第22話『暗夜、暗躍』
久坂部院聖義――ガヴェイン卿が双極円卓大魔法陣で勝利を果たす為、ガヴェイン卿に協力しようとする魔法使いは多い。
その中の高名な魔法使いが提供した、魔法的にも物理的にも守備が堅牢な建物の中。ガヴェイン卿とベイリン卿は向かい合い、睨み合っていた。
表向きはただの雑居ビル。けれど、様々な魔法陣が重ねて描かれており、並みの魔法使いでは近づく事もできないだろう。
双極円卓大魔法陣も終盤を迎え、より盤石な状態で行動できるよう、ガヴェイン卿は色々手配したのだが、状況は非常に悪い。ガヴェイン卿の表情は苦々しかった。
「……余計な事をしてくれましたね、ベイリン卿」
「はっ、どうせ時間の問題だろ。消えたのは雑魚二人……遅かれ早かれ敗退してたさ」
「モードレッド卿、ケイ卿はともかく……ガレス卿が消えたのは大きな痛手でしょう。時空掌握マルミアドワーズ……円卓心機の中では、カリバーンとガラディーンに匹敵する性能ですよ……?」
ベイリン卿は舌打ちする。
「貴方の数だけが取り柄の円卓心機とは違うのです」
「あァ?」
ベイリン卿はガヴェイン卿の言葉に唸るような声で答えた。
「まぁ、今回はトカゲの尻尾切りで上手く逃げられたようですが……」
「口に気をつけろよ……ここで潰し合うか? ああ?」
ガヴェイン卿は目の前の動物的な円卓騎士に対して、深いため息をつく。同じレベルで会話ができないという事実に、中々に彼女はストレスを感じている。
「やめましょう……でも、どうしてガレス卿がやられてしまったのでしょう。彼女の持つ円卓心機は時空を操る、そう聞いていましたが」
「ふん、ホラ吹いてたんじゃねぇの? 胡散臭いだろ、時を止められるとか」
ガヴェイン卿はベイリン卿の言葉に、何も言えなくなる。
「それよりも、警戒しなきゃいけねぇのは……トリスタンの野郎だ」
ベイリン卿は既に、トリスタン卿から受けた全ての事をガヴェイン卿に報告していた。
「性的絶頂……意味が分かりませんが、厄介ですね」
「ちっ……剣だの魔法だの、何もかも無視して……上からあの感覚に潰されちまうんだ」
「話を聞く限り、その能力には何らかの射程がある……そう考えられるでしょう」
「普通に目くらましで無効化できたんだから、視界に関係するんだろう」
「ふむ、私がガラディーンが振るった時に、トリスタン卿はいたはず。あの時、私は確かにトリスタン卿の近くにいたはずですが」
「発動には条件が必要、そう考えるのが妥当だろうな。それにこれだけの効果があるんだ。何かしらの代償があるはずだ」
二人は思考を重ねるが、推理するにも情報が少な過ぎる。すぐに行き詰まり黙り込む。
沈黙がしばらく続いたかと思うと――
「やー、調子はどうだい?」
そんな二人の前に、気の抜けた声と共に、一人の魔法使いが現れた。
「………………っ、この建物には、何重にも防衛の魔法陣が刻まれているはずですが」
「ああ、そうなの? ごめんごめん」
「お前マジふざけんなよ――創成」
ガヴェイン卿とベイリン卿は一息に円卓心機を起動し、すぐに魔凛を切り伏せられるように構えていた。
「まぁまぁそう硬くなんないでよ、あ、ここ座っていい?」
……が、魔凛はそんな事はどうでもいい、そう言わんばかりに呑気な口調でそう言った。
「やぁやぁ、大変だねキミ達。もうこっちの陣営は二人になっちゃったもんねぇ」
「……何か用ですか?」
ガラディーンを向けたまま、ガヴェイン卿はソファに勝手に座った魔凛に言う。
「双極円卓大魔法陣っていうのは、アーサー王伝説の再現なんだ」
「……なに勝手に話し始めてやがる」
「だから、今ベイリンが持っている……『モードレッドの円卓心機』がアーサー王に対する特攻を持っているのも、アーサー王伝説から着想を得ているんだ」
魔凛は二人に話しかけているというよりも、台本を読むように、物語を強引に進めるように……一人で芝居を続ける。
「まぁ、大幅にボクのアレンジが入っているものがあるから、例外ばかりだけれどね。ガラディーンがいい例だ。日本でアーサー王物語を演るんだから。日本刀のほうがウケそうな感じがするだろう? ……でもまぁ、基本は抑えているつもりなんだ」
「……だから、何を言いたいのでしょう」
ガヴェインは諦めるように、警戒しながらも話の続きを促す。
「ああ、要するにね……双極円卓大魔法陣っていうのは『神に捧げる一つの悲劇』……つまり、ちゃんとシナリオ的に面白くあることが大前提なんだ」
少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべながら、魔凛は一人芝居を続ける。
「『アーサー王伝説という悲劇』がきちんと、原作であるアーサー王伝説の要素を拾いつつ完成していなければならないんだよ」
不機嫌そうな表情を浮かべたかと思うと、今度はにっと不気味な笑みを浮かべる魔凛。
「最近よくある話なんだけどさ。人気のある古い作品をリメイクして、とりあえず叩かれないように原作のエピソードをカットせずに詰め込んで、ただのダイジェストみたいになっちゃうやつあるじゃん? あれ、ボクすっごい嫌いなんだよね」
「……すみません、私もベイリン卿も、そういった文化に疎くて」
「うわ、つまんな……まぁ、ボクの好みなんだけどさ。アニメ化とか言ってただひたすら原作通りに作って何が面白いのって思っちゃうタイプなんだよね。だから、ついつい今回も調子に乗ってアニオリ要素マシマシにしちゃった訳なんだけれども……」
はー、と表情をくるくると変えながら、魔凛は大きくため息。
「流石にちょっと、この双極円卓大魔法陣のゲームマスターで、演劇の監督でもあるボクでも、現状の状況はヤな感じなんだよねぇ」
「……全部、テメェの掌の上だと思ってたけどな」
「そうじゃないんだよなぁ、これが……今の所、何故かボクもよく分らないんだけれど、この双極円卓大魔法陣は……とてもつまらない喜劇になりつつあるんだ」
そこまで話して、はじめて魔凛はその場にいる二人と目を合わせる。
「このままじゃ、勝っても負けても……神様の機嫌が取れなくて『願いを叶える』っていうのが無理そうなんだ」
「ふざけるなよ!?」
その一言を聞いて、ベイリン卿は激昂。
「それはこっちの台詞だよ。双極円卓大魔法陣っていうのは、あくまでも一つの魔法陣でしかない。わざわざ円卓因子をばらまいて、多くの人を使って、アーサー王伝説を再現して、物語を導いて……そうやって魔法陣を描いていくんだ」
「……つまり、現状ではその魔法陣が歪である、と」
「そうなんだ。神様の機嫌をとって、初めて『願いを叶える』っていう対価を得られるんだ。それがなんていうか、今回の双極円卓大魔法陣ってバタバタ円卓騎士が減っちゃうしさぁ……」
「お前のせいじゃねぇのか……?」
「まぁ、色々変に介入したのは認めるけどさ……でも、監督のボクから見ても、始まってから今まで、バトルっていうバトルが発生してないのは、おかしいなぁって感じなんだ」
「トリスタンの野郎の魔法については、テメェも知らないのか……?」
「あーあれね、マジで迷惑してるんだよね、なにあれ?」
「マジかよ……」
ベイリン卿は頭を抱え、うなだれる。
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