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ジルヴェスター視点 葬儀前の挨拶

時間軸は第五部Ⅵの半ば。


第五部Ⅵの「騒動の事情聴取」を考えていた時に出てきたネタ。

フェルディナンドの隠し部屋を見てきた時のやり取りやアーレンスバッハの葬儀にやって来た貴族の様子も入れたいな……と考えていたんですよ。

全く入りませんでしたが。(笑)

「では、アウブ・エーレンフェスト。入場までこちらでお待ちくださいませ」


 アーレンスバッハの葬儀にやって来た私達は、まず待合室へ案内された。中には王族や周辺領地のアウブや亡くなったアウブ・アーレンスバッハ、ギーゼルフリートと個人的に親しかった者が集まっている。ここで待機する間は、社交の時間になる。奥の椅子に座って挨拶を受けているジギスヴァルト王子や笑顔で挨拶を交わしている他領の領主夫妻の姿を見て、私はげんなりとした気分になった。


 ……ジギスヴァルト王子にダンケルフェルガー、ドレヴァンヒェル……。まずは挨拶からだが、領主会議の気分になるな。


 領主として避けられないことはわかっているが、アーレンスバッハがエーレンフェストより暑いせいか、ローゼマイン関連の話題が多くなるせいか、普段より気が進まない。フレーベルタークの領主夫妻が王子夫妻に挨拶している様子を見ながら、私はその後ろに並ぶために歩き出した。


 領主会議や今回の葬儀のように何日か滞在して何度も顔を合わせる場合、最初に跪いて挨拶をすれば、後は黙礼で済ませられる。顔を合わせる度に全員が仰々しく挨拶をしていると、何をするにも時間がかかって仕方ないからだ。こうして葬儀の前に待合室へ案内されるのは、儀式の進行を妨げないように先に挨拶を終わらせておけという意味もある。


 ……ひとまず素知らぬ顔でジギスヴァルト王子に挨拶させてもらうか。


 実は、私は昨日ジギスヴァルト王子と顔を合わせていて挨拶を終えている。フェルディナンドが自室と隠し部屋を得ているか確認するためにツェントの名代として来ているジギスヴァルト王子と会ったからだ。ちなみに、夕食まで招待された。


 正直なところ、ここで挨拶をする必要はないが、挨拶を省略すれば、葬儀前に王族から招かれる関係性だと周囲に知らせることになる。一体何があったのかと妙に探られる可能性が高い。それは回避したい。


「おや、アウブ・エーレンフェスト。昨夜は有意義な時間でした」


 フレーベルタークの領主夫妻とその側近達が立ち上がり、私達が前に進み出ようとしたところでジギスヴァルト王子がにこやかに微笑んでこちらを見る。黙礼どころか、親族並みの親しげな挨拶に周囲の視線が集まり、驚きに息を呑んだざわめきが待合室に広がった。


 ……何ということをしてくれる!?


 ローゼマインが王の養女になると他領にも公表済みならばまだしも、次の領主会議までは秘すると決まっている。今の時点でそのように王族から親しげに挨拶されても、エーレンフェストから親しげな返事をすることはできない。ジギスヴァルト王子の隣に立っている第一夫人のアドルフィーネ様が思わずというように振り返った様子を見れば、この挨拶が王子の独断だとわかる。


 ……何を考えているのだ、この第一王子は!? 地下書庫で暴走したローゼマインへの意趣返しか!? 昨夜のフェルディナンドの当てこすりに対する嫌がらせか!?



 ◆



 昨夜、フェルディナンドの隠し部屋を確認した後、我々は夕食を共にした。その際、ジギスヴァルト王子は「執拗に隠し部屋を求め、待遇改善を王命で出すことを条件にするなど、ローゼマインはずいぶんとフェルディナンドに心を寄せているのですね」と言っていた。二人の関係を邪推し、探っていたことは間違いない。

 ここ最近、エーレンフェストでも二人の関係を邪推する者が増えている。今回の訪問でも大量の荷物を運ばされたのだ。私はフェルディナンドがどのような返事をするのか気になって視線を向ける。

 我々の視線を受けたフェルディナンドは不思議そうに首を傾げた。


「ローゼマインが執拗に求めたならば、私の命が危険という意味合いのことを誰かに言われたのでしょう。ローゼマインは命がかかっていなければ、間違いなく私より読書を優先します」

「……は?」


 全く動揺の欠片もなく平然とした顔でそう言われ、ジギスヴァルト王子が絶句した。明らかに想定外のことを言われて驚いた顔になっているのだが、フェルディナンドはにこやかな微笑みで更に追い打ちをかける。


「かつて、ローゼマインは神殿で死にかけていた洗礼式前の孤児を救いました。別に私ではなく、平民であっても洗礼式前の子供であっても、ローゼマインは命が失われることに強い拒否感を示します。そして、その時に自分が持っている手札の全てを使って救うのです」

「……え?」


 相手が孤児でも同じことをすると言われたジギスヴァルト王子は完全に理解不能の顔になった。フェルディナンドと神殿の孤児が同列で語られると思わなかったに違いない。


「ちなみに、孤児を救った理由は、自分が心置きなく読書をするためでした。おそらく私の命が危険だと言われ、安心して読書できないと思ったのでしょう」


 ……待て! ローゼマインの暴走がそんな理由だと!?


 グルトリスハイトなど全く関係のなさそうな理由に、私は唖然とした。フェルディナンドの命を救うためと言っていたが、その裏に「安心して読書するため」という理由があるなど全く考えたこともなかった。


 ……だが、あり得る。過去の言動を並べられれば、あり得るぞ。


 私が昔からのローゼマインの言動を思い返しているところで、フェルディナンドがニコリと微笑んだ。


「私としては何を対価として私に隠し部屋が与えられたのか、そちらの方が気になります。ローゼマインが一人騒いだところで、王命が出されるとは思えません」

「それに関してはツェントから口外を禁じられています。次の領主会議で明らかになるでしょう」


 ジギスヴァルト王子もニコリと微笑んだ。王の養女になることはもちろん、ローゼマインとの交渉の結果、たくさんの条件をつけられたとはとても言えないだろう。


「次の領主会議ですか……。不用意にローゼマインを焚き付けると、焚き付けた者が予想外で甚大な被害を受けることが多々あります。くれぐれもお気をつけください」

「それは王族に対して何か含むことがあるということでしょうか?」

「いいえ、ただの経験則です」



 ◆



 ……アレはフェルディナンドが言ったことだぞ。私を巻き込まないでくれ!


 ジギスヴァルト王子の挨拶に何と返答すべきか咄嗟に思い浮かばず、私は目を見開く。「昨夜は」と言われて通常の挨拶をするのもおかしいし、黙礼で済ませるわけにもいかない。ジギスヴァルト王子の隣にいたアドルフィーネ様が一歩前に進み出てニコリと微笑んだ。


「えぇ、昨夜は本当に有意義でした。領主会議で行った奉納式だけではなく、ローゼマイン様が行っている他の神事についてよく学ばせていただきましたもの。神事の重要性をユルゲンシュミット全体に広げていかなければなりませんね」


 昨夜の夕食時に同席していなかったアドルフィーネ様が助け船を出してくれるとは思わなかった。私は全力で乗っかる。領主会議でローゼマインが行った神事の礼と、他にも有用な神事があることを王族と話し合ったのだと印象付ければ良い。王の養女になるとか、その条件としてフェルディナンドに隠し部屋が与えられたとか、その確認を共に行ったとか余計なことを知らせずに済ませるのだ。


「奉納式で集めた魔力を領地全体に行き渡らせる祈念式の重要性が広がれば、更に収穫量を増やすことができます。王族の方々にご理解いただけたと伝えれば、領主会議で神事を行ったローゼマインも喜ぶでしょう」

「えぇ。わたくし、次回はぜひローゼマイン様から色々とお話を伺いたいものです」


 アドルフィーネ様の機転によってジギスヴァルト王子が見せた親族的な親しさを打ち消し、王族に恩を売ることができて喜んでいる中領地のアウブという立場を死守できた。「ローゼマイン様とのお茶会を設定してくださいね」というアドルフィーネ様の申し出を受けることになったが、それくらいで済んで良かった。私は笑顔でアドルフィーネ様に一礼して王族から即座に距離を取る。


「アウブ・エーレンフェスト」


 その直後、ダンケルフェルガーの領主夫妻に捕まった。アーレンスバッハに隣接している領地である上に、旧ベルケシュトックの共同管理者だ。ダンケルフェルガーが出席するのは当然だろう。


「いつもハンネローレがローゼマイン様に世話になっています。領主会議の奉納式で活躍したことを知って、ぜひお話をしたいと望んでいました。星結びの儀式から奉納式まで大活躍でしたが、その間も大忙しだったでしょう?」


 娘同士の交流を匂わせながら地下書庫での出来事に探りを入れられるのは困る。「王族からもずいぶんと頼りにされているようだ」とか「ツェントの第三夫人マグダレーナ様も感心していらっしゃいました」など、様々な角度から探りを入れられていることがよくわかる。


「あら、ローゼマイン様は本当に皆様に頼られていらっしゃるのですね。わたくしもお礼を伝えてほしいのですけれど、よろしいかしら?」


 助け船を出すように話しかけてきたのは、アウブ・ドレヴァンヒェルの名代だった。アーレンスバッハからドレヴァンヒェルの領主一族に嫁いだ彼女は、亡くなったギーゼルフリート様の実子だ。待合室にいることに不思議はないけれど、私に声をかけてくる理由とローゼマインが何をしたのか思い当たらない。


「貴女が領地対抗戦にいらっしゃった姿を拝見したことがございませんけれど、ローゼマイン様と面識がございましたの?」


 探るようなダンケルフェルガーの第一夫人の声に彼女がニコリと微笑んだ。


「えぇ、娘のレティーツィアがフェルディナンド様から教育を受け、ローゼマイン様からも心配りをいただいているのです。こちらでゆっくりとお話しさせてくださいませ、アウブ・エーレンフェスト。海の上の国境門が一望できるのですよ」

「開門している国境門を見るのは初めてです」


 私はダンケルフェルガーの領主夫妻から逃れ、彼女に導かれるままテラスへ出る。日差しが痛いほどに熱く、青い海が遠くに広がっている。白い船が動く中、国境門に向かっている黒くて細長い船が見えた。


「わたくし達も親族と言えば、親族ですもの。今後はぜひ交流を持ちたいものですね」


 アーレンスバッハの領主一族だったガブリエーレが私の祖母で、姉のゲオルギーネが第三夫人としてアーレンスバッハに嫁いで第一夫人に成り上がった。そのため、私はギーゼルフリートの親族の立ち位置になる。


 ……全く親族という感じはしないが……。


「わたくし達夫婦は卒業式にアウブから緊急で貴族院に呼び出されて、レティーツィアのために魔術具に声を吹き込んでほしいと言われたのです。とても驚いたのですけれど、魔術具を持ってきたゼルギウスから色々と話を聞いて、本当に感謝しているのです」


 ……そういえば、領地対抗戦の夜に録音の魔術具をいくつも作らされたとフェルディナンドが言っていたな。


 ローゼマインの小言が吹き込まれた紺色シュミルのぬいぐるみの印象が強すぎて、他の使い道をすっかり忘れていた。レティーツィア様に両親の声を届けるためにローゼマインが録音の魔術具を融通したことは初めて知った。


「ローゼマインは私と養子縁組しているためか、本当の家族との繋がりを殊更大事にするのです。レティーツィア様にも本当の両親との繋がりを大事にしてほしいと思ったのでしょう」


 ……そういうことは報告しておけ、あの馬鹿者どもが!


 フェルディナンドとローゼマインの両方を心の中で叱り飛ばしながら、私は無難な返答に止めておく。深入りはしない。ドレヴァンヒェルも大領地なので、何だかんだローゼマインと繋がりを求めてくる面倒な相手だ。


「私にはここの日差しは少し強すぎるようです」


 開放的なテラスだが、ドレヴァンヒェルに絡め取られそうな気配を感じて私は早々に室内に戻った。


「お久し振りですね、ジルヴェスター。貴方、ずいぶんと大領地の方々と親しくなったのですね」

「私ではありません、コンスタンツェ姉上。ローゼマインです」


 待合室に戻るとフレーベルタークの領主夫妻に声をかけられ、私は足早にそこへ向かった。

 見知った顔に安堵の息を吐く。ようやく自分の実姉とフロレンツィアの実兄であるフレーベルタークの領主夫妻のところへ逃げ込めた。


「フロレンツィアの様子はどうですか?」

「順調です。ただ、馬車での長旅は負担が大きいので、今回は留守番をしています。できるだけ安静にしていてほしいのですが、すぐに動こうとするので側近達と止めるのが大変です」


 シャルロッテには任せられないのか動ける内に片付けておきたい仕事が多いと言うし、グレッシェルのエントヴィッケルンにも関わろうとするし、周囲で見ている者はヒヤヒヤする。フロレンツィアの様子を伝えると、彼女の兄がおかしそうに笑った。


「領主会議で第二夫人を娶ると聞いて少し心配していたのだが、変わりないようで何よりだ」

「領主会議でも説明したように、ブリュンヒルデは……」


 私が説明しようとしたところで、待合室の扉が開いた。皆がそちらに注目し、姿勢を正す。


「これから順番にご入場いただきます」


 儀式の会場へと誘導が始まった。下位領地から入場し、最後に王族を迎え入れることになる。フレーベルタークは比較的早く呼ばれるので、姉夫婦は側近達と扉へ向かって移動し始めた。貴族院からの慣習で、領地ごとの移動が始まると何となく他領の者との会話を終えて領地ごとに固まるようになっている。


「挨拶だけでも大変だったな」


 護衛騎士として同行しているカルステッドの苦笑が混じった労いに、私は思わずにらみ返した。


「誰の娘のせいだと思っている?」

「其方の養女のせいだな」


 まったく、ローゼマインのせいで葬儀が始まる前からぐったりだ。葬儀の間は少し休憩しよう。


 まさかその葬儀で騒動が起こるなど、この時の私は全く考えていなかった。



「Q&Aの回答に疲れたので、無性にストーリーを書きたくなったので没ネタを拾ってみた。特に何か考えていたわけではない」

衝動的な犯行だと犯人は繰り返し供述しており、今後は計画的なお仕事が求められています……。

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