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ローゼマイン視点 定時報告

「ハンネローレの貴族院五年生」の第7話と第8話の間

 アレキサンドリア寮にある自室の長椅子で、わたしは水色の大きいシュミル型魔術具を膝に抱えて向き合っていた。今は七の鐘が鳴った後、定時報告の時間である。


「この馬鹿者。ダンケルフェルガーと緊急のお茶会だと?」


 ディナンから聞こえてくるのはフェルディナンドの声だ。この時間は可愛い魔術具がとてもお説教くさくなって、あまり可愛く思えなくなる。声が変わるだけでここまで可愛さが変わるなんて、何とも不思議だ。


 ……ちょっとカラフルでファンシーな電話? うーん、電話には一歩届かないんだよね。


 ディナンは手を繋ぐようにして魔石に触れている間しか声を送れないし、自分が送っている間は相手の声が聞こえない一方通行なので、電話と呼ぶにはちょっと機能が足りない。


 実は貴族院に来る前に「また不測の事態が起こるのではないか」とフェルディナンドがあまりにも気を揉んでいた。そのため、わたしは少しでも安心させるために「いざとなったらツェントにお願いして、領地間の緊急連絡用の魔術具を貸してもらって連絡いたしますよ」と胸を張ったのだ。そうしたら、何故か貴族院に連れて行けるように作成中の魔術具に通信機能が付いた。わけがわからない。


 ……旧アーレンスバッハをアレキサンドリアに変えていかなきゃならなくて、馬鹿みたいに忙しいっていうのにフェルディナンド様ったら一体何をしてるんだろうね?


「君はこの大変な時期に一体何を考えてダンケルフェルガーからの突然のお茶会を受けたのだ? 勝手な許諾をするのではない。マイン」


 フェルディナンドが「マイン」と言っているが、これは別にわたしの以前の名前を呼んでいるわけではない。魔術具に付属している特殊な機能を使用する時に使う呪文のようなものである。今回は通話機能を終了させている合図で、同時に、わたしの返事を要求している合図ともいえる。ちなみに、わたしがディナンの機能を使用する時は「ディーノ」と言う。


「だ、だって……。ハンネローレ様が急ぎの相談があるとおっしゃったのですよ。お友達の相談はできる限り乗ってあげたいではありませんか。ディーノ」


 ハンネローレはフェルディナンドの救出を願ったわたしを助けてくれたのだ。だから、ハンネローレが困っているならば、今度はわたしが助ける番である。何より、大事なお友達に頼られているのだ。断るという選択肢はない。


「彼女が君に助けを求めるということは、ダンケルフェルガーで手に負えないことが発生しているかもしれないのだ。そこに君が首を突っ込むと、領地間の関係が面倒なことになる可能性が非常に高いと言わざるを得ない。マイン」

「お友達の相談を無視するなんてできません! 面倒でも何でもハンネローレ様のためでしたら、わたくし、できる限りは助力しますよ。ディーノ」


 わたしが鼻息荒くそう言うと、フェルディナンドはわざわざ通話状態にした上で、周囲にも聞こえそうなくらいに大きな溜息を吐いた。


「できる限りの範囲は、君にできる限り何でも、ではなく、アウブ・アレキサンドリアとして可能な範囲だ。今のアレキサンドリアが不利益を被るような事態にアウブである君が首を突っ込むのは非常に困る。友人だからと君が個人的に引き受けたことでも、周囲からは異なって見える可能性は高い。元王族の領地などが、自分達の方が上位だから問題あるまい、とダンケルフェルガーを真似て面倒事を押しつけてくる可能性がないわけではない。君の言動がアレキサンドリアの領民全ての生活を左右することになるという自覚は持つように。マイン」


 ぎゅうっと水色のシュミルを抱きしめながら、わたしは唇を尖らせた。フェルディナンドの言い分は正論すぎて反論できない。フェルディナンドの言う通りだと思う。アウブになったわたしは気軽にハンネローネに協力してはならないのだろう。それでも、わかっていても、友人を助けることさえできないというのは納得できない。


「それは……。わかっていますよ。領地間で色々と問題が起こるかもって……。でも、やっぱり、できる限りは……」


 ただの我儘だということも、この後でお説教がずらずらと出てくることもわかり切っている。段々と声が小さくなっていくし、通話の主導権をフェルディナンドに渡せないまま、しばらくの沈黙が続いた。


「……領地には関係のない部分でハンネローレ様のために何かできることがあると思います! わたくし、それを諦めることはできません! ディーノ」


  これ以上引き延ばせないと判断したところで、わたしは自分の気持ちをバーンと主張して通話機能を切る。


「君が貴族院で問題を起こした場合、誰が一番負担を負うと思っている? マイン」


 予想通りに呆れに苛立ちの混じったような冷ややかな声がディナンから響いてきた。お小言が続くことに確信を持ちながら、わたしは「……フェルディナンド様です。ディーノ」と答える。けれど、そこに続いたのはお小言ではなかった。


「私の健康を最優先にしろ、と言ったのは? マイン」

「わたくしです。ディーノ」

「ならば、君が最も優先すべきは? マイン」

「……フェルディナンド様……ですよね? ディーノ」


 質問の意図がつかめなくて首を傾げつつ、会話の流れに合わせてわたしが答えていると、フェルディナンドは満足そうに「わかっているならばよろしい」と言った。


 ……何が「よろしい」んだろうね? ちっとも意味がわからないよ。ハンネローレを助ける許可が出るわけがないのだから全くよろしくないのに。


 心の中で不満を述べていると、フェルディナンドは「ハァ」と非常に面倒臭そうな息を吐いた。


「……とりあえず、お茶会では助力に関して絶対に明確な返答を避けて、何に関しても持ち帰って話し合うという姿勢を崩さぬようにしなさい。それから、リーゼレータかグレーティアに協力を要請し、お茶会ではディナンの録音機能を起動しておくように。……以上の条件を満たした上で、アレキサンドリアに影響がないと判断できれば、私にできる限り協力しよう。マイン」

「よろしいのですか!? ありがとう存じます! ディーノ。……リーゼレータ、フェルディナンド様から許可が出ました!」


  まさかお説教なしに許可が出るとは思わなかった。このくらいの条件ならば問題ない。わたしは満面の笑みで長椅子に座ってディナンを抱き締めたまま、側に控えていたリーゼレータを見上げる。リーゼレータは柔らかく微笑んでわたしを見た。


「きっと目の届かないところでローゼマイン様の思うままに行動されるよりは、少しでも行動を把握しておきたいとお考えなのだと思いますよ。いくら周囲から反対されたところでローゼマイン様がご自分にとって大切な方を諦めないことは、フェルディナンド様が一番よくご存知でしょうから」


 リーゼレータがクスクス笑っているところに、ディナンから不機嫌そうなフェルディナンドの声が追い打ちをかけてくる。


「君に勝手な行動をされるより、できる限り把握しておける方が少しは後始末は楽になるからな。マイン」


 ……リーゼレータが言った通りのこと、言ってる! ふんぬぅ!


 相変わらず信用がないようだ。わたしはむぅっと唇を尖らせてディナンを睨む。けれど、水色のシュミルはクリクリとした金色の目でただわたしを見ているだけだ。通話中なのでディナンは何の反応もしない。


「……わたくし、別に後始末が必要なことをするつもりなんて全くございませんよ。ディーノ」

「それが現実であってほしいと切実に願っている」


 絶対にそうはならないだろうと確信を抱いているようなフェルディナンドの声に、わたしの方がやや不安を感じてしまう。でも、忙しいフェルディナンドを巻き込むつもりはないのだ。わたしもやればできるというところを見せなければならないだろう。

 わたしが決意してグッと拳を握っていると、フェルディナンドからおやすみの挨拶が聴こえた。


「……もう遅い。今夜はそろそろ休みなさい。シュラートラウムの祝福と共に良き眠りが訪れるように。マイン」


 その声が予想外に優しくて、わたしは通話終了の声だとわかっていても、自分が呼ばれているように感じてしまった。まるで下町の家族といるような安心感をフェルディナンドから感じて、こそばゆいような恥ずかしいような気分になる。


「フェルディナンド様もできるだけ早く休んでくださいませ。シュラートラウムの祝福と共に良き眠りが訪れますように……。また明日、七の鐘が鳴ったら、お話をいたしましょうね。ディーノ」


 次にお忍びで下町へ行った時はフェルディナンドのことを「ディーノ」と呼んでみるのはどうだろうか。少しはわたしの気恥ずかしさが伝わるかもしれない。そんなことを企みながら、わたしは今日の報告を終えた。

Twitterで呟いていた小ネタからのSS。

帰省中で環境がかなり違うので、空白が半角だったり、予測変換がおかしい部分もあると思います。

暑中見舞いのファンレターが届いたので、お返事代わりに。

暑い日が続きますが、ご自愛ください。

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