第23話『ありきたりな慟哭』
「……あ、ごめんね? 話長くなっちゃって。ボク的にはもうリセットしたくなってはいるんだけど……でもまぁ、終わりよければ全てよしって言うじゃない?」
今度はにやにやと半笑いを浮かべながら魔凛は言葉を続ける。
「大体のエンタメって、最後が良ければ許されるんだよね。一番許されないのは序盤がクソな事で、次に許されないのがクライマックスがクソな事。中弛みに関しては……ボクは罪が軽いって思ってるタイプ」
「テメェは話がなげぇんだよ」
「あはは……そう。ツカミと中弛みがアウトだとしても、ボク的にはスタッフロールの直前に面白いって思わせればギリギリセーフなんだよね、だからさ……あんまりゲームマスターがテコ入れするのは良くないって分かっているんだけど、ちょっと盛り上げる為にゲームマスターから色々情報共有しようかなって」
「……気に食わねぇが、まぁ、貰えるもんなら貰いてぇところだな」
ベイリン卿の言葉に、黙って聞いていたガヴェイン卿も口を開く。
「正直、物語の都合なんてどうでもいいです。この戦いに勝利する事、私の願いが叶えられる事、それが成就するのなら私は何だって構いません……貴方の掌の上で踊る事になったとしても、私は……」
ベイリン卿もそのガヴェイン卿の言葉に頷く。そんな二人に、魔凛は薄い笑いを浮かべた。
「アーサー王伝説の中に紛れ込んだ、謎のイレギュラーであるトリスタン卿の魔法……それを打ち消す為のキーは、ランスロットが持っているよ」
「……はぁ? あいつはもう死んだだろうがよ」
「いやー、生きてるんだな、それが」
その軽薄な様子に、ベイリン卿はげっそりとした表情を浮かべた。
「もうどうにでもしてくれよ」
「……やはり、生きていましたか」
「あれ、あんまり驚かないね?」
「……ランス・アレクサンダー。こちらの世界でも相当に有名な方ですから」
「あー、たしか……あのイケメンジジイだけで物語が何本も作れるみたいな話だっけ」
「冗談のような逸話ばかりですが、過去に何度も世界を救った勇者……そのように聞いています」
「ふーん、それは面白そうかもね……あ、話が逸れちゃった。んでね、ランスロット卿が持っている円卓心機なんだけれど……『絶無領域アロンダイト』って言うんだ」
魔凛は話を続ける。『絶無領域アロンダイト』は、一定の領域の魔法や円卓心機の効果を無効化する、双極円卓大魔法陣におけるジョーカー的存在なのだ、と。
「ふふ、それでね? キミ達に残された勝ち筋は……そうだな、アロンダイトをベイリンが簒奪し、それでトリスタン卿の謎の魔法を打ち破る事なんじゃないかな?」
「……なるほどな」
ベイリンの『簒奪』能力。それは円卓心機ではなく、円卓因子に結びついたベイリン固有の能力である。
円卓騎士の中でベイリンのみ『円卓心機二つの所持を許されている』……そんな強力な『簒奪』の能力の代わりに、ベイリンが最初から持つ『量産無銘バーバリアンアクス』は、戦闘における有用な能力を持たないものであった。
ただ、『量産無銘バーバリアンアクス』は十本で一つの円卓心機であり、十本全てが失われない限り、双極円卓大魔法陣で敗退しない。そのような特性を有していた。
あの夜魔眼からすぐに回復し、円卓心機を砕かれても立っていたベイリン卿。それらはすべて、ベイリン卿が持つ泥臭い特殊な固有能力によるものだったのである。
「アーサー王伝説の結末を雑に言うと、アーサー王がランスロットに裏切られて、仲直りする前にモードレッドに裏切られ……モードレッドと相打ちになって終わる話なんだよね」
まるで今期のアニメの原作の話をするように軽薄に魔凛は語る。
「ベイリンがランスロットの剣とモードレッドの剣を持ち、それを使ってアーサー王を討ち取るのなら……ま、アレンジし過ぎで原作厨からは叩かれそうだけれど、新約アーサー王伝説としてギリギリエモいから成立かなって思うんだ」
「その筋書きであれば、双極円卓大魔法陣が成立する、魔凛はそう言っているんですね?」
「そうそう……ふふふ、どう? ゲームマスターからの提案としてはこんな感じなんだけど……乗るかい?」
「……それ以外のシナリオの用意はありますか?」
「えーっと……うん、無いね。なんだよう、こうなってしまったのは全部プレイヤーが悪いよプレイヤーが」
「ンだよ。結局お前の掌の上って事じゃねぇか」
ベイリン卿はつまらなさそうな表情を浮かべ頭をがしがしと掻いた。
「――――クソつまんねぇな」
何故か普段の彼女からすると非常に珍しい……低く冷たい声色で、そう呟く。
声は冷たく恐ろしいものだというのに、どうしてか、彼女は獰猛な笑みを浮かべていた。
「選択肢は無い――ベイリン卿、頼みます」
ガヴェイン卿はそうベイリンに告げ、ベイリン卿の近くに寄る。
「しょうがねぇな……それじゃ……ランスロット討伐といきますか」
がちゃり、とベイリン卿はバーバリアンアクスを前に突き出した。
「……? どうかしたのですか?」
「ウチの家系に伝わる古臭い儀式でな。重要な戦の時に得物を重ね合わせるんだ」
「……ふむ。願掛けに意味があるとは思えませんが、まぁ、良いでしょう。そこで見ているゲームマスターの機嫌を取る為にも」
「あはは」
そう言って、ガヴェイン卿はガラディーンを出現させ、バーバリアンアクスの上に乗せる。
「なぁ、ガヴェイン」
「なんですか、ベイリン」
「今まで――ありがとな?」
刹那、ベイリン卿はバーバリアンアクスを跳ね上げ、ガラディーンをガヴェイン卿の手から弾き飛ばす。
「なっ――」
そして空いた手でベイリン卿はガラディーンを掴み取る。
「こいつはもういらねぇな……っと!」
最後に……ベイリン卿はバーバリアンアクスをガヴェインに投擲した。
轟音が鳴り響き、ガラディーンを失ったガヴェイン卿はバーバリアンアクスの直撃を受け、部屋の中を無残に転がった。
「月光烈滅ガラディーンをガヴェイン卿より簒奪。ベイリン卿から量産無銘バーバリアンアクスを破棄」
ベイリン卿はそう告げて、転がったガヴェイン卿を無視して魔凛に告げる。
「月光烈滅ガラディーン、精霊加護クラレント……俺はこの二つを選ぶぜ」
「あはっ……あはははははっ………はははははははははははははははは!!」
一連の裏切りを見て、魔凛は狂笑した。
「なにそれ、なにそれなにそれなにそれ!! あはははっ……! ドマイナーな円卓騎士ベイリンが! 誰もが知る円卓騎士のガヴェインの事を裏切っちゃうの!? ウケる! 面白い!」
「うるせぇよ、お前が用意した円卓因子だろうが」
「あはは、いやぁ、ベイリンを選んでよかったなぁ。二刀流のバーサーカーとかさぁ、ビジュアル的にすげー映えたから、ちょっとマイナーでも円卓騎士に選んだんだよね、あははははっ……!」
そんな狂笑する魔凛と、不敵に笑うベイリン卿を……円卓騎士ではなくなったガヴェイン卿――いや、久坂部院聖義は呆然と見つめている。
「なん、で……? わ、私を裏切る理由なんて……無いはず……どうして……?」
「いや、元から俺って人の下につくの苦手なんだわ」
「……理由になっていない……! 願いを叶えるのは、勝者全てなのだから……二人で協力すれば……いいでしょう……!?」
「……あー、まぁ本当にその通りなんだけどよ。理屈的にはそうなんだけどよ……感情的には最初から俺は一人でやりたかったんだ、そんだけ」
「そうそう、原作のベイリンも割とそんな感じでパッションタイプなんだよね。まぁ原作では呪いの剣とか色々あったんだけれど」
「悪いなガヴェイン、このまま負けてくれや……じゃあな」
ベイリンはガラディーンを振るい、紙を引き千切るように建物の壁を吹き飛ばす。新たな力を得たベイリンは夜の闇に飛翔し、建物を去る。
「いやー、マジで最高! 大番狂わせ! 特に理由も理屈も通ってないエモエモ展開! 叩かれそうだけどこういうの好きなんだよね、ボクも♪」
魔凛もそう言いながら音も無く影となって夜の闇に消えていく。
「ガヴェインちゃん、ごめんね? キミは真面目に双極円卓大魔法陣を頑張ったタイプなんだけど……こっちのほうが面白そうだから、ここで負けって事で。バイバイ~♪」
軽薄にそれだけを伝え、どのような原理なのか全く分からないが……魔凛はその場から消える。
「あ……え……嘘、だろう……?」
ガヴェイン卿――久坂部院聖義は一人残される。既にその身に円卓騎士の加護は無く、ただ一人の女性がそこに呆然とへたり込んでいた。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……!」
彼女は彼女なりの正義があり、叶えたい希求があった。少しでも世界が良くなるように、か弱い女性の為に、正しい世界の為に、願いを叶える目的があった。
ただ、それはあまりにもありきたりな筋書きだから。特に面白みのない物語がその先に続くのであれば、神様はそれを好まない。
「あ……ぅ……ぁ……ぁああっ……ああああ――」
最後に、彼女は夜の闇に向かって慟哭する。
それはそれで……何かの物語で観た事のある、裏切られた者のありきたりな慟哭だった。
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