第10話『家出少女をダメ社会人が保護する系の初夜』
「ほいよ、お待ち」
「あっという間に中華三昧!!」
「CMみたいな事を言うのね」
「た、食べてもいいですか……? お金は大丈夫でしょうか……?」
「若いもんがそんな事気にしないの。困った時はお互い様。それでも気になるなら、今度は麻子ちゃんが誰かが困った時に親切にしてあげて」
「ほえー……素敵な考え方です」
「おあがり。冷めちゃうから」
「いただきますです!」
チャーハンから揚げチンジャオロース、中華スープにデザートの杏仁豆腐。麻子ちゃんは美味しそうにそれらをかきこんでいく。
「…………いい…………」
「ぱくぱーく! もぐもーぐ! ……むぐ、ししょー、どうかしましたか?」
「あ、いや、嬉しくなっちゃってね」
「?」
若いもんが沢山食べるというのは、気持ちいいものだなぁ。三〇歳のオレが言うなよって感じではあるんだけれど。
「うう、おいしい……しみわたりますです……この、濃い味付けが……」
「最近の冷食って美味しいよね」
「……うちのママよりも……」
「やめよう、その先は」
大企業の企業努力といっぱしのママの戦力差は、それはもうしょうがないから。
オレは先程の酒でほろ酔い気味だったが、麻子ちゃんの食いっぷりに、思わずビールを空けて楽しんでいた。
若いっていいなぁ。
「使ってない部屋、結構あるんだ。確か布団も……布団乾燥機を使おうか」
「むぐ!? おふとん! ベッドでしか、むぐ、寝たこと無いです!!(ぶばばば!)」
「食べてから喋るんだよ」
「(ごくごく)」
水を飲んで落ち着く麻子ちゃん。
「いつかおふとんで寝てみたかったのです、ししょー! ありがとうございます!」
「うん、用意するね」
「何から何まで……うん、あたし、ししょーと同じように、困ってる人を見たら助けます、絶対!」
快活な笑顔にオレは話すだけで癒されていた。
……さて、メシを食い終わると、麻子ちゃんは大欠伸をした。
「もぁああああ……」
「どういう欠伸? ……今日はもう寝て大丈夫かな? どうだろう、やっぱり警戒したほうが……」
「むにゃ……あ、大丈夫ですよ、ししょーが寝るなら……あたしがおきてます……」
「説得力が無いんだよなぁ」
オレは苦笑する。絶対これ見張りの途中で寝るパターンである。
「……確かに、円卓騎士はチームでいたほうがいいっていうのは、こういう時にもメリットがあるからだろうな」
緊張感がずっと続くのはいやだな……明日からすぐにでも味方の円卓騎士と合流を目指したいところだ。
「んむむ……」
麻子ちゃんは目をしぱしぱさせる。かわいい。
オレは仕事柄、一度スイッチが入れば眠くても稼働できる。麻子ちゃんはバトルもしたみたいだし、先に寝てもらうとするか。
「とりあえず、お風呂かな。汗かいただろうから」
「た、たしかに……」
「休息も大事だよ、入ってきな」
「ししょー、ありがとうございます……」
よちよち、と麻子ちゃんはお風呂に向かう。
その後ろ姿を見て、オレは一気にビールを飲み干した。
「……はぁ、我ながら甲斐甲斐しく世話しちゃったな……」
自分の食事ならどうでもいいから、適当に炒めたり煮込んだりするだけなのに……今日は冷凍食品と言えど、スープやらデザートやらを用意して、おかずを丁寧に器に盛ったりして、食事を用意している自分がいた。
自分の事はどうだっていいのに、他人が絡むとちゃんとしたくなる……程度こそあれど、誰だってそういうものだろうと、オレは思う。
……オレはやっぱりこの家で暮らしていて、寂しさを感じていたのかもしれない。一人で平気なんて思いつつも、誰かと一緒に居る事を望んでいたのかもしれない。
『別に、仕事さえできりゃ誰も文句は無いだろ』……と、どこかそういう古い価値観まま生きていた感じ。
だからこう、お世話のし甲斐があるメチャ可愛い麻子ちゃんみたいな子が現れると……色々揺らいでしまうな。
「……一人でいるのって、平気だけど、平気じゃなかったんだな」
要領を得ない曖昧な言葉を口にすると、妙に納得感があった。
「にゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「なっ……しゅ、襲撃か!? ぷっ」
我ながらハリウッド映画みたいな台詞にちょっと笑ってしまったが、敵の円卓騎士か!?
「大丈夫!? 麻子ちゃん!!」
「お風呂めちゃでかですーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「それはどうも! 良かったね!!」
なによりである。ただのデカめの感想だった。
脱衣所の前でオレはほっと胸をなでおろす。
「……あ、ごめん。タオルとかは勝手に使ってくれていいよ。上の棚にあるから」
そのまま、なんとなく背中を向け、オレはお風呂にいるであろう麻子ちゃんに話しかける。
「あ、着替えどうする? ちょっと気持ち悪いけど、脱いだ服をもう一回着るしかないかな」
「そうしようと思ってましたが……うむむ」
「あ、えーっとオレがもう全然着ていないTシャツとかはあるけれど……」
うわぁ、我ながら……気持ち悪い。そういうのありなのかとは、ちょっと思うけれど。
「ししょーの!? ありがとうございます! 貸してくれるとうれしいです!」
本人がそういうのであれば、まぁいいか。なんていうか、邪気が無い子だなぁ。
それなら、やっぱり下着も替えたいだろう。うーん、女性用のパンツを用意……新品なら引かれないかしら。
スマホで調べると、女性用のパンツは普通にコンビニで売っているらしい。オレはすぐに最寄りのコンビニに行く事にした。
……ん? 円卓騎士の襲撃? パンツのほうが重要だろう。まぁ、チートでどうにかすりゃ多分大丈夫だ。
さっと行ってきて、オレはコンビニでパンツを買い、お風呂場にTシャツと一緒に用意しておいた。
ちなみに、レジが斎藤さんで女の子パンツを買うのはちょっと恥ずかしかったというサブエピソードは、ディレクターズカットという事で。
「……ふむ、流石にパンツ用意は気持ち悪かったかな……」
「ししょー! ぱんつありがとうございました!!」
火の玉ストレートである。
「あ、言うんだそれ!! うん! お礼を言えるのは素敵な事だね!」
麻子ちゃんはTシャツ短パンを着て、濡れた髪をタオルでがしがし拭いていた。快活でよろしい。
麻子ちゃんはあんまりそういう事を気にしない、とても良い子であった。
「あ、でも、ごめんね、ぶ、ブラ的なものは……サイズとかよくわからず……」
気持ち悪いの極みみたいな声が出る。我ながら気持ち悪い。
「だいじょぶです! 必須ではないので!!」
……つ、つまり……今はノーブラ……?
いや、でもパンツならともかく、ブラは別に昨日と同じというのは……どうなんだ……? 女の子の感覚は分らん……! ブラは別に毎日じゃないのか……?
くっ……三〇歳になったというのに、女の子の下着事情の一つも分らんとは……
どうやら麻子ちゃんは全面的にオレを信じてくれるようで……どうやらここからエッチな展開には……なりそうになかった。
オレは麻子ちゃんを客室に案内する。
「おふとんだー!!」
「多分、乾燥機でふわふわになってるはずだよ」
麻子ちゃん、天井に頭を頭突きせんばかりに跳躍し、お布団ダイブ。
「ししょー! 枕投げしましょー!」
「修学旅行かな?」
「だって! 円卓騎士になって身体能力が上がってるんですよ! 試したいじゃないですか!」
「あ、そうなんだ」
試してないから分からないけれど……オレもそうらしい。よく考えたら、最初に麻子ちゃんが落ちてきた時も、人間離れした動きをしていたな。
どうやらいつのまにか、スーパーマンじみた能力をオレは手にしていたらしい。
「枕投げ……」
わくわくてかてか、と麻子ちゃんはオレを見る。
「家に壁が空くからやめようか」
「は、そうでした。ごめんなさいです」
麻子ちゃんはテンションが少し下がり……大きなあくびをした。
「もぁああああ……」
「……慣れないな、その欠伸」
かわいいと不細工のちょうど中間ぐらいの欠伸である。
「むぬ……し、ししょーが起きてるのに、あたしが寝るわけには……」
「別にいいのに……ま、ほら、身体を休めるだけでいいから、ちょっと横になってみなさい」
「そ、そうですか……おふとん……」
麻子ちゃん、布団に潜り込む。どうやらおふとんが恋しかったようだ。
「目を閉じていれば、休息にはなるからさ」
「はう……♪ おふとん……ふわふわ……」
「その状態で起きていれば……」
「…………くぅ……くぅくぅ……すやぴ……」
「あ、うん、分かってたけどはえーなオイ」
麻子ちゃん、爆睡。1クリックももたなかった。早漏主人公のHシーンかよ。
……大の大人二人に追いかけ回されて……極度の緊張状態にあったりもしたのだ、緊張の糸が切れてしまったのだろう。
「おやすみ、麻子ちゃん」
オレは電気を消して、客室から出る。
賑やかな子が静かになった事に、オレは少しの寂しさを感じていた。
「……子供、かぁ。考えた事も無かったけれど……」
オレもそういう選択肢が、そういう人生があったのかもしれない。そうやって、どうしようもない事をオレは取り留めも無く考えていた。
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