エーファ視点 側仕えとの初対面
時間軸は第二部の初め。
アニメのDVD用に考えていたけれど、デリア視点を採用したのでボツにしたネタです。
マインの送り迎えをすることになったフランやギルとエーファの初対面。
「ただいま、母さん」
井戸の広場で水を汲んでいると、背後から娘の声が聞こえた。神殿から戻ってきたようだ。わたしは水の入った桶を持って振り返った。予想通り、マインとルッツがいる。
「おかえり、マイン、ルッツ。……どちらさま?」
二人は見知らない人と一緒だった。ルッツと同じくらいの少年とまだ若い成人男性だ。二人とも着ている服の仕立てや姿勢が良く、落ち着かない様子で周囲を見回している様子から、この辺りの住人ではないとわかる。多分ギルベルタ商会がある富裕層の人達だと思う。
……まさか、また……?
マインが街中でいきなり倒れたとギルベルタ商会のお仕着せを身につけたダプラに抱き上げられて帰ってきた時のことを思い出した。コリンナ様にも迷惑をかけたと聞いて、目の前が暗くなったものだ。
「マイン、今度は何をしたの?」
「何もしてないよ。いきなり疑うなんて、母さん、ひどい!」
ひどいと言われても、こんなにキチッとした恰好の人が貧民街へ足を運ばざるを得ないようなことをしでかしたのは間違いない。わたしはルッツへ視線を向ける。ルッツはぷんすか怒っているマインに「日頃の行いが悪いんだよ」と言った後、わたしに向き直る。
「エーファおばさん、大丈夫だ。今日のところは何もしてないから」
「あら、そうなの?」
「母さんはルッツばっかり信用するんだから」
文句を言っているマインを放っておいて、わたしはルッツと話を進める。
「だったら、この二人は……?」
「紹介しようと思って連れてきたんだ。これから送り迎えしてもらうことも増えるからさ」
「一旦ウチへ入らない?」
ご近所の目を警戒するようにマインが周囲を見回す。物珍しそうにこちらを見ている視線に気付き、わたしは頷いた。マインの送り迎えをするということは神殿の関係者なのだろう。外で大っぴらに説明できることではない。
家に入ると、二人は少し強張った顔で物珍しそうに家の中を見回した。少年は好奇心の方が強そうだけれど、成人男性はやや顰め面で何となく嫌そうに見える。綺麗な神殿とは大違いの我が家だ。二人にとっては不愉快に思えても仕方がないと思う。
……「送り迎えをしてもらう」って言ってたけど、家じゃなくて井戸の広場までにしてもらった方がお互いに嫌な思いをしないかもしれないわね。
神殿から来た人達をどのようにもてなせばよいのかわからなくて困っていると、マインは全く何も気にしていない様子でわたしに二人の紹介を始めた。
「青色巫女見習いには側仕えが付けられるって神官長が言ってたでしょ? この二人がそうなの。フランとギルだよ」
「フランと申します。こちらがギルです。どうぞよろしくお願いします」
いきなり二人が跪いて胸の前で手を交差させる。わたしはぎょっとして思わず一歩後ろへ引いた。一体何が起こるのかわからなくて警戒してしまい、マインの肩を引いて背に隠した。
「母さん、大丈夫だから。えーと、敬意を示してるだけ」
マインが「あちゃ~」と額を押さえながらわたしの後ろから出てくると、跪いたままの二人の肩を軽く叩く。
「フラン、ギル。お願いだから、ウチでそんなことをしないで。母さんが驚くから」
「しかし……」
「いいから。下町のやり方に合わせてちょうだい」
フランは何か言いたそうにしていたが、マインが止めた途端、「かしこまりました」と言って立ち上がった。わたしは少しだけ胸を撫で下ろす。いくら敬意を示す態度だと言われても、我が家で跪かれたらその綺麗な服が汚れるのではないかと気が気ではないのだ。
……ほら、ズボンの膝が白くなってる。
「あのね、母さん。フランは神官長の命令で、秋までにわたしの体調管理ができるようにならないとダメなの」
「それに、おばさんが前に心配してたように、オレ、仕事によってはマインを神殿まで送り迎えできるかどうかわからないこともあると思う。そういう時に代わりをしてくれることになったんだ」
ルッツが申し訳なさそうな顔になった。神殿は遠い。いくらマインの調子が良さそうでも、途中で気分が悪くなる可能性もある。一人では出歩かせられない。わざわざ側仕えを二人も付けてくれるなんて、神官長は神殿で話し合った通り、マインのために最大限の配慮をしてくれている。
「あのさ、神殿の監視に見えるかもしれないけど、二人とも悪い奴じゃない。信用してほしいんだ。それに、ご近所の目があるから、神殿の側仕えじゃなくてギルベルタ商会の関係者ってことにするつもりだから、話を合わせてくれると助かる」
「マインのために色々と考えてくれてありがとう、ルッツ。でも、ルッツはルッツの仕事を一生懸命にするべきなの。無理してマインの世話をしてなくても良いのよ」
神殿への行き帰りや体調管理は家族のわたし達や神殿側がすることだ。これ以上ルッツの手を借りてはならない。わたしがそう言うと、ルッツは首を横に振った。
「いや、オレはマインから離れるなって旦那様にも言われてるから、面倒を見るのは仕事の一環でもあるんだ。その、多分、取り上げられる方が困る……」
ルッツによると、ギルベルタ商会のベンノさんはマインの作り出す商品をかなり重視しているらしい。そのため、ルッツとマインの関係はできるだけ強固にしておきたいと考えているそうだ。
……そういえば、コリンナ様のお宅ですごい取り引きをしていたわね。
背筋が凍るような金額が行き交っていたことを思い出し、わたしは商人の世界について口を挟むのを止める。ルッツがマインの面倒を見てくれて助かるのは間違いない。
「わかったわ。ルッツと二人に任せるから、これからもよろしくね」
ホッとしたようにルッツが笑ってフランとギルを振り返った。二人も強張った表情が柔らかくなる。「よかった」と言い合っている姿は、嫌な仕事を押しつけられた雰囲気ではない。
……あら?
どうやら二人は神殿と違う我が家の様子に顔を顰めていたのではなく、初めての場所やわたしが受け入れるかどうかわからなくて緊張していただけのようだ。
……穿った見方をしていたのはわたしだったみたいね。
悪い奴じゃないから信用してほしいと言ったルッツの言葉を思い出し、わたしはマインと明日以降の予定について話をしているフランとギルを、今までより好意的な目で見てみる。綺麗な恰好に丁寧な言葉遣いと柔らかい物腰。 二人が出入りするならば、しばらくはご近所の注目の的になることは間違いない。
……明日はきっと質問攻めね。
ボツにしたSSにも需要があるようなので。
短編集に書き下ろしSSとして入れることも考えましたが、アンケートの結果、SS置き場へ先にUPしてほしいという意見が圧倒的に多かったので。