第15話『敗北の夜に骸の上で誓う』
ガラディーンの一撃は、発動場所から放射状に広がり、全てを焼き尽くした。コンテナは蒸発し、周囲数百メートルにおいて地面に亀裂が走り、超高熱に熱せられた鉄が赤々と破壊の爪痕として煌めいていた。
そして粉塵の中、オレは……生きていた。
「麻子ちゃんっ!」
「……はぁ、はぁ……ししょー……ケガはありませんか……?」
オレとガヴェイン卿の間に割って入るような位置で麻子ちゃんは膝をついていた。手に持った円卓心機エクスカリバーは明滅し、今にも消えてしまいそう。
「……あたしの、エクスカリバーは……はぁ、はぁ……あたしの強化と、あたしの怪我を回復させる能力です……んん……と、とりあえず、全力で使ってみました……」
ガラディーンと唯一互角の性能を誇るエクスカリバーだから為せた荒業。ただ、ガラディーンの時刻による補正は凄まじく……麻子ちゃんは満身創痍。
目立った外傷や血が流れている様子は無さそうだが……それよりも根幹の『存在感』が消え去りそうになっている。人が人足り得る為の目に見えない何かが、底を尽きかけていた。
「……う……う……」
さらに見渡すと、ベディヴィエール卿がいた。
「ベディヴィエール卿!」
オレはペタンと座り込むベディヴィエール卿に話しかける。
「ゴルちゃん……」
幸いにも、少し外傷はあるものの、ベディヴィエール卿も生きていた。
「ゴルちゃん……盾になってくれたみたい」
ゴルゴランの残滓が空中に溶けていく。
何も無い空間から主に別れを告げるように……小さくか細い鳴き声が響いた。
「……ごめん、円卓心機が砕けたみたい」
「そんな……」
全てを蹂躙し尽くした破壊による粉塵が、少しだけ晴れていく。
視界の先には、ズタボロにひび割れた漆黒の甲冑を着た円卓騎士が……小さく丸まって倒れ伏していた。
甲冑の円卓騎士は、何一つ言葉を発する事が出来ずにいる。
「…………ガラハッド卿…………」
漆黒の甲冑が軋み、バラバラと崩れ落ち光となって消えていく。……ただ、ローブを着た男性が横たわるのみ。
「ガラハッド、卿……」
男性は、息はあるようだったが……円卓騎士としての存在感はもう……ベディヴィエール卿と同様に無い。
「あんた達、大丈夫!?」
遠くからモードレッド卿が駆けてくる。
「モードレッド卿! ベディヴィエール卿とガラハッド卿が……! 回復を!」
「…………! いや、もう……彼らは円卓騎士じゃ……ない……」
「くっ……!」
既に円卓騎士を癒す能力は通じないようだ。それはつまり、双極円卓大魔法陣からの脱落を意味していた。
「はぁ……はぁ……はぁ……あの……モードレッドさんは……大丈夫ですか……?」
麻子ちゃんは自身の危機にも関わらず、まずモードレッド卿を心配する。
「私は……避けるだけなら、得意なのよ……」
モードレッド卿は戦意を喪失したかのように、ぼうっとそう答える。
「時間はかかるかもしれないけれど、とりあえずアーサー王を……」
モードレッド卿は麻子ちゃんに対して円卓騎士を起動する。暖かな光が麻子ちゃんを包むが、すぐに回復という訳でも無さそうだ。
「ランスロット卿は……?」
「……どこ探しても、いないわ」
「そんな……」
まさか跡形も無く……? そういえば、ランスロット卿はガラディーンの発動を抑えようとしたのか、発動の瞬間前に駆けていたような……?
「嘘、だろ……」
「……終わり、ね」
アーサー王――戦闘不能。
ランスロット卿――消滅。
ベディヴィエール卿――円卓心機消滅、敗退。
ガラハッド卿――円卓心機消滅、敗退。
残されたトリスタン卿とモードレッド卿の負傷は少なく、戦闘続行可能ではあるが……
「あははははははは! ズッタボロじゃぁん! え? え? もうこれで終わりなんじゃないの、このゲーム!」
粉塵が舞う劣悪な視界の中、チートを発動しようと周囲を見渡すが……いない。
「……ふむ、三人しか消し飛ばせませんでしたか。流石にアーサー王を一撃で、とはいかないようですね」
「ねぇ、もう一発撃って、一気に終わらせた方がいいんじゃない?」
「いえ、ここは退きましょう……情報によると、特殊条件下で特別な効果を持つ円卓心機もあるそうです」
モードレッド卿はその言葉を聞いて、舌打ちする。
「あ、そうなの? あー……よくアニメでもよくあるもんね……ピンチからの大逆転。そういう理不尽なの、私きら~い」
そう言って、生意気そうな女の子の声が、ひときわ高くなり、オレ達を嘲笑った。
「じゃーね♪ 負け負けおじさん♪ ここから勝つなんて絶対あり得ないから……降参するならいつでも言ってね♪」
大きな音が鳴る。次の瞬間、煙を切り裂く黒い影をとらえたが……すぐに視界外に消えてしまう。チートは発動できなかった。
六人いた円卓騎士は、たった一撃で半壊した。そこに戦闘という概念は無く、ただただ一方的な蹂躙が行われたのみ。
赤熱した鉄が冷め、破壊による突発的な轟音が鳴りやんで……静寂が訪れる。
「なんだ……ふざ、けるなよっ……!」
オレは最悪のタイミングで鳴り響いたスマホを取り出す。
…………なんて事の無い、魔凛からの連絡である。円卓心機についての解説がメッセージとして届けられていたのだ。
ああ、そうだ。オレは間抜けにも戦闘中に着信音が鳴り響く状態のまま、特に何も設定していなかったのだ。
だってしょうがないじゃないか、こんなことになるなんて……知る訳無いじゃないか。
「ごめん……本当に」
肩で大きく息をする麻子ちゃん。既に敗退してしまったベディヴィエール卿とガラハッド卿。言葉を失って立ち尽くすモードレッド卿。消えてしまったランスロット卿。
「ああ……くそっ……」
オレは初めて自分の犯した罪を知る。力があるのに、何もしなかった……それはあってはならない最悪の罪だ。
「オレは……何も……何も出来なった……力が、力があるっていうのに……!!」
激イキチートがあったのに。
激イキチートが……あったのに!!
オレは……オレは!
「……はぁ、はぁ、ししょー……ごめんなさい、あたしが邪魔でしたか……?」
麻子ちゃんはどこまでも聖人のように、オレを咎める事なく、優しい声色でそう言ってくれた。
「違う、違うんだ……! でも、見えなくて……!」
いや、でも……七人目の円卓騎士を視認した瞬間に、もうオレはチートを使うべきだったのだ。命を取るまでは無いのだから、保険で使う事もできたはず。
「そう、ですか……んん……ししょーの魔法……ししょーの魔眼は、ちゃんと見えないと使えないのですね……」
麻子ちゃんは、オレのチートを魔眼と言った。
……オレも認識を改めないといけないな。このチートは万能では無い。
ただただ視界内の存在を、時間停止無効かつ、能力無効化貫通で……激イキさせる程度の能力でしかないんだ。
「……オレは、救えなかった」
激イキ能力があったのに、オレは……それを使えなかった。いや……『使わなかった』
物語を操作できるような悪趣味な操作盤を手にして、悦に入って、手慰みにして、真剣に目の前の物語に向かい合おうとしなかったのだ。
オレは……死にかけて、カミサマのおもちゃになった時だって向き合わなかったんだ。面倒だと格好をつけて、自分で考える事を放棄していた。
オレはずっとずっと……何に対しても冷笑して、何に対してもふざけて笑うだけだったんだ。
……そんなのいけすかないカミサマと同じ事じゃないか。どうしてそんな事に気付けずにいたんだ、オレは……
「……オレ、は……」
無責任で、いい加減な……ガキなんだ。
「……ねぇ、これで全部終わりなの……?」
いなくなった相棒が消えた場所を、ベディヴィエール卿はずっとずっと見つめていた。仲間を守り切れなかったのは、完全にオレの責任だ。
「終わりなんかじゃない……!」
ならば、オレは誓う。まだ、終わってなんかいない。たくさんのものを失ったけど、それは全てじゃない。
見敵絶頂――オレの前に立ち塞がる全ての敵を、快楽の海に沈める。
この能力は……チートではない――魔眼だ。
「麻子ちゃん、オレは、誓うよ。もう誰も傷つけない、全てを守る」
敗北の夜に骸の上で誓う。
全てを超越する復讐の魔眼で、この物語を終わらせる。
神に捧げる一つの悲劇を、復讐の魔眼で蹂躙する。
「全部壊してやる、全部沈めてやる……もう躊躇わない。魔眼は……ここに覚醒する」
カミサマには今、謝っておく。
――ここから先の物語を全て、台無しにしてやるのだから。
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