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リーゼ視点 契約と関係の更新

ベンノの過去のお話です。

『本好きの下剋上公式アンソロジー1』の時に鈴華さんに送ったプロットを見つけて、とても懐かしくなったので書いてみました。

リーゼ視点です。



「ベンノ、リーゼ。お前達は奥だ。マルク、連れていけ」

「かしこまりました、旦那様」


 店で商品の並べ方について喧々諤々の応酬をしてしまったせいで、わたしとベンノは旦那様から倉庫の整理を命じられた。倉庫整理より接客の方がよほど楽しいのに、と思わずにいられないけれど、店で声を荒げてしまったから奥へ回されるのは仕方ない。


 ……仕方ないけど! ベンノさえ余計なことを言わなきゃ……。


 心の中では盛大に文句を言いながらわたしはベンノをジロリと睨んだ。ベンノも不満タラタラの顔でこっちを見下ろしてくる。


「ハァ、リーゼが突っかかって来なきゃ奥へ回されなかったのにな」

「ちょっと、わたしのせいにしないでよ。そもそもベンノが……」

「二人とも、くれぐれも表に聞こえるような声で騒がないようにお願いしますね」


 マルクさんに凄みのある笑顔で釘を刺され、わたしとベンノは急いで口を閉ざして倉庫に入った。




 しばらくは二人とも無言で倉庫の整理をしていた。そろそろ季節が変わるので、月が変われば店に並べられる商品が届いている。それを一つ一つ検品していくのだ。


 ……新しい季節、か……。


 思わず溜息を吐いた。春になったらわたしは十三歳になる。ダルアの契約更新の年だ。ダルア契約をギルベルタ商会で更新するかどうか、わたしは決めかねている。


「どうした、リーゼ? 何か辛気くさい顔をしてるじゃないか」

「十三歳の契約更新について悩み中なの。ベンノには全然縁のない悩みよ」


 わたしはパタパタと手を振ってベンノを追い払った。ベンノはギルベルタ商会のダプラ見習いだ。もうじき成人して見習いではなくなるけれど。

 契約更新さえすぐには決められないわたしと違って、最近のベンノは旦那様に連れられて商談へ同行することも増えている。ミルダがギルベルタ商会の後継ぎになることは決まっているが、ベンノは針仕事を優先したいミルダの後ろ盾になる予定なのだ。わたしと違って、将来の進路について悩まなくて良い立場なのが羨ましい。


「何を悩むんだよ? また針子見習いになりたくなったのか?」

「まさか」


 わたしはずっと商人になりたかったのに、父さんから「店にとって有益なところへ嫁ぐのが女の役目だ。そのためには裁縫美人になるのが一番だ」と言われ、洗礼式と同時に針子見習いにされた。けれど、一緒に針仕事をしているミルダがギルベルタ商会の後継ぎだと聞き、わたしはギルベルタ商会の商人見習いになれるように交渉してようやくつかみ取ったのだ。針子見習いに戻る気なんて更々ない。


「商売は楽しいわ。針子見習いよりわたしに合っていることは間違いないもの」

「だったら、何を悩む必要があるんだよ? あぁ、ウチじゃなくて自分の家の店に勤めたいのか?」


 わたしの家は布を扱う店をしている。どうやら家族で仲の良いベンノは、わたしが自分の家の商売に関わりたいと思っていると考えたらしい。

 残念ながら不正解だ。わたしは自分の家で勤めたいと思ったことがない。だって、自分の家では商人を続けられないのだ。昔、父さんが言っていたように店にとって有益なところへ嫁がされるだけに決まっている。


「違うわよ。そろそろ結婚を視野に入れて勤め先を考えなきゃいけないでしょ?」

「結婚!?」


 ベンノが赤褐色の目を見開き、全く考えもしなかったことを言われたような顔でわたしを見た。上から下までわたしを見て、それからものすごく怪訝な顔になる。


 ……わかるわよ。わたしと結婚が結びつかないことくらい。


「女が適齢期に結婚しようと思えば、次の更新をどうするのかってすごく重要なのよ! って、ミルダが言ってたわ」

「ミルダかよ」


 ベンノの肩から力が抜ける。わたしは思わず苦笑した。


「わたしもミルダに言われるまで結婚のことなんて考えたこともなかったもん。ベンノが驚く気持ちはわかるし、わたしだって、本当はまだまだ自分には早いと思ってるよ。……でも、わたし、自分のところのお店に勤めて、ダプラになって兄さんを支えたいなんて全く思ってないの。自分の家のために嫁がされるのは嫌だし……」


 ミルダは「だったら、十三歳の契約更新をよく考えなきゃ」と言ったのだ。女の適齢期は成人から二十歳くらいまでだ。成人する頃に結婚相手を見つけようと思えば、十三歳から三年間、どこで働くかによって知り合える人達に差ができる。ギルベルタ商会でダルア契約を更新するのは簡単だけれど、それだと成人までに余所のダプラと知り合って、結婚相手を探すことが難しくなるのだ。


「とりあえず、どこかの店のダプラと結婚して、ずっと商売に関わることを目指してるんだよね」

「どこかの店のダプラ……? 適当だな」


 ベンノが顔を顰めた。適当と言われても、わたしが将来も商人であるためには重要なことなのだ。もうギルベルタ商会のダプラ見習いになっていて、ずっと商人でいられることが決まっているベンノに言われたくはない。


「うるさいわね。男は二十歳過ぎてもいいから、ベンノはまだまだ結婚なんて考えなくていいでしょ? 女は二十歳になったら周囲がものすごく面倒なことになるの。成人までには相手を見つけなきゃ、父さんの思い通りになっちゃうじゃない」


 わたしは検品を終えた商品を丁寧に畳んで箱に詰め直していく。ベンノは「ハァ……」と息を吐いて頭をガシガシと掻いた後、わたしが詰めた商品の箱をグッと持ち上げた。


「別に……このまま契約更新すればいいだろ?」

「このままって……。何よ、簡単に。そりゃ、できればわたしだってこのままギルベルタ商会にいたいけど……このまま勤め続けてもダプラと結婚できなきゃ意味がないの」


 わたしは「ちゃんと聞いてる?」とベンノの背中に向かって言う。荷物を棚に入れ終えたというのに、ベンノはこちらを振り返ろうともせずに「だから、いればいいじゃないか」と繰り返した。


 ……あれ?


 わたしはそこでようやくベンノが適当に答えているのではなく、引き留めてくれていることに気付いた。棚の前から動こうとしないベンノの背中に近付き、グルリと回り込むようにして顔を覗き込んだ。


「……あのね、意味、わかってる?」


 結婚相手となるダプラを探すために店を移るかどうかという話の中で、ギルベルタ商会のダプラ見習いであるベンノがわたしを引き留める意味を。


 ……今までずっと競争相手として口喧嘩ばっかりしていたわたしを結婚相手に考えてるって思っていいの?


 言葉にはせず、わたしはじっとベンノを見つめた。勘違いで契約更新なんてしたくないし、明確な肯定が欲しい。


「……まぁな」


 ベンノはわたしと目を見合わせてと小さく呻くように肯定した。みるみるうちにベンノの顔が赤くなっていく。必死に平静を装うとしているけれど、それは完全に失敗していて、顰め面で赤面している。

 あまりにも珍しいベンノの照れた顔に、わたしは自分の口元がニヨニヨと笑みを浮かべるのを止められなかった。


「あっそぅ。……じゃあ、このまま更新する」

「ん」




 この日、ベンノは競争相手から恋人になった。

照れた少年ベンノを見たい方はアンソロジー1をぜひぜひ。(ダイレクトマーケティング)

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