっと、想い出にしかならないもの。けど、オレはそれが強く残る大切なもののように思えた。


「きれ――」


 ぼと。

 花火の球、めちゃ短時間で地面に落ちる。そりゃそうだ、重たいんだもの。燃えカスの灰になって、ちょっと地面が黒くなっていた。


「………………」


「………………つまり、分かり合っても無駄という事…………?」


「まぁ、話しても分かり合えない場合があるのも人生だよね」


 偉そうな事言ったけど、絶対分かりえないすげー嫌な奴というか、なるべく一緒に居ないほうが良い奴も世の中には大量にいるものだ。

 あ、思い出すとイライラしてきた! ああああ! もうあそこのクライアントの仕事は絶対しないかんな! 絶対にしないかんな!


「ししょー!? 目が血走ってる! だ、大丈夫ですよ!! 大丈夫!! なんとかなりますって!!」


「……はぁ、はぁ……ちなみに今のが最後の線香花火だ……ふふ、二度とやり直せない事もたくさんあるんだよ……!!」


「い、いやぁああああ! 良い話で終わりたかったですーーーーーーーー!!」


「なんなのこいつら」


 夜の闇に麻子ちゃんの可愛らしい声が響く。残念ながらいっつも上手くいかないのが人と人との付き合いなのだ(強引なまとめ)。

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