第26話『JCがコンビニにアイスを買いに行く回』
「あいつ、一人にしていいの?」
「ししょーの能力なら大丈夫です!」
「ノー天気ね……ま、いいけど」
「あたしが防御に徹すれば、ちょっとぐらいな時間を稼げますし……ケイちゃんならぱぱっと逃げて、ししょーの元に行けますよね?」
「くっ……そうだけど、なんか私だけ蚊帳の外じゃないかしらね……」
麻子とケイは一貴の家の近くのコンビニにアイスを買いに出ていた。初夏の今、少しだけ暑い道を女の子二人が歩いている。
「……ね、聞きたい事があるんだけどさ」
「なんですー?」
「なんであいつに……その、デレッデレな訳?」
ケイは軽くではあるが、麻子から麻子と一貴のこれまでの事を聞いていた。つい先日仲良くなったのに、ずっと一緒にいるかのような二人の仲をケイは疑問に思っていた。
「ししょーは、とっても強いというのが、まず第一にあります! そして……ししょーはあたしに対して、ダメだよ、とか言わないんです」
「……んん?」
「んー、言葉にするのは照れ臭いですが、ししょーはあたしの意見とか、あたしがこうしたいって事に対して、何にも言わずに見守ってくれるんですよ」
しゅたっ、と麻子はケイの前に出て、後ろ歩きをしながらケイと話す。
「ししょー、あたしが戦ってるの、やめろなんて一度も言わなかったです」
「そりゃ……戦わなきゃいけないからじゃないの?」
「んー、前にししょーと話した時、あたしが悪者の願いを叶えさせちゃダメだから戦ってます! って言ったら『オレは麻子ちゃんを助けたい……ベイビーちゃん』って言われました」
「ぇ、それマジ? 盛ってない?」
「盛ってないです、多分! 心配してくれてるのは分かりますけど、やめよーとは一度も言われなかったです」
「……だから、なついてんの?」
「んー、それだけじゃないですけど。強くて、あたしの事を認めてくれて、あたしの事を否定しないのって、あたしにとって凄く心地良いんです」
それに……と。後ろ歩きをしながら麻子はちょっとトーンを落とす。ケイはそれを察して、麻子の言葉を聞き洩らさないように待つ。
「どうしても、育った国とか、パパとママに影響されちゃって……あたし、空気読めないってよく言われちゃうんです、たはは」
「その、自分の両親の事をパパとママって呼ぶのも……そうかもね」
馬鹿にするわけでもなく、真剣にケイはそう指摘した。
「あたしにとってパパとママはパパとママだから……それが子供っぽいって、ぶりっ子みたいって言われて、なんでだろーって思っちゃうんです」
ケイは大きなため息をつく。ああ、そうか。ノー天気な子で、根本的にそういう事を気にしないキャラなのかと思っていたけれど……どうやら違うみたいだ、と。
ケイはそんな自分の軽薄さに、少し自己嫌悪する……悩みの無い人など、いないのに。
「……あたしは無邪気に夢を語ったり、自分のしたい事を口に出したりするんです。だってそういうのって言っているうちに本当になったりするじゃないですか」
「うっ……そ、そうね……ははっ……」
ケイはその前向き過ぎる言葉にたじろぐ。その感じは現代日本ではなかなかしんどい感じかもしれない。出る杭は打たれ、人と変わった事をすれば笑われるこの国では、麻子の振る舞いは疎ましく感じる人のほうが多いのかもしれない。
「……そーいう感じの言動に加えて、アンタ謙遜っていう概念が良く分かってないわよね?」
「失敬な! 大体分かります! 納得は出来てないですが!」
「でしょうね! アンタ絶対褒められた時に『ありがとうございますー!』ってペカーってするタイプでしょ!」
「当たり前です! 褒められると嬉しいですから!」
「あー! そういうとこー! 絶対イジメられる奴!」
残念ながら、この国ではヘンに前向きな発言をすると『意識が高い』とイジられ、自信満々に振舞うと『調子に乗ってる』と叩かれるのだ。
その事が十四歳ながらも、いや、日本人の十四歳だからこそ……ケイは心底その空気と言うものがよく分っていた。
なので、そーいう奴が学校とかいうコミュニティでどんな感じの扱いになるのか、ケイはすぐに予想がついてしまう。
「イジメ、っていうのは別にされなかったです。友達はみんなやさしい子ですからね! ……でも、どこか余所余所しさっていうか、距離感みたいなのは、ひしひしと」
「あー、わかる。うん、こーいう事にならなかったら、私はアンタとこうして話してない」
その言葉に、ちょっと寂しそうにしながら、麻子は前を向いて歩き始めた。
「……自分が大人しくしていれば、謙遜すれば……友達と上手くいくのは分かってます。けれど、それは息苦しい事だなぁとおもってしまいますです」
「アンタもアンタで面倒ね。大人しくしていればいいのに」
「……はい、そう思います。ずっと思ってました」
みんなそれぞれ『納得できないけれど、感情が追いつかないけれど、飲み込まなきゃいけない事』っていうのがあって。
それを飲み込めば、毎日が楽になるし悩むことが減る……それでいいはずなのに。
けれどどうしてかそれを飲み込めず、やりきれない想いを重ねながら、毎日を生きる人がたまにいる。それが、麻子・ブルストロードなのだろう。
「でも、そんな時……双極円卓大魔法陣に巻き込まれちゃって、あたし、一番強いアーサー王になっちゃったんです!」
「……それで、世界を救うヒーローになれるかもって思った?」
「そうかもしれません! あたし、最初だけ少し怖かったけど、誰かの為に何かを頑張れるのなら、大丈夫だって思いました!」
さあ、と風が吹いて、雲に隠れていた太陽から日が差す。
「そして、戦っていたら……アタシの事を絶対茶化さないししょーと出会ったんです! あっという間にししょーになついちゃいました!」
「自分で言うなよ」
そう突っ込むと、そうですね! とぺかぺかしながら朗らかに麻子は笑った。
「アンタの事……ただのアホの子だと思ってた」
「い、一応あたしのほうが年上なんですけどー!!」
「……でも、撤回するわ、アンタも一応大変なのね」
「えへへ……わかってくれました? ありがとうございます」
ケイは恥ずかしそうに鼻をかいた。
「ああでも『アンタ』っていうのは、なんか偉そうで嫌ですね……」
「……じゃ、何て呼べばいいのよ」
「もちろん! 麻子でオッケーです!」
「ええ、呼び捨ての方が偉そうじゃない? どういう理屈?」
「パパとママはあたしのこと、そう呼びますよ?」
「…………重いのよ、アンタ」
家族と同じぐらいの想いの質量を求められても、とケイは躊躇う。
「アンタじゃなくて!」
「……ああもう、こういうのって、すぐに呼べるものじゃないでしょ!」
「あー! 逃げたー!」
「逃げるんじゃないわよ! 知らないわよ! ばーか!」
初夏、少しだけ暑い夏の道。女子中学生二人はコンビニへと駆けていった。
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