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第17話『裏切りの一撃』

「ししょー、これからどうしますか?」


「そこなんだよな」


 オレの魔眼の特性上、相手との戦力差を考慮する必要性は無い。見つけ次第激イキさせればそれで終わり。注意しなければならないのは不意打ちのみである。

 ほぼほぼ無敵の盾である麻子ちゃんとオレが離れずにいれば、この戦いには勝てそうなものだけれど、相手がどこにいるのか分からなければどうしようもない。


「麻子ちゃん、まだ全快じゃないんだよね? 今はモードレッド卿に任せて、回復に専念しよう。オレが見張ってるから、眠っちゃいな」


「……でも、それじゃししょーが」


「あ、オレは徹夜とか慣れてるから」


 ……といっても、あんな事があった後で、オレも相当に疲れていた。現在時刻は午後二時。昨日は昼過ぎに起きたから……あれから二十四時間起きている事になる。


「……何か、食べないといけないかな」


「あ、はい……あたしも、お腹ペコペコです……」


 恥ずかしそうに麻子ちゃんがそう言うので、オレ達は食事をとる事にした。


「……すぅ……すぅ……」


「ししょー、限界だったんですね」


 一貴は食事後に座っていたが、三〇分程で眠りについてしまう。


「あたしの事、ずっと見ていてくれたんですね……」


 極度の緊張状態での戦闘、睡眠不足。一貴は食事をきっかけにして、緊張の糸が切れてしまった。


「今度はあたしがお守りします、ふんす」


 麻子は気合を入れ、一貴を見つめる。そこには、どこにでもいるただの三〇歳独身男性の寝姿があった。


「……激イキ」


 麻子はやはりそこが気になっていた。抽象的な概念だ。自身に経験が無い為、いったいどんな効果なのか全く分からない。

 そういった性的な知識は、多くの場合、友人から又聞きする事が多いが、麻子の友人にはそういったタイプはおらず麻子は戸惑っていた。


「ううん……どんな感覚なんだろう……」


 ベディビエール卿に一貴が誤射した時、ベディビエール卿は甘い声を出していた……概念はよく分らないが、気持ちよさそうだったように麻子は思う。

 ……そんなにふわふわした概念で本当に戦闘不能になるだろうか?


「ししょー、あたしは分かんないです……」


 頬が熱くなるのを感じながら、麻子は一貴を見つめていた。


 しばらくの時間が経過して……


「……ん?」


 ふと、麻子は気配を感じて日本家屋の軒先を見る。


「モードレッドさん」


「……静かに」


 そこにはモードレッド卿が音も無く佇んでいた。


「ししょーから聞きました、モードレッドさん、あたし達の為に、色々調べてくれているみたいで……」


「近くに来て。トリスタン卿を起こすと悪いわ」


 トリスタン卿? と一瞬麻子は戸惑う。すぐに一貴の事だ、と気づいた。


「お疲れ様ですー」


 麻子はとてとてとモードレッド卿の近くに行く。


「宵闇陣営の魔力の残滓を見つけた。もう少しで敵の拠点を見つけられそう。場所は大体絞り込めたから、索敵に協力してくれる?」


「わ、分かりました!」


 麻子は難しい言葉ばかりだったが、なんとかモードレッド卿の言葉を理解する。


「ししょーを起こさないと」


「起こさなくていい。敵の位置的に、ここに来る事はまずありえない……それよりも敵の拠点を割り出す方が先決」


「でも……」


 麻子は先程聞いた魔眼の真価を聞いた限り、同行したほうが良いと考えるが――


「早く! 一刻を争うから!」


「……分かりました!」


 敵の拠点の場所さえ分かれば、遠くから一貴が見るだけで殲滅できる。それが一番誰も傷つかず……敵すらも傷つかずに済む方法かもしれない。

 麻子はそう考え、家から飛び出すモードレッド卿の後に続いた。


 日が沈む頃、麻子とモードレッド卿は大きな河川敷に到着する。


「……いつもの事ですけれど、人がいませんね」


「人払いは済んでいるの、魔法でね……ほら、貴方だって『なんとなくここには近づきたくないな』って場所ぐらいあるでしょう? 私の魔法はその感情を大きく増幅させる事ができるの」


「ほえー……魔法って便利ですね」


 麻子の言葉に、モードレッド卿は少しだけ笑う。


「アーサー王は、とても素直ね」


「そうですか? 周りがいい人ばかりですから、そうなるのかもしれません」


「ああ、うん、いいと思うわ」


「どうかしたのですか?」


「先に謝っておくわ――ごめんね」


 麻子は全く持ってモードレッド卿の言葉の意図が分からず……


 音速を超えて飛来する巨大な斧が視界に入った瞬間、ようやく現状を知る事になる。


 着弾した斧は地面を大きく抉り、粉塵が舞う。切磋に不意打ちをカリバーンで防いだ麻子は大きく後方に距離を取る。


「へえ、防ぐかよ。完全に気配を殺してたのに」


 斧を放った女は狂笑を浮かべ、鋼鉄のグリーブを煩く鳴らしながら闇の向こうから現れる。


「……ししょーに何かあったら守ろうって、頭の中で何度も考えましたから」


「こうでなくっちゃな。ははは」


「あなた、誰ですか?」


 冷静にカリバーンを正眼に構え、麻子は凛と敵に対峙する。


「宵闇陣営のベイリンだ。そっちも名乗れよ」


 女はそう名乗り、挑発するように麻子に言葉を投げた。


「麻子・ブルストロード……アーサー王です」


「いいねえ。それっぽくなってきやがった」


 耳障りな金属音を鳴らして、ベイリン卿は両手に巨大な斧を構えた。


「モードレッドさん、これは……」


「……そんな目で見ないでよ。アーサー王伝説通りじゃない。基本的にアレって身内の殺し合いでしょ?」


 モードレッド卿はロングスカートを翻しながら、ベイリン卿の隣に移動する。


「モードレッドさん……」


「私だって嫌よ。でも私に配られた手札で勝負するのなら、こうするしかなかった」


 苦々しい表情でモードレッド卿がそう言うと……小柄な女の子が笑いながら歩いてくる。


「はい勝ち~♪ そっちの負け~」


 麻子は自分よりも小柄な女の子を見て、眉を顰める。


「ああ、分かる? 覚えなくていいけど……私も円卓騎士。ケイって言うの」


 麻子は、あのガラディーンの一撃の前にこちらを挑発してきた生意気そうな女の子の存在をようやく思い出す。


「残念だけど、モードレッドお姉ちゃんはうちらのチームに寝返ったんです~♪」


 ケイ卿はアニメキャラクターのようなわざとらしい声色で、麻子を挑発する。


「そんな……そんな事が……」


 麻子が聞いた情報には、陣営を裏切るメリットも、裏切る方法も無かった。


「できるの~♪ ま、方法は教えてあげないけどね♪」


 ケイ卿はあはははは、と軽薄に笑い、呆然とする麻子を嘲笑う。


「あの港にガヴェインお姉ちゃんが都合よく表れたのは、モードレッドお姉ちゃんからの情報のおかげで~す♪ ね、モードレッドお姉ちゃん」


「……そうね。悪いけど」


 モードレッド卿は複雑な表情を浮かべ、麻子にをそう告げる。モードレッド卿自身は楽しんでいる訳でも割り切っている訳でも無く、ただただ不機嫌そうにしていた。


「しょうがないじゃない」


 言い訳をして、モードレッド卿は髪を弄った。


「アンタがクソ雑魚ロリコンおじさんとイチャイチャしてるうちにぃ、私が全部手を回して、このゲーム終わり~」


 上機嫌そうに、何もかもを台無しにするように……ケイ卿は種明かし。


「はい勝ち~♪ アンタは誰にも知られずに~、おっさんの知らないところで私らにボコボコにされて終わりで~す」


「どうしてそんな、酷い事言うんですか」


 麻子は生まれて初めて……あまりにも悪意に塗れた言葉をぶつけられて、怒りよりも先に悲しみの感情を覚えていた。

 目の前の女の子は、明らかに相手を傷つける為の言葉を考えて選び、煽ってきている。そんな存在と対峙する経験など、麻子には今まで無かった。


「……ひどいです、すごくすごく、怒っています……!!」


「知らねーよ、ばーか」


 麻子が単純に怒りを伝えると、ケイ卿はくだらなさそうに、麻子にそう短く伝えた。


「おい、もういいだろ? はやくやらせろよ……アーサーって一番強いんだよな? なら少しは楽しませてくれるよな?」


 ベイリン卿は巨大な両手の斧を地面に擦りながら、麻子に近づいていく。モードレッド卿はその様子を見て、ただ顔を俯かせるのみ。


「ごめんね、アーサー王。私は……モードレッド卿は、アーサー王と一緒にはいられないから」


 状況に流されるだけの愚かなモードレッド卿は、ただ地面を見ていた。


「……ししょー、あたし……何とか切り抜けてみせます」


 麻子はカリバーンを構え集中する。敵は三人、モードレッド卿の円卓心機の回復能力を考えると、どう考えても勝ちの目は無い。

 何とか隙をついてこの状況を脱し、一貴に合流。魔眼で一掃するしか方法は無い。

 先程、斧が着弾し、粉塵が舞った瞬間……麻子は一貴のスマホにスタンプだけを送る事が出来た。SOSを伝える事は出来ていないだろうけど、少なくとも眠りから覚めている事を祈る。


「守られているだけのヒロインになるつもりは……ありません」


「何か言ったか? さあ、やろうぜ」


 重苦しい金属音を鳴らして、ベイリン卿は獣のように麻子に突貫した。

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