レティーツィア視点 平穏の終わり 後編
続きです。暗くて重いお話が苦手な方はご注意ください。
扉の前にフェルディナンド様の側近であるエックハルトとユストクスの二人が並んでいます。二人はエーレンフェストの上級貴族で、アウブ・アーレンスバッハと血縁関係にある上級貴族ではないため、たとえフェルディナンド様に最も信頼されている側近であっても魔力供給をしている間はアウブの執務室に入れません。その間、二人はいつもこうして扉の前で終わるのを待っています。アウブの執務室へ入れないのに、フェルディナンド様は二人に自室での待機を命じるわけではないようです。
……フェルディナンド様も少しくらい二人に休息の時間を与えても良いと思うのですけれど。
そんなことを思いながら執務室の中へ入ると、ゼルギウスやシュトラールのようにアーレンスバッハで付けられたフェルディナンド様の側近の姿がありました。この部屋の中にいるのは、馴染みのあるフェルディナンド様の側近と自分の側近のみです。ディートリンデ様もディートリンデ様の側近もいません。見回して少しホッとしてしまうことから考えても、わたくしは本当にディートリンデ様が苦手なのだと思います。
「シュトラール、フェルディナンド様はもう中ですか?」
「はい、先程入っていかれました。レティーツィア様の幼い体には負担の大きい魔力供給だと伺っていますが、ご健闘をお祈りいたします」
シュトラールに頷き、わたくしはフェアゼーレに「先程いただいた玩具をください」と手を差し出しました。フェアゼーレが躊躇い、周囲を見回します。
「レティーツィア様、それは何でしょう? 供給に必要な物ですか?」
咎めるような口調でそう言ったのはゼルギウスです。わたくしはフェアゼーレの手から銀の筒を取ってゼルギウスに見せると、できるだけ笑顔を浮かべました。
「フェルディナンド様にロスヴィータを探してもらうための交渉材料です。……まだ、ロスヴィータは生きているでしょう?」
「……この本館のどこかにいます。オルドナンツを飛ばしても鍵の閉まっているいくつもの部屋を通り抜けるせいで場所の特定ができませんが、生存だけはまだ……」
ロスヴィータからの返事がなくてもまだオルドナンツは飛び立ちます。ならば、どこかにいるロスヴィータを探すしかありません。けれど、わたくしは北の離れから出ることを許されていませんし、勝手に鍵を持ち出して開けることができないのです。ディートリンデ様に鍵を借りられるのは、ゲオルギーネ様かフェルディナンド様しかいらっしゃいません。
「ゲオルギーネ様がご不在の今、フェルディナンド様にお願いするしかないでしょう? これで取引を行うのです。わたくし、これを交渉材料にした時しかフェルディナンド様へのおねだりは成功していませんから」
「この玩具はなかなか興味深い仕組みだったとフェルディナンド様から伺っています」
ゼルギウスは「母上のために骨を折っていただいて嬉しく存じます」と両腕を交差して跪きますが、わたくしは首を横に振ってゼルギウスに立ち上がるように手で示しました。
「お礼など必要ありません。わたくしがロスヴィータを必要としているのですもの」
側近達に見送られ、わたくしは銀の筒を握って魔力供給の間へ入りました。魔力供給の間にはフェルディナンド様がいて、わたくしが扱う魔石の準備をしています。わたくしの足音に気付いたように振り返り、「レティーツィア様、始めましょう」と魔石を差し出しました。
「魔力供給の前にお願いがあります、フェルディナンド様。こちらと引き換えにロスヴィータを探すのを手伝っていただきたいのです」
わたくしはフェルディナンド様に銀の筒を差し出してお願いしました。けれど、フェルディナンド様はそれをしばらく見下ろし、静かに首を横に振りました。
「それは調べ終わりました。私にはもう必要ありません。それに……ロスヴィータのことは諦めた方がよろしいでしょう」
……え?
銀の筒が必要ないと言われたことにも驚きましたが、ロスヴィータを諦めろと言われたことが理解できませんでした。ロスヴィータはわたくしにとって家族同然で、フェルディナンド様にとってのローゼマイン様と同じくらいに大事な者だと知っているはずです。そんなに簡単に諦めろと言われるとは、これっぽっちも考えていませんでした。
「フェルディナンド様……。何と、おっしゃいました? わたくし、よく聞こえなかったようです」
わたくしは目を見開いてフェルディナンド様を見つめました。何かの間違いであってほしいと願いました。けれど、フェルディナンド様は真顔で繰り返したのです。銀の筒は必要ないし、ロスヴィータのことは諦めろ、と。
「……そんな……。そのようなことはできません。お願いします、フェルディナンド様! ロスヴィータを一緒に探してくださいませ。オルドナンツはまだ届くのです。ロスヴィータは本館のどこかにいます。このまま諦めるなんて、わたくし……。ロスヴィータはゼルギウスの母親です。お願いですから……」
フェルディナンド様にとってロスヴィータは側近の家族でもあるのです。
「鍵の閉まっている部屋が集まっている辺りへオルドナンツが飛び込み、正確な場所は確定していない、とゼルギウスから報告を受けています。残念ながら、私には鍵を開ける権限がありません。それに、鍵を開けられる人物がロスヴィータに危害を加えることを選択した以上、ロスヴィータを救おうとすること自体が何らかの罠になる可能性が高いと思われます」
これ以上、周囲に被害を広げないためにもロスヴィータのことは諦めるように、とフェルディナンド様は冷ややかな無表情で言いました。ロスヴィータを助けたい。ロスヴィータを諦めたくない。そんなわたくしの気持ちを真っ向から切り捨てられ、目の前が真っ暗になります。
……ロスヴィータ!
きつく目を閉じてきつく歯を食いしばると、レオンツィオ様にいただいた甘いお菓子の味が口の中にはまだ残っていました。その味と共に「これを使ってフェルディナンド様に相談してみてはいかがですか?」とおっしゃった言葉が蘇ります。
……これを使って相談すれば……?
レオンツィオ様の声が何度も何度も頭の中で響き始めました。頭の芯がくらりと揺れるような心地がします。
……フェルディナンド様はこちらを使うとお願いを聞いてくれる……? あぁ、そうでした。使わなければお願いを聞いていただけないのでしたね。
ぼんやりとした心地でわたくしは銀の筒を握って、フェルディナンド様を見上げました。冷ややかな美貌で静かにこちらを見下ろしていたフェルディナンド様が魔石をわたくしに差し出しています。
「レティーツィア様が落ち着いたのでしたら、魔力供給を始めましょう。それは必要ないので、あちらに置いておきます」
そう言いながらわたくしに魔石を渡し、代わりに銀の筒を取ろうとしました。いけません。これを取られると、フェルディナンド様はお願いを聞いてくれなくてロスヴィータを助けられなくなってしまいます。わたくしは急いで紐を引きました。
「お願いです、フェルディナンド様。ロスヴィータを助けるためにお手伝いしてくださいませ!」
銀の筒から飛び出したのは見慣れた花弁でもキラキラでもありませんでした。白い粉のような物が舞い上がります。
……何でしょうか、これは?
空気に交じるように舞い散る白い粉を眺めていると、顔をしかめてマントで口元を覆ったフェルディナンド様が、「吸い込むな!」とわたくしを力一杯突き飛ばしました。
「きゃっ!?」
あまりにも突然すぎた乱暴な行動に、わたくしが後ろに飛ばされて尻もちをついた瞬間、フェルディナンド様の胸元で、衣装の中にある何かが突然強い光を放ちました。
「ローゼマイン」
……え?
痛みを忘れてわたくしが虹色の光を見るのと、フェルディナンド様が苦しそうに顔を歪め、光を放っている胸元を押さえながらローゼマイン様の名を呼ぶのはほぼ同時でした。何故ここでローゼマイン様のお名前が出たのかわかりません。ですが、フェルディナンド様がローゼマイン様の名を呼ぶと、胸元の光が量を増して虹色の柱のように立ち上ります。
……これは、何ですか?
フェルディナンド様を虹色の光に包むと、供給の間全体にその光が広がり始めました。呆然としていたわたくしも光に包まれます。すると、何故か急に視界が晴れたように頭がすっきりとしたのです。
「フェルディナンド様!?」
ロスヴィータを助けてほしいとお願いしたら、フェルディナンド様が呻き、突き飛ばされて、虹色の光の柱が立ち上り、頭がすっきりしました。一体何が起こっているのかわかりません。ただ、ひどくフェルディナンド様が苦しそうなことだけはわかりました。
「フェルディナンド様!」
咳き込みながら膝をついたフェルディナンド様に駆け寄ると、フェルディナンド様は腰の薬入れから何かを取り出して口に放り込み、金属製の小さな籠を外しました。籠を持つ手が小刻みに震えていて、額にはびっしりと汗が浮かんでいます。明らかな異常事態だとわかっていてもどうすればよいのかわからなくて、わたくしは助けてくれそうな者を探して周囲を見回します。
「これを、ユストクスに……行け、と伝え……」
咳き込む合間に、途切れ途切れの言葉が出てきました。こちらを見る薄い金色の瞳からは全く余裕のないことが伝わってきます。
「早く」
フェルディナンド様が最も信頼する側近に伝えれば何か状況がわかるのかもしれません。苦しそうな呼吸の中で急かされたわたくしは籠を受け取ると、踵を返して走りました。
……何が起こっているのですか? 何故フェルディナンド様が苦しがっているのでしょう? あの虹色の光は何なのでしょう? 誰か教えてくださいませ!
わたくしには理解できないことが起こっています。わけがわからなくて心臓が大きな音を立てているのを感じながら、わたくしは供給の間から飛び出しました。
「レティーツィア様!?」
「魔力供給は終わられたのですか!?」
魔力供給を終えるにはまだ早いというのに、一人で出てきたわたくしの姿に側近達が驚きの声を上げました。彼等に答える時間さえ惜しく感じられ、わたくしは執務室の扉を守る護衛騎士達に扉を開けるように命じます。
「扉を開けてくださいませ。急ぐのです」
膝が震えてもつれそうになる足をできるだけ早く動かして扉を開けると、外で待機していたユストクスとエックハルトがバッとこちらを振り向きました。わたくしは二人の顔を見比べて、馴染みのあるユストクスに向かってフェルディナンド様から預かった籠を差し出します。
「フェルディナンド様が……行け、と……」
さっと顔色を変えた二人が籠を見つめ、ユストクスは奪い取るようにしてわたくしの手のひらから籠を取りました。籠を食い入るように見つめているユストクスの唇が「フェルディナンド様」という形に動きます。次の瞬間、青い目を見開いたままのエックハルトが籠からわたくしに視線を移しました。
「其方、フェルディナンド様に一体何をした?」
「ひっ……」
普通の顔に見えるのに異様に光っている青い目と、静かなのに普段より数段低くなっている声からもエックハルトがわたくしを敵と認識しているのが伝わってきます。ほんの一瞬で殺されそうな圧迫感と恐怖で声が出せません。ゆらりと体を揺らし、エックハルトが腕を挙げました。
「エックハルト、レティーツィア様に何をする気ですか!?」
「事情聴取だ。領主一族以外に何人たりとも入れぬ供給の間でフェルディナンド様に何をしたのか、問い質さねばならぬ。犯人はレティーツィア様しかおらぬではないか」
「レティーツィア様が何をしたと言うのか!? 意味がわからぬ! 其方は一体何を言っている!?」
エックハルトに気圧されて怖気づいているわたくしを背に庇い、護衛騎士達がエックハルトに武器を向けます。エックハルトが対抗するようにシュタープを出した途端、ユストクスがエックハルトの首元をつかんで怒鳴りました。
「事情聴取よりフェルディナンド様の命令が最優先だ、エックハルト! フェルディナンド様は何とおっしゃった!?」
「……行け、と」
「ならば、行くぞ」
血の気の引いた青白い顔になっているユストクスがわたくしとアウブの執務室を一睨みして踵を返しました。歯を食いしばったエックハルトがシュタープを消してユストクスを追いかけます。二人は「行け」だけで何をしなければならないのかわかっているようですが、同じ側近でもフェルディナンド様から指示を受けていないのか、シュトラールとゼルギウスは「一体どこへ行く気だ?」「何の言葉があったのだ?」と顔を見合わせました。
「ゼルギウス、シュトラール。あの二人を捕まえてください。レティーツィア様に突然乱暴を働いた意図を問い、フェルディナンド様からどのようなお言葉を得ていたのか尋ねなければ……」
わたくしの護衛騎士の言葉に頷いたシュトラールとゼルギウスがユストクス達を追いかけていきます。
「レティーツィア様、一体何があったのですか? フェルディナンド様はどうされていらっしゃるのでしょう?」
フェアゼーレの言葉に、わたくしは口をわずかに開きました。けれど、何と言えばいいのかわかりません。「領主一族以外に何人たりとも入れぬ供給の間でフェルディナンド様に何をしたのか」や「犯人はレティーツィア様しかおらぬではないか」というエックハルトの言葉が頭の中で響いています。
……わたくしが犯人?
必死に頭を整理します。ロスヴィータを助けてほしいとお願いするために銀の筒を使いました。けれど、わたくしは何ともありません。フェルディナンド様が突然苦しみ出した理由が銀色の筒とは限らないのです。
「……供給の間からフェルディナンド様がまだ出てきていません。わたくしは様子を見るためにも供給の間へ戻ります」
わたくしがアウブの執務室へ入ったところで、複数の足音が近付いてきました。
「ひどい騒ぎになっていてよ」
「ディートリンデ様、何故こちらに?」
「今はフェルディナンド様とレティーツィア様が魔力供給をしているので……」
わたくしの護衛騎士達はディートリンデ様が近付くのを防ごうと扉の前に立ち塞がり、わたくしを守るように手で示します。側近達に周囲を囲まれ、わたくしは供給の間と執務室の扉を見比べました。逃げ道がありません。
「嘘おっしゃい。フェルディナンド様の側近が慌てた様子でどこかへ向かいましたし、レティーツィアもそこにいるではありませんか」
ディートリンデ様はそう言いながら、自分の側近とレオンツィオ様と銀色の衣装で身を固めたランツェナーヴェの者達を連れてアウブの執務室へ入ってきました。ディートリンデ様の隣で爽やかな笑顔を浮かべているレオンツィオ様の手にはあの銀色の筒があります。
「レティーツィア様、フェルディナンド様にお願いしたのでしょう?」
レオンツィオ様がフッと笑いながら見せつけるように手の中でもてあそんでいる銀色の筒を見た瞬間、わたくしは自分がはめられたことを瞬時に理解しました。わたくしには効果がなかったけれど、フェルディナンド様が苦しんだ原因がそれなのだ、と。
「レオンツィオ様、貴方は何ということを……」
「ディートリンデ様、お聞きの通りです。レティーツィア様がフェルディナンド様を害したようです。魔石の回収をお願いしてもよろしいでしょうか?」
何という不吉なことを言うのでしょう。わたくしが思わず目を見開く中、レオンツィオ様はディートリンデ様を供給の間へエスコートします。
「ディートリンデ様に魔石の回収をお願いするのは心苦しいのですが、どうかよろしくお願いいたします。我々の未来のために……」
「まぁ、レオンツィオ様は心配性ですこと。わたくしは大丈夫です。レオンツィオ様にいただいた物もございますし、次期ツェントですから。……貴方達、レティーツィアを捕らえなさい。王命によって定められた次期アウブの婚約者を害した罪で」
クスクスと笑いながらディートリンデ様は魔力供給の間に登録の石をはめ込んで入っていきます。中ではわたくしが使った銀の筒のせいでフェルディナンド様が苦しんでいるでしょう。フェルディナンド様を助けなければ、とわたくしはディートリンデ様を追いかけようとしました。
「ディートリンデ様のご命令だ。レティーツィア様を捕らえろ!」
「勝手なことを言うな! レティーツィア様が一体何をしたと言うのか!?」
護衛騎士達がそれぞれに武器を出し、ランツェナーヴェの者達も銀色の武器を出して睨み合います。レオンツィオ様が微笑んだまま、口を開きました。
「王命によって定められた教育係であるフェルディナンド様のあまりの厳しさに不満を抱いたレティーツィア様は、二人だけになることができる供給の間を利用してフェルディナンド様を殺害しました」
「違います。わたくし、フェルディナンド様に不満など……」
「レティーツィア様の不満や不安をランツェナーヴェの館やお茶会で私は何度も耳にしました。どれほどお願いしても課題を減らしてもくれないのだ、と」
ニコリと微笑みながらレオンツィオ様の言葉に、ディートリンデ様の側近達が口々に同意しました。わたくしを守るように抱きしめているフェアゼーレも何が起こっているのか理解できないように、真っ青になっています。
「ふざけるな。レティーツィア様が一体どのようにしてフェルディナンド様を害するというのだ?」
「レティーツィア様はフェルディナンド様を殺害したのです。……こうして」
ニコリとした笑顔を浮かべたまま、レオンツィオ様はアウブの執務室で銀色の筒の紐を引きました。先程の銀の筒と同じように白い粉が部屋の中に舞います。ゴト、ゴトン! と音を立てて、いくつもの魔石が床に落ちて転がりました。
「ひっ!?」
ほんの一瞬で、アウブの執務室に残っているのはディートリンデ様の側近達とランツェナーヴェの者達、それから、わたくしとフェアゼーレだけになりました。苦しんでいたフェルディナンド様とは全く違う、あまりの光景に頭が真っ白です。ここに転がる魔石が自分の側近達だとわかっているのに、頭が理解するのを拒んでいるように動きません。まるで呼吸の仕方を忘れたように息が詰まり、耳の奥でキーンと高い音が鳴っています。
「レオンツィオ様ったらわたくしに嘘を吐くなんてひどい方……。フェルディナンド様は魔石になっていませんでしたよ。まだ魔石になるには時間がかかりそうです」
ディートリンデ様が供給の間から出てきて、頬に手を当てるとそっと息を吐きました。レオンツィオ様は「おや?」と不思議そうに目を瞬き、詳しく聞きたそうにしましたが、ディートリンデ様は軽く手を挙げてレオンツィオ様の言葉を遮りました。
わたくしの側近達の魔石がいくつも転がっている部屋の中、それらが目に入っていないような普段通りの笑顔でディートリンデ様がわたくしを見下ろしています。何故あの赤い唇は笑顔の形になっているのでしょうか。
「フェ、フェルディナンド様は……」
カチカチと歯が鳴って言葉になりません。そんなわたくしをディートリンデ様は愉しそうに見て、「亡くなりました。貴女が手を下したでしょう?」と言いました。膝から力が抜けました。とても立っていられず、その場にへたりこみました。わたくしはそうと知らぬまま、フェルディナンド様に毒を向けて殺害してしまったのです。
「レティーツィア、貴方はフェルディナンド様を害したところをわたくし達に発見され、処罰されるのです。王命によって定められた次期アウブの婚約者を殺害したのですもの。当然ですわよね?」
芝居がかった口調と表情で、わたくしがフェルディナンド様に何をしたのか、どういう筋書きだったのかを教えてくれます。わたくしはゲオルギーネ様が計画し、ディートリンデ様達が実行した筋書き通りに動いたそうです。
「処刑されて当然の罪ですけれど、次期ツェントになるわたくしの慈悲で命だけは救ってあげましょう。一生をランツェナーヴェで過ごしなさい。大丈夫よ、レティーツィア。寂しくはないわ。貴女の側近や側近達と仲の良い令嬢も一緒に連れて行ってもらいますからね。二度とわたくしの前に顔を見せなければ、命まで奪うことはしません。……さぁ、連れて行って」
ディートリンデ様が手を振ると、レオンツィオ様に付き従っていたランツェナーヴェの者達がわたくしとフェアゼーレを捕らえるために動き始めました。
「レティーツィア様、お逃げくださいませ!」
「フェアゼーレ!」
フェアゼーレがシュタープを出して抵抗します。けれど、フェアゼーレの攻撃はランツェナーヴェの者達には全く効きませんでした。シュタープの剣で刺されたにもかかわらず、顔色一つ変えずに手を伸ばしてきます。
たった二人のわたくし達に対して、ランツェナーヴェの者達は十名以上、ディートリンデ様の護衛騎士達が八名。逃げられるわけがありません。すぐに捕らえられ、わたくし達は縛り上げられました。
「邪魔者がいなくなりましたし、これでようやくグルトリスハイトを取りに行けそうですね。計画通りです、とお母様に連絡しなくては……」
ディートリンデ様が歌うようなリズムで楽しそうにそう言いながらアウブの執務室を出ます。他の者達もその後について出ます。わたくしとフェアゼーレも縛られたまま部屋を出されました。
「レティーツィア様、フェアゼーレ!?」
ユストクス達を追いかけていたはずのシュトラールとゼルギウスが戻ってきました。ユストクス達の姿はありません。
「二人に何をしているのですか、ディートリンデ様!?」
シュトラールとゼルギウスがすぐにシュタープを出しました。二人の構えは先程魔石にされてしまったわたくしの側近達とそっくり同じです。また同じことが繰り返されることがわかって、背筋が震えました。
「いけません、お父様! シュタープの攻撃は効きません!」
「この者達は人を一瞬で魔石に変える毒を使います! 逃げて! 皆を守って!」
黙れ、とランツェナーヴェの者達に殴られましたが、伝えることはできたようです。シュトラールとゼルギウスは即座に踵を返しました。
「シュトラールをこの場で片付けられたら楽でしたのに……。これからは余計な口を利かない方がよろしくてよ、レティーツィア。そうでなければ、悲しくなることが増えるだけになってしまうわ」
ディートリンデ様はわたくしを哀れむような、馬鹿にするような目で見ながら本館を歩いていきます。わたくしがあまり立ち入ったことがない辺りへ向かい、ディートリンデ様はある扉の鍵を開けました。何やらくぐもった声のような物が聞こえてきます。
……鍵の閉まっている扉がいくつもある辺り?
周囲を見回せば、普段はあまり使われていないような鍵の付いた扉が並んでいました。嫌な予感が胸に広がって、思わず扉を振り返ります。その時、ディートリンデ様とレオンツィオ様が入っていった部屋から聞こえていた声がピタリと止まりました。辺りが突然シンとしたために、ドコンドコンと自分の心臓が暴れる音が殊更に大きく響き、手足の先が冷たくなってきました。
「レティーツィアはロスヴィータを探してほしいとフェルディナンド様にお願いしたのでしょう? 本当に従者思いですこと」
部屋から出てきたディートリンデ様が赤い唇を吊り上げてそう言いました。蒼白になったわたくしの足元に、レオンツィオ様がゴトンと音を立てて複雑な色合いの魔石を転がします。
「ロスヴィータはこうしなければうるさくて……とてもランツェナーヴェへ連れて行けません。フェルディナンド様を害するほど必死に探していたのです。一緒に行きたいでしょう? ランツェナーヴェはロスヴィータも歓迎しますよ、レティーツィア様」
「あ……あ……」
ひくりと喉が引きつり、頭の中が真っ赤に焼けつくように感じる中、わたくしはもう貴族らしさを取り繕うことなどできませんでした。
「いやああぁぁ!! ロスヴィータ!!」
わたくしの意識はそこで途切れました。
レティーツィアが救われるのは本編で。
かなり長くなったため、中編と後編にするか、ものすごく悩みました。