わたくしの主と染め物のお披露目
第369部~370話 染め物コンペのブリュンヒルデ視点です。
わたくしはブリュンヒルデと申します。ローゼマイン様の側近で、側仕え見習いをしています。
わたくしがローゼマイン様にお仕えしようと思ったのは、領主一族で幼いながらに流行を生み出す方だったからです。料理、教育法、印刷業、服飾、音楽とローゼマイン様の発する流行はたくさんございました。それを貴族院で広げ、少しでもエーレンフェストの影響力を上げたいと思っていたのです。
実際、貴族院でもローゼマイン様の作り出した流行は広く受け入れられ、中央とクラッセンブルクと取引する素晴らしい結果となりました。せっかく広げるのですから、もっと色々なところに広げれば良い、とわたくしは思ったのですが、これ以上は商品を作るのが間に合わないそうです。
わたくしが「平民はたくさんいるのですから、次々と作らせれば良いでしょう」と言うと、ローゼマイン様は眉をひそめてゆっくりと首を横に振りました。
「わたくしの側近はたくさんいるのですから、他のことをさせても大丈夫でしょう、とブリュンヒルデ一人だけが残されて、他の者は別の仕事を割り振られたとしたら、どうなりますか? それが一時のことではなく、これから先、ずっと続く仕事だとすれば……」
「わたくし一人で、全ての仕事をこなすのは難しいですわ」
わたくしがそう言うと、ローゼマイン様は「平民も同じです」と言いました。
「農民は食料を作り、職人は注文された物を作り、兵士は治安を守り、商人は商売をしています。それぞれに仕事があるのです。新しい工房を作っていますが、平民ならばどのようにでも動かせるわけではありません。魔力がある貴族でも一人で全ての仕事ができないように、平民も負担が多すぎると困るのです」
平民に命じておけば、彼らは命じられた通りに動きます。わたくしはこれまで平民の事情や平民の仕事について考えたことなどありませんでしたし、命じたことができていないことはありませんでした。平民に負担すぎない範囲で、とおっしゃるローゼマイン様が正直なところ、理解できません。
……命じてしまえば、どうにでもなると思うのですけれど。
エーレンフェストの聖女と呼ばれているローゼマイン様は神殿育ちのため、言動を理解できないことがよくございます。
貴族院でもリヒャルダと共に首を傾げることがよくございましたし、わたくしの実家があるグレッシェルで印刷業を行うことになった時も驚かされました。
領主の養女であるローゼマイン様が下町に向かい、平民の職人達に指示を出すと言ったのです。
ハルトムートもフィリーネもさすがに少し困った顔になっていましたが、すぐに覚悟を決めたように顔を上げて、ローゼマイン様に続きます。
お父様から「ローゼマイン様に必ず付いているように」と言われていなければ、ローゼマイン様に「グレッシェルで始まる事業の確認もしないのですか?」と問われなければ、わたくしが下町に下りることなどなかったでしょう。
当たり前の顔で下町へ確認に出るローゼマイン様について行くのは、本当に困難でした。ひどい臭いと汚らしい道、汚れて見苦しい平民達……目に入れるのさえ汚らわしいものです。
「エーレンフェストの下町を美しくすることが、他領の商人からのアウブ・エーレンフェストの評価に繋がるのです。それと同様に、ここもグレッシェルですから、本来はギーベ・グレッシェルが管理するべきところなのですよ」
ローゼマイン様は小さく笑いながら、アウブ・エーレンフェストの例えを教えてくださいました。下町の整備ができていないのは、庭や玄関が全く整備されていないない状態で、客を迎える応接間と寝室だけが整えられているような状態なのだそうです。
下町を見て回り、仕事をしやすいように、とグーテンベルクに心を砕いているローゼマイン様と、仕事を任されたグーテンベルクの間には確かな信頼があって、少ない言葉で的確に動ける主従の理想的な関係が見られました。
まだわたくし達側近にはない関係を見せつけられて、とても不思議な気持ちになりました。
「神殿の側仕えとも理想的な関係を築けています。やはり、時間と相互理解が必要なようです」
上級貴族なのに神殿へと通うハルトムートが軽く肩を竦めてそう言いました。神殿の側仕えは、側仕えと文官、両方の仕事をこなしているのだそうです。その中でも孤児院の統括をする者、ローゼマイン様の工房を管理する者、下町との連絡を取る者、神殿長としての職務を補助する者、と細かく専門が分けられていると言いました。
「フラン達の仕事振りを学びながら、城での文官仕事について話をすれば、ずいぶんとすんなりと話が進みました。神殿でお育ちのローゼマイン様が貴族のやり方に馴染むのも大事ですが、信頼を得た円滑な主従関係を望むならば、こちらからローゼマイン様に歩み寄ることも必要です。……これからのエーレンフェストは、おそらく、ローゼマイン様を中心に進むことになります。ローゼマイン様は本当にエーレンフェストの聖女ですから」
神殿に通うようになってから、ローゼマイン様を聖女と崇める言動に拍車のかかったハルトムートが確信を持った笑顔でそう言いました。
……神殿の側仕え、ですか。
所詮、孤児の灰色神官や灰色巫女です。これまでは全く興味もなかったのですが、ハルトムートやフィリーネが優秀だと言い、何の苦も無く楽しそうに神殿へと向かう姿を見ていると、少し興味が出てきました。
そんな時、染め物のお披露目に関する打ち合わせで商人との会合が神殿で行われることになりました。あれほど忌避されていた神殿に皆が、エルヴィーラ様も全く顔色を変えずに入っていくのを見て、わたくしだけ取り残されるわけにはまいりません。怖々と神殿に足を踏み入れました。
話に聞いていた通り、城と変わらぬ清潔な場所で、家具も上級貴族が使っているようなきちんとした物が使われています。ローゼマイン様の側仕えが淹れたお茶やお菓子もおいしく、本当に城とさほど変わらない生活をしているのだとわかります。
「フランはフェルディナンド様の教育も受けていて、優秀だと評価を受けているのです」
ローゼマイン様が得意そうに笑って、神殿の側仕えを自慢します。素直な賞賛が微笑ましく、同時に、じり、と胸のどこかに焦りが生じました。わたくしもこのように自慢される側仕えになっているのでしょうか。
お茶会の段取りに商人の意見を取り入れるのは初めてのことで驚きましたが、エルヴィーラ様は商人からローゼマイン様の意向を聞き取り、貴族らしく指示を出すやり取りをしています。エルヴィーラ様のような社交感覚を身に付けなければ、ローゼマイン様の側近ではいられないのだろうと肌で感じました。
静かに考え込んでいらしたローゼマイン様が突然「ルネッサンス!」と大きな声を上げたことで、服飾に関する称号はルネッサンスに決定いたしましたが、ローゼマイン様がまだ悩んでいるように見えたのが、少しだけ気になりました。
……まだ納得していなかったのでしょうか。
染め物のお披露目をするお茶会の当日、ギルベルタ商会は約束通りの時間にやってきました。そして、変わった木枠の設置を始めます。このようなことをするのは打ち合わせにはなかったはずです。わたくしとエルヴィーラ様は顔を見合わせました。
「オットー、あの木枠は何ですの?」
「新しい染め方のお披露目会とは言っても、お茶会ですから、少し離れた席の方でも全ての布が見られるように、と考えた結果なのです」
壁に布を飾ると言えば、タペストリーのように大きな作品を入れるのか、額に入れた物を見本として飾り、布自体は手に取ってみる物と思っていましたが、ギルベルタ商会とわたくし達の考えていたことには差があったようです。
エルヴィーラ様はわたくしと同じように考えていたようで、ギルベルタ商会の後押しをするローゼマイン様は、あちらの考えだったようです。
話し合い、取り決めをしていても、意思疎通がうまくいっていません。ここで「違います」とギルベルタ商会に言って、木枠を撤去させるのは簡単ですし、普段ならばそうしたでしょう。けれど、今回はローゼマイン様が発案した催しで、ローゼマイン様にとってはこれが普通なのです。
……ローゼマイン様の意見を採用することに致しましょう。
目配せをすると、エルヴィーラ様も仕方がなさそうに軽く息を吐きました。
「……確かに、全ての布を見て、自分の好みを決めるのであれば、テーブル毎にまとめて見せるとしても、とても時間が足りませんものね」
ローゼマイン様と相互理解が足りないことを改めて思い知りました。わたくし達がローゼマイン様の言動に戸惑うのと同時に、神殿育ちで平民との関わりが多いローゼマイン様が城で戸惑う理由が少しわかった気がいたします。
多少の行き違いがあったものの、準備は進められていきます。
ギルベルタ商会の者が木の枠に布を設置していくのですが、どうにも見せ方がわかっていないようです。
「それではせっかくの布が台無しではありませんか」
貴族院で流行を広げるためのお手伝いはいたしましたが、今回は流行を作り出すという大仕事に立ち会っているのです。できるだけ見栄えよくしなければなりません。
けれど、ギルベルタ商会はローゼマイン様が取り立てたことで、城に出入りするようになった新興の商会です。それまで下級や中級の貴族を相手にしてきたギルベルタ商会は、まだ商品の見せ方が良くありません。
「飾り方に関しては、ブリュンヒルデの貴族としての感覚に任せた方が、お茶会で受け入れられやすいでしょう。ギルベルタ商会もよく学ぶと良いですよ」
わたくしが指示を出している途中で、ローゼマイン様の声が聞こえました。わたくしの貴族としての感覚を信用してくださっているのがわかって、少し嬉しくなります。
……わたくしもできる限り頑張らなくては。
昼食を終えると、布の展示を終えたギルベルタ商会に工房の紹介の仕方や布の買い方についての話をしました。今回はお披露目ということで、すぐに商品をここで購入するのではなく、気に入った布を作成した工房と職人の名前を伝えるので、自分の専属の商会を通して、購入するようにしてほしいということでした。
「もちろん、私共をご贔屓くださっているローゼマイン様のご注文はすぐにでも受け付けます」
このお披露目を通して、ギルベルタ商会が上級貴族との取引を一気に取ろうと考えているのではないようです。商人ならば、少しでも多くの貴族と取引が欲しいでしょうに。
ギルベルタ商会と打ち合わせをしていると、エルヴィーラ様がアーレンスバッハからの花嫁、アウレーリア様を伴っていらっしゃいました。
ローゼマイン様に言われても、エルヴィーラ様に言われても、アーレンスバッハの布を取ろうとしないアウレーリア様に、わたくしは少し不快な気分になったのです。
……何と頑ななのでしょう。これではエーレンフェストに馴染むことなどできないと思いますし、見た感じも良くありませんわ。アーレンスバッハの花嫁を受け入れることで、派閥が揺らぐというのに、エルヴィーラ様のお立場も考えられないのでしょうか。
エルヴィーラ様が困り果てている様子を見て、わたくしが内心憤慨していると、ローゼマイン様は少し首を傾げて、驚くような提案をなさいました。
「ヴェールを外したくないならば、エーレンフェストの布でヴェールを作るのはいかがですか? そうすれば、アウレーリアが一目でエーレンフェストに馴染んだように見えると思うのですけれど」
まさか大領地から嫁いで来られたアウブ・アーレンスバッハの姪であるアウレーリア様に、中領地であるエーレンフェストの布でヴェールを作れば、などと言うとは思わなかったのです。アーレンスバッハに対する挑戦、と受け取られてもおかしくはありません。
エルヴィーラ様は「それならば、確かに印象が変わるでしょうね」と言っていますが、その裏には「とてもそのようなことはできないでしょう?」という言葉が隠れています。
わたくしはアウレーリア様が「エーレンフェストの布をまとえとおっしゃるのですか?」と大領地の姫君らしいお言葉を返してくると思っていたのですが、アウレーリア様はホッと安堵したような声で、ローゼマイン様の提案を受け入れたのです。
どうやら、本当にアウレーリア様はヴェールを手放すことができず、けれど、エーレンフェストに馴染みたいと考えていることがわかりました。
アウレーリア様も嫁入りに際して、側仕えを一人連れていましたが、今日の付き添いはエルヴィーラ様の側仕えです。共に居る側仕えが心許して話し合える間柄ではなく、ローゼマイン様には全く敵意がないことがわかったのでしょう。アウレーリア様はローゼマイン様の後ろをついて歩いておりました。ローゼマイン様の歩幅に合わせて移動するので、のそのそした動きに見えます。
二人が準備されている壁際の布を見ながら、話をしているのを、ローゼマイン様の側近達と一緒に聞いていましたが、頭を抱えたくなったり、笑いを堪えるのに必死になったり、大変でした。
アウレーリア様のヴェールには魔法陣が刺繍されているのですから、一体どのような魔法陣が組み込まれているのか、調べなければならないでしょう。それなのに、ローゼマイン様は呑気な笑みを浮かべながら、見間違えることがないことや前が見えなくて転ぶ心配がないことを喜んでいます。
……違うでしょう!
そして、ランプレヒト様が妹自慢をしていたという話を聞けば、アウレーリア様に布を贈ろうと言いだします。歓迎していることを行動で示そうとしているローゼマイン様とおどおどとしながらも嬉しそうな声を出しているアウレーリア様を止められず、側近同士で視線を交わして、肩を竦めました。
……新妻に布を贈るのはランプレヒト様の役目ですよ!
そして、アウレーリア様が「可愛らしい布が好きでも、容姿に似合わず使えない」と言えば、「顔が見えないのに関係ないでしょう」とローゼマイン様はおっしゃいます。
……ローゼマイン様はわたくし達と観点が違うのです。
わたくしはアウレーリア様が長時間佇んでいた布の番号を控えておきました。もちろん、ローゼマイン様の立ち止った布の番号も同様です。
お二人とも好みが多少似ているのでしょう。重複している番号がありました。
深い赤から温かみのある朱色のような赤に少しずつ色が変わっていく布地に、どのように染めたのかわかりませんが、少しずつ濃さの違う花が染められた布です。
……これが一番ローゼマイン様の冬の衣装に合いそうですわ。
ローゼマイン様が夏に仕立てて、気に入っていたバルーン状のスカートの衣装を思い出し、似たような衣装を作るのならば、これが一番だと感じました。
ところが、アウレーリア様と一緒に壁際に飾られた布を見ながら一巡したローゼマイン様のやる気が、突然なくなってしまいました。本日が染め物のお披露目の本番ですのに、準備中にガッカリとしたように肩を落として、その後はあまり布に関心を示さなくなったのです。
あれほど楽しみにしていたのに、どうしたのでしょうか。お眼鏡に適う染め物がなかったのかもしれません。
……正直なところ、ここに飾られている布はまだまだですものね。
リヒャルダが見せてくださった、昔の布に比べると技術が足りていません。けれど、これからお客様がいらっしゃいますし、これからエーレンフェストの染めを育てていくのですから、ここで力を抜いてはなりません。
……ローゼマイン様の代わりに、お披露目会を成功させるのが側仕えの仕事でしょう。
ローゼマイン様はお茶会でお話に花を咲かせていらっしゃいました。主にアーレンスバッハの物語と食べ物について。
これはこれで、大事なのです。アウレーリア様が少しでもその場に馴染むためには、ローゼマイン様と楽しそうに語らっていた方が、他の方も良い印象を持ちます。
……でも、違うのです、ローゼマイン様!
ローゼマイン様は染め物のお披露目であるのに衣装の話さえしませんでした。
ここで世間話を始めるならば、今のアーレンスバッハでの流行について、話を振り、エーレンフェストの染め物に関する話をします。そこから少しずつ好みや趣味へと話を広げながら、情報を引き出していくのです。
それなのに、ローゼマイン様は何の脈絡もなく御自分の趣味の話を始めました。一人だけ満足して終わってしまっては、特に有用な情報は得られません。エルヴィーラ様とフロレンツィア様が苦笑しているのが、視界に映ります。
わたくしは物語の話よりも、本日のお披露目の方が気になっていたので、リーゼレータに給仕を任せ、他の方々の話に耳を澄ませながら、布を見て歩きます。
自分達が好みの布を探すという、今回のお披露目は上級貴族の婦人方に驚かれましたが、新しいゲームのような娯楽として受け入れられているようです。
「この布は美しいですわね」
「赤の中に多くの色を取り入れて、とても華やかですわ」
冬のお披露目で着られるように、とローゼマイン様が染色工房に注文を付けていたことで、並んでいる布は全て赤を基調とした物ばかりです。
けれど、その赤の中に色々な色がございます。
橙のような赤から紫に近い赤まで様々な色合いの布があり、一つの布の中にも深い赤から薄い赤へと布の色が変わっている物があったり、
単色で
そして、それだけ色様々な中に、花を色づけた物、葉の緑を色づけた物などがちらほらと混ざっています。多色を使っている布はまだそれほど多くないので、目を引きます。
「こちらは色遣いが華やかで良いですね。……まだ拙さが残っていますけれど」
「この春から始めたばかりの染め方ですから、まだ職人の技術は足りませんけれど、すぐに上達するでしょう」
わたくしの口からするりと職人を擁護するような言葉が出ました。自分では気付かないうちに、ローゼマイン様の影響をずいぶんと受けているのかもしれません。
「ブリュンヒルデ様はこのような染め方の布を見たことがあって?」
「えぇ、ローゼマイン様が染め方を見直そうとおっしゃった時に、リヒャルダが見せてくださいました。あちらが一番近いでしょうか」
小さな柄が等間隔でずらりと並んだ生地を思い出して、わたくしが飾られている布を指差すと、年嵩の中級貴族の女性が懐かしそうに微笑みます。
「わたくしの母が昔持っていた布にはあちらのような染め方が多かったですわ」
「昔の技術を復活させようとしている職人もいますし、新しい染め方に挑戦しようとする職人もいるようです。この辺りの色遣いは、昔のエーレンフェストの染めにもなかったものですから、このまま育てば、新しいエーレンフェストの布ができるようになるでしょう」
今回のお披露目には、職人を支援できるだけの財力がある上級貴族と上級に近い中級貴族にしか声をかけていません。少しでも多くの布が彼女達の目に留まれば良いと思っています。
「これは、と思う布があれば、御自分の専属の商会を通して、工房と職人を指名して、それを購入するなり、新しく注文するなりしてくださいませ。こうすることで新しいエーレンフェストの流行が育っていくのですって。ローゼマイン様は派閥の皆で流行を作ろうとお考えですの」
「まぁ……」
わたくしは自分がローゼマイン様に言われて嬉しかったように、声をかけて回ります。作られた流行をただ広げていくだけではなく、この染め物の中から、自分達で流行を育てていくのです。領主一族からそう誘われるのは、まるで自分達の階級が一つ上がったような高揚感があることなのです。
「自分に似合う物を、とローゼマイン様は常におっしゃられています。たくさんの染め物の中から、好みの物、似合う物を選んでくださいませ」
「ローゼマイン様はすでにお選びですの?」
それとなく皆が聞き耳を立てているのがわかります。流行を作り出すローゼマイン様に追随しようとしているのでしょう。
「えぇ、準備をしている時に、候補はいくつか選んでおりました。アウレーリア様もエーレンフェストの布でヴェールを仕立てるそうで、候補を見繕っていらっしゃいました。もちろん、シャルロッテ様もフロレンツィア様もそれぞれに好みの布を選んでいらっしゃいます。その中から選んで、冬の社交界でお召しになる衣装を作るのです」
ここにある染めの布は、まだ領主一族の誰も着ていない、まさに流行の最先端になります。
領主一族がそれぞれ好みを選んだと言うことで、染めの布を流行させるだけで、工房も職人もバラバラであることを告げれば、領主一族の選んだ布に追随しようとしていた雰囲気が一気に変わりました。
自分の布を選ぶための本気の目になり、貴婦人方がじっくりと布を見て回るようになります。
その様子を見て、今回のお披露目の成功を確信すると、わたくしはローゼマイン様に尋ねました。
「ローゼマイン様が称号を与えるのは、どの布になさいますか?」
領主一族であるフロレンツィア様、ローゼマイン様、シャルロッテ様が一人ずつ選んだ職人、計三名にルネッサンスの称号が与えられることになっています。いくつか控えてある候補の中から選ぶのです。
けれど、ローゼマイン様は力なく頭を横に振りました。
「……わたくし、この三つの内のどれにするか、決められないのです」
「ローゼマイン様がガッカリするほど、技術的にはまだまだですから、無理に称号を与える必要もありませんわ。時間が足りなかったのでしょうね」
称号を決めるのは、次の機会でも良いのではありませんか? とわたくしが言うと、ローゼマイン様は少し考えた後、「そうですね」と呟きます。称号などいつでも与えられますから、本当に気に入った布を染める職人を見つけた時に与えれば良いのです。
「称号はどちらでも良いのですけれど、衣装の布は決めなければなりませんわ。今年の衣装は三つの内のこちらで誂えてはいかがですか?」
わたくしが準備中に目を付けていた布の番号を伝え、夏の衣装と同じような感じで仕立てることができることを告げると、嬉しそうに笑ったローゼマイン様が頷きました。
「ブリュンヒルデの見る目は確かですから、それで衣装を誂えましょう」
……どうやら、わたくしもローゼマイン様のお役に立てているようです。
後日、「やっぱりブリュンヒルデの見る目は確かでした」と言って、ローゼマイン様がひどく落ち込んでいらっしゃいました。「称号与えておけばよかった」と言っておりましたが、何があったのでしょう。
やはり、ローゼマイン様を理解するのは、とても難しいようです。