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オティーリエ視点 側仕えの初仕事

時間軸は第三部Ⅰの初め。

ローゼマインがカルステッドの館で教育を受けている頃。


ふぁんぶっく2の書き下ろしSSの没ネタ。

そのため、お部屋の説明がメインになっています。

裏事情が多々出てくるため、第三部Ⅱまでしか読んでいない書籍の読者には理解しにくいのと、

年嵩の女性ばかりで華やかさがないという理由で旦那に却下されたため、ふぁんぶっく2はブリュンヒルデ視点になりました。


「ようこそいらっしゃいました、オティーリエ様。側仕えの統括をしているノルベルトです」


 エルヴィーラから言われていた通りに三の鐘が鳴る前に城へ到着すると、ノルベルトが出迎えてくれました。ノルベルトはアウブの筆頭側仕えで、領主一族の側近達も含めた城の側仕え全てを統括していると夫のレーベレヒトから聞いています。物腰が柔らかで穏やかな笑顔ですが、細かい動きも見逃さない紫の目がわたくしを観察していることがわかりました。


「エルヴィーラ様のご推薦でローゼマイン様の側仕えに就任すると伺っていますが、間違いございませんか?」

「はい、わたくしの子供達も全員が貴族院に入りましたから良い頃合いでした。まさかエルヴィーラ様のお嬢様にアウブと養子縁組をするお話が出るとは思いませんでしたけれど」


 ライゼガング系貴族を遠ざけることに腐心していたヴェローニカ様。彼女を退けたのが息子であるジルヴェスターがヴェローニカ様を捕らえるとも、ライゼガング系貴族の血統であるローゼマイン様を養女にするとも思っていませんでした。


「ローゼマイン様にお仕えする貴女を今後はオティーリエと呼ばせていただきます。私のこともノルベルトとお呼びください」

「かしこまりました」

「ローゼマイン様の筆頭側仕えはアウブが任命されたリヒャルダです。彼女は下働きの者達に指示を出しているため、私が北の離れに案内させていただきます。まずは待合室にいらっしゃるエルヴィーラ様と合流しましょう」


 わたくしがノルベルトに案内されて待合室に入ると、エルヴィーラが茶器を置いて立ち上がりました。


「ごきげんよう、オティーリエ。ローゼマインの側仕えは大変でしょうけれど、よろしくお願いしますね。ノルベルト、北の離れへ案内してくださいませ」


 ノルベルトを先頭に、わたくし達は北の離れへ向かいました。本館の北側は領主一族の居住区域になっているため、領主一族の側近になった経験のないわたくしは今まで一度も足を踏み入れたことがありません。ずいぶんと長い廊下ですが、その更に先に領主候補生が過ごす北の離れがあるようです。


「ここが北の離れに繋がる渡り廊下です。北の離れは結界で守られていて、一階と二階の渡り廊下からでなければ行くことができませんし、領主夫妻の許可を得た者しか入れません」

「北の離れはとても厳重に守られているのですね。わたくし、存じませんでした」

「側近でなければ知らない者も多いでしょう。アウブに何かの危機が迫った時、次代を守るための結界だそうです」


 ノルベルトの話を聞きながら渡り廊下を渡り、北の離れに繋がる扉が開かれました。中に入るとすぐ目の前に階段が見えました。廊下が左右に分かれていて、左側のお部屋の扉には護衛騎士が立っています。


「二階に男性、三階に女性の部屋があるのは貴族院の寮と同じです。二階ではヴィルフリート様があちらの部屋を使っています。左側のお部屋は少し広めなので、第一夫人の子が入ることが多いです。二階はヴィルフリート様、三階はおそらくシャルロッテ様が入ることになるでしょう」


 フロレンツィア様にヴィルフリート様以外にもお子様がいらっしゃることは存じていますが、名前までは存じませんでした。レーベレヒトも「フロレンツィア様のお子様」と言うだけで、名前を口にしません。


「洗礼式も終えていないお子様のことを、このようなところで口にしてよろしいのですか?」


 わたくしが少し戸惑っていると、ノルベルトが「北の離れで勤める以上、アウブの御子については知っておかなければなりません」と小さく笑いながら階段を上がり始めました。




「階段の右側、こちらがローゼマイン様のお部屋です」


 ノルベルトが手で示した先では、扉が大きく開いていて下働きの者達が色々と運び込んでいる姿が見えます。


「リヒャルダ、エルヴィーラ様とオティーリエをお連れしました。……お二人とも、お入りください。私は戻ります」


 ノルベルトはリヒャルダに声をかけると、くるりと背を向けて去って行きました。わたくし達は言われた通りにお部屋に入ります。赤い花の壁紙で女性らしい明るい色合いのお部屋に思わず笑みが浮かびました。わたくしは息子が三人なので、このような可愛らしいお部屋には縁がないのです。


「こちらの壁紙はローゼマイン様がお選びになったのですか?」

「いいえ、わたくしが選びました。我が家、神殿、城のお部屋は全て同じ雰囲気にしています。ローゼマインにとっては慣れない場所でも内装が似ていれば少しは落ち着くでしょう?」


 エルヴィーラ様がお部屋を見回しながらそう言いました。女の子のお部屋を整えることを、楽しんでいることがわかります。衣装を誂えるのも楽しいと言っていたことを思い出して、わたくしは少しだけエルヴィーラ様が羨ましくなりました。


「わたくしが筆頭側仕えのリヒャルダです。これからはローゼマイン様にお仕えする者としてよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。リヒャルダ、今日はどのような作業をするのでしょう?」

「壁紙の作業が終わったので、大きな家具を入れる予定です。出入り口に近いところが公的な場で、奥に行くほど私的な空間になると覚えておくと良いでしょう」


 今はいくつもの部品に分けて運び込まれた寝台が部屋も最も奥まったところで組み立てられています。寝台を作り終わると、長椅子や一人掛けの椅子、低めのテーブルを配置して私的な空間を作るそうです。それから、勉学や執務のお手伝いを行うための机と書棚が運び込まれ、最終的には来客をもてなすテーブルが出入り口に近くに配置される予定のようです。


「領主夫妻から許可を得た者しか入れない北の離れの自室にも来客用の空間が必要なのですか?」

「えぇ。社交の練習として領主候補生同士でお茶会も行いますし、北の離れでどのように過ごしているのかを確認するために領主夫妻がいらっしゃることもございます。けれど、一番よく使用するのは側近でしょうね。主の勉学や執務のお手伝いを行う時はここを利用することが多いです」


 リヒャルダによると、ジルヴェスター様は「どのようにしてフロレンツィア様のお心を動かせば良いのか」と貴族院へ向かう前によく側近達と作戦会議をしていたそうです。


「寝台の奥は隠し部屋の扉で、暖炉の向こうの扉には脱衣所があり、浴室やお手洗いがございます。こちらが側仕えの控え室で、その奥は衣裳部屋になっています。後で、オティーリエには側仕えの控え室の使い方を教えますね。エルヴィーラ様、お願いしていた荷物はこちらでお間違いございませんか?」


 リヒャルダから部屋の隅に積み上げられた木箱を示されたエルヴィーラは、中を確認して頷きました。


「こちらは寝具、そちらはカーテン、こちらにタオルなどの布製品が分類されて入っています」

「では、この木箱を脱衣所へ運んでください。オティーリエ、リネンの置き場所を決めていきましょう。エルヴィーラ様はクッションにカバーを付けてくださいませ」


 浴室や脱衣所で使う物が詰まった木箱を下働きの者達に運ばせると、わたくしはリヒャルダと共に自分達が仕事をしやすいようにタオルなどの位置を決めていきます。水を流すための流し台があり、その傍らにはすでに魔術具の水差しが置かれていました。


「こちらの水差しは地階の水瓶と繋がっている物です。今日から必要になると思って、先に準備しておきました。お湯が必要になるお風呂にはあちらを使用します。お手洗いはここにございますが、ローゼマイン様専用です。側近は部屋を出て、階段の北側にある物を使用します」


 リヒャルダの説明を聞きながら片付けますが、布類はそれほど多くありません。くるりと見回した洗面所には未だお花もなく、華やいだ香りもないため、女性の個人的な場所にしては非常に殺風景に思えます。


「お花や小物の準備はいつ頃にするのですか?」

「小物はローゼマインが城に入る直前でよろしいでしょう? あまり早くから準備しておいても傷みますもの」


 急いでお部屋を整えてはいますが、ローゼマイン様はまだ洗礼式を終えていません。小物を入れるのは養子縁組が正式に調ってからになるようです。

 わたくし達がタオル類の片付けを終えると、エルヴィーラは下働きの者達にカーテンの取り付けを命じていました。カーテンが付くと、白い部屋が明るくて華やかな印象になります。


「……リヒャルダの懸念通りでしたね。ローゼマインがお部屋を整える時間はとてもありません。城に入るのは星結びの儀式の直前になりそうだとフェルディナンド様から伺いました」


 何の懸念があったのか、わたくしが不思議に思っていると、リヒャルダは衣装室へ移動しながら教えてくれました。


「領主の子は色々なことを学ぶために自分で自室を整えるのですけれど、ローゼマイン様には難しいと思ったのですよ。現在は洗礼式前ですから、北の離れどころか城に入る資格もないでしょう? しばらくは客室に滞在していただき、御自分で一からお部屋を整えることも考えました。けれど、星結びの儀式で貴族達に養子縁組について知らせるのであれば、その時までにはお客様ではなく養女として扱う必要があります。とても時間が足りないでしょう?」


 リヒャルダの意見に賛同したエルヴィーラ様が困ったように頬に手を当ててそっと息を吐きます。


「カルステッド様によると、ローゼマインは洗礼式を終えると神殿長に就任するそうです。星結びの儀式の後も城にいられる時間は短いようです」

「まぁ、貴族として洗礼式を行い、領主と養子縁組をするのに、何故ローゼマイン様を神殿長に就けるのでしょう?」


 養子縁組をするのですから神殿育ちであることを隠そうとするならば理解できますけれど、アウブの養女にした後に神殿へ再び入れて、神殿長に就ける理由がよくわかりません。わたくしの疑問にエルヴィーラ様も首を傾げました。


「言葉の端々からローゼマインは神殿にいる必要があるようですけれど、カルステッド様は明言を避けています。おそらくフェルディナンド様のご意向もあるのではないかしら?」


 そんな話をしながら洗い替え用のシーツや枕カバーなどの寝具を衣装部屋に片付けていきますが、全く衣装が入っていません。


「あら、エルヴィーラ様。衣装が届いていないようですけれど……」

「急いで仕立てさせているので、揃い次第届けさせます。衣装に使われた布類もその時になりますね」


 ほとんど物の入っていない部屋を見回していると、寝台の組み立てが終わったと下働きの者達から報告がありました。布団を寝台に入れていると、長椅子やテーブルが運び込まれてきました。リヒャルダの指示で配置され、フェシュピールを置くための棚や演奏時の椅子と一緒に書箱も運び込まれます。


「書箱は勉学に使う机を入れてからではなくて?」

「いいえ、リヒャルダ。そちらの机の横には書棚がありますから、書箱はこちらへ。長椅子の近くに置いてくださいませ」


 エルヴィーラ様が下働きの者達に指示を出しました。リヒャルダは長椅子の近くに置かれた二つの書箱を見て、不思議そうな顔になります。


「ローゼマイン様はどのような御子様なのですか、エルヴィーラ様? 洗礼式を終えた直後ならば書棚と書箱の両方は必要がないように思えるのですけれど……」


 私的に寛げる空間に置く物で部屋の主の個性が出るのですが、運び込まれてくる書箱が勉学用の机の隣ではなく、私的な空間に持ち込まれています。リヒャルダだけではなく、わたくしも目を瞬かせました。


「ローゼマインは大の本好きなのです。本を読んでいる時間が一番癒やされると、フェルディナンド様が勉学のために持ち込んだ資料を抱えて喜んでいました。虚弱でよく寝込むため、なかなか図書室に行けないローゼマインには私室に書箱が必須なのですって」


 ローゼマイン様は本が好きでおとなしい女の子だそうです。わたくしの息子達は父親の教育のせいで情報収集をしたり、いかに相手を罠にはめるのか真剣に考えたりするような子達だったので、おとなしい女の子には少々憧れを感じます。ローゼマイン様と実際に会うのが楽しみになってきました。


「ローゼマイン様は勉強熱心なのですね。そのうえでリヒャルダがお仕えするということは、ローゼマイン様が次期領主として最有力候補なのでしょうか? カルステッド様、ゲオルギーネ様、ジルヴェスター様に仕えたリヒャルダは、次期領主の教育係となる側仕えだと噂されていましたけれど」


 これは非常に重要なことです。ローゼマイン様を次期領主に考えているかどうかで、わたくしのお仕えする心構えも、ライゼガング系貴族達とのやり取りも、フロレンツィア様にお仕えしている夫の立場も変わってきます。

 わたくしの質問にリヒャルダは苦笑気味に首を横に振りました。


「違います。わたくしはアウブ・エーレンフェストの側仕えです。主の命令によって領主一族にお仕えしてきました。お仕えしてきた顔ぶれから次期領主の教育係だと思われていることも多いようですが、側近のいない領主一族にお仕えすることが本来の役目なのですよ」


 リヒャルダが最初にお仕えしたのはアーレンスバッハから嫁いでこられたガブリエーレ様だったそうです。望まれていないが、輿入れを断ることもできなかった大領地の姫君に仕えさせられるエーレンフェストの貴族が少なく、リヒャルダ様にお役目が回ってきたそうです。おそらく情報収集の役目もあったのでしょう。彼女が城を出るまでの期間、仕えたそうです。


「ヴェローニカ様が嫁入り前の教育で城へいらっしゃった時も、当時のアウブの命令でお仕えしていましたよ。グレッシェルの娘でありながら、ライゼガング系貴族と不仲で信用できる側仕えがいないということでしたから。ガブリエーレ様のことをお話しできる相手も少なかったようで、わたくしが側に付くことを望んでくださいました」


 ヴェローニカ様は婚姻後、リヒャルダを自分の側仕えにしたいと要求したけれど、それは当時のアウブに却下されたそうです。リヒャルダは領主の側仕えだから、と。


「わたくしがカルステッド様にお仕えしたのも、アウブ・エーレンフェストの命令によるものでした。男性の領主一族が少ないため、カルステッド様は洗礼式を終えると北の離れに入ることになっていましたが、ボニファティウス様の館でカルステッド様は育ちます。そのため、わたくしが教育係として派遣されました」


 洗礼式前から城との繋がりを持たせること、上級貴族ではなく領主一族としての自覚を持たせるための教育係だったそうです。そのため、北の離れで生活するようになってボニファティウス様やライゼガング系貴族が選んだ側近達とカルステッド様の信頼関係が成立したらリヒャルダの役目は終わりだったそうです。


「では、ゲオルギーネ様やジルヴェスター様にお仕えしたのは……? お二人は側近に不自由する立場ではないと思うのですけれど……」

「領主が代替わりすると、ヴェローニカ様がゲオルギーネ様の教育係にするのだと言い張りました。カルステッド様に負けない領主候補生として育てるのだとおっしゃって……。わたくしはアウブであるアーデルベルト様のご命令でゲオルギーネ様の側仕えになりました」


 どうやらヴェローニカ様の我儘をアーデルベルト様が聞き入れた結果だったようです。ゲオルギーネ様に側近が不足するなど考えられませんもの。


「ジルヴェスター様が生まれるとすぐに、わたくしはジルヴェスター様の側仕えになるように命じられました。それで次期領主の教育係と言われるようになったのでしょう。けれど、ローゼマイン様に関しては元々のお役目だとアウブに言われています」

「そうなのですか?」

「えぇ。色々と複雑な事情があっての養子縁組のようですけれど、神殿育ちのローゼマイン様が貴族社会にある程度慣れるまではあまりライゼガング系貴族を近付けたくないようです。それに、神殿と繋がりがあるということで側近選びが難航していると聞いていますから」


 ニコリとリヒャルダが微笑みました。エルヴィーラも「フロレンツィア様のお立場を乱すつもりはないのです」と微笑んでいます。

 ローゼマイン様を次期領主にする予定がないことをフロレンツィア様にお仕えしている夫に伝えたり、ライゼガング系貴族の動きを押さえるためにエルヴィーラと協力したりすることを期待されていることがわかりました。


「……ローゼマイン様はとても難しいお立場なのですね」

「えぇ。ですから、今後側近として取り立てる者には充分に注意してくださいませ。ローゼマインの意思に反して次期領主にすることを強く望む者は困りますから」

「かしこまりました」




 この時のわたくしはローゼマイン様の洗礼式でローゼマイン様の側近を熱望する末息子のハルトムートを少しでも遠ざけることが側仕えとして最優先の仕事になるとは思ってもいませんでした。


昨日はweb版完結5周年でした。

すっかり忘れていたので、没ネタを拾ってみました。

お祝いしてくださった方々、ありがとうございます。

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