エックハルト視点 ローゼマインが不在の冬 前編
じじさまによってすっ飛ばされた貴族院四年生の領地対抗戦を中心にした時間軸です。
エーレンフェストとの共同研究に関するライムントの手紙がフェルディナンド様の手元に届いたのは、貴族院が始まって十日たった午後のことだった。貴族院からの手紙は本館の執務室に届けられる。フェルディナンド様はすでに封が切られて検閲を受けている手紙を手に取って目を通し始めた。
「ライムントはローゼマインの側近であるミュリエラという文官見習いと共に転移陣の更なる改良の研究をしたいようだ。あちらはエーレンフェストの各地で印刷された本をできる限り早く城に届けられるようにするため、ライムントは下級貴族でも楽に使える転移陣の作成をするためか……」
疚しいことがないことが周囲の文官達にもわかるように、フェルディナンド様はライムントの手紙の要点を声に出していく。エーレンフェスト側の用途を考えれば、ローゼマインが言い出した研究であることは明らかだ。
……本をできる限り早く届けるためだと? ローゼマインは相変わらず自分のために周囲を使いまくっているな。
本を欲するあまりに暴走を繰り返す妹の姿を思い出し、私は軽く目を閉じた。貧民だった兵士の娘が大店の商人を動かし、神殿を改革し、エーレンフェストの貴族達を動かし、貴族院で大暴れしているのだ。
ローゼマインの過去を知っている私にはどんどんと影響を及ぼす規模が大きくなっていることが少々面白く思える。今となってはローゼマインが元々は平民だったと言ったところで誰も信用しないだろう。
「ライムントが作っていた転移陣はすでにあるでしょう? これ以上の魔力の節約ができるのですか?」
「実現すれば今年もアーレンスバッハが表彰されるのではありませんか?」
ライムントからの報告と相談を受けたフェルディナンド様がこめかみを軽く叩きながら返事を書き始めたのを見て、執務中の文官達が感心したような声を出した。
フェルディナンド様の助言により、昨年のライムントはローゼマインと共に表彰されている。今年も同じように表彰されるのでは、と期待が集まるのも当然だろう。アーレンスバッハは大領地だが、学生達の成績はそれほど良くない。別に悪くもないのだが、今のエーレンフェストとは比べ物にならない。表彰されるほど成績が良い者は全学年合わせても片手で足りるくらいだ。
「……ライムントにいくつか助言をする。表彰されるか否かはわからぬが、魔力を節約した転移陣は実現するであろう」
「おぉ……。手紙を読んだだけで助言できるということは、以前の転移陣ができた時点でフェルディナンド様には改良点が見えていらっしゃったということですか」
文官達に適当に頷きながらフェルディナンド様は返事を書きあげて、貴族院へ送るように命じながら文官の一人に渡す。文官は返事の内容を確認した上で封をして、退室していった。
「……姫様の研究だから、ですよね?」
「何の話だ、ユストクス?」
七の鐘が鳴って就寝の準備を始めたユストクスの苦笑混じりの小声に、部屋の長椅子で寛ぎながらライムントからの手紙を読み直していたフェルディナンド様が顔をしかめる。西の離れに自室を得たことと、周囲に味方が増えたことで我々は少し気安く話ができる時間が増えた。もちろん盗聴防止の魔術具を使っているが、監視の目は去年より確実に緩んでいる。
「ライムント個人の研究であれば、あのような助言をしなかったのではないかと思っただけです。春から秋の間は研究成果を評価したり、課題を出したりするだけで具体的な助言はなかったでしょう?」
「……これからもエーレンフェストに置いてきた素材をローゼマインに送ってもらうため、それから、領地対抗戦でレシピを安価に譲ってもらうためにした助言だ。根回しは必要であろう」
フンと鼻を鳴らしながらフェルディナンド様は当たり前のような顔で理屈をこねているが、妙な理屈をこねる時点でユストクスの言葉を半分以上認めているようなものである。
……相変わらずローゼマインには甘い方だ。
ローゼマインは元々平民で、本来ならば領主一族のフェルディナンド様とは関わりを持つはずがない存在だった。一体いくつの偶然が重なって今の状況になったのか考えたところでわからないが、この不思議な巡り合わせには神々の力が働いているのではないかと思うことさえある。
フェルディナンド様は基本的に人間不信で、女性に対する嫌悪感は更にひどくて、名捧げをしている者以外は側近でさえ必要以上に警戒する方である。身の回りの世話をされるのが当然の身分であるにもかかわらず、世話をされるのに身構えるのだ。ユストクスによると、彼が名捧げをする前は本当に雰囲気が張りつめていたらしい。
そんなフェルディナンド様が名を捧げられたわけでもないのに信用しているのがローゼマインである。平民で感情を隠すことができなかったこと、同調して記憶を覗いたことでローゼマインの性格や考え方に確信を得たことなど、いくつかの理由が重なって得た信用だが、少々妬ましく思えたことも実はある。
だが、今はもう妬ましいと思う気持ちは消え失せた。ローゼマインと私では立場が違う。私は貴族で臣下だ。ローゼマインは元々平民だが、領主の養女で領主候補生という意味ではフェルディナンド様と対等で、神殿においては神殿長という肩書で神官長のフェルディナンド様より上の立場に立つことさえあるのだ。
ローゼマインはフェルディナンド様の仕事を減らすようにアウブに交渉したり、健康を心配して小言を言ったりしていた。私では身分差があるため、アウブに交渉することはできない。フェルディナンド様に「もうよい」と言われても小言を続けるなど、名を捧げた私にはできない。「これ以上言うな」と命じられれば従わざるを得ないのだ。
しかし、命令に縛られることがないローゼマインはフェルディナンド様が顔をしかめても、「止めろ」と言ってもお構いなしだ。アーレンスバッハへ移動してからも料理を手配したり、何を交換条件にしたのか知らないが王族に働きかけてフェルディナンド様に隠し部屋を与えたり、レティーツィア様とフェルディナンド様の関係が良くなるように色々と手配したりしている。貴族の常識では躊躇ったり、不可能だと思ったりする行動を当然のようにしているのだ。私にはできないことだ。
そして、フェルディナンド様は誰かに何かをしてあげることに関しては無頓着な部分があるが、誰かに何かをしてもらうと、借りを作って弱みを握られているようで落ち着かない性格をしている。そのため、ローゼマインに何かされれば返さなくてはならない気分になるようで、二人で贈り物合戦をしているような面白い状況になっていることも多々ある。自分の行いに相応のお返しがあることが少なかった方なので、フェルディナンド様は殊の外ローゼマインを甘やかしていると思う。
……ハイデマリーが見れば驚くであろうな。
「フェルディナンド様、姫様はお元気そうですか? 今年も最優秀を取るために、今は頑張っていらっしゃるでしょうね」
ユストクスの言葉にフェルディナンド様はフッと笑いながら「いや、ローゼマインは臥せっているようだ」と手にしていた手紙をパタパタと軽く振った。ライムントからの手紙にはローゼマインの様子が書かれていたようだ。それから、眉間の皺を普段より三割ほど深く刻んでフェルディナンド様は少しばかり呆れた口調になる。
「あの馬鹿者、ユレーヴェを使って少し元気になってきたからと油断したのであろう。いつになったら注意深さが身につくのか……まったく」
……ふむ。「心配で仕方がない」ということか。
文句を言っているフェルディナンド様の裏を読みつつ、私は貴族院にいるローゼマインに心の中で注意をしておく。
……ローゼマイン、あまりフェルディナンド様に心配をおかけするのではないぞ。
更に十日が経過して、またライムントからの手紙が届いた。研究の経過報告だが、そこにローゼマインが回復したという連絡はなく、ヒルシュール研究室にも全く顔を出していないようだ。研究はミュリエラと進めているらしい。
フェルディナンド様は執務室の文官達の前では表情を取り繕っていたけれど、自室に戻ると工房がある隠し部屋に時折視線を向けたり、机の端を指先でトントンと叩く回数が増えたりし始めた。
「姫様の症状がわかれば薬を作るのに、と考えていらっしゃるのだろうな」
フェルディナンド様の様子を見ながらボソリと呟いたのはユストクスだ。私は少し頷いて同意を示す。おそらく工房を見て素材の乏しさに思い至り、苛立っているのではないかと思う。
「まったくハルトムートは一体何をしているのか」
ローゼマイン付きの文官の中で、ハルトムートは唯一フェルディナンド様から薬の作り方や与え方を教えられていたはずだ。それにもかかわらず、ローゼマインがいつまでも臥せっていてフェルディナンド様がお心を痛められることになるとはどういうことだ。
私が憤慨していると、ユストクスが小さく笑った。
「エックハルトも姫様が心配で仕方がないのかもしれないが、ハルトムートに八つ当たりするのはお門違いだ。姫様は貴族院にいらっしゃるのだから、成人男性のハルトムートが姫様の傍近くでお仕えすることはできないではないか」
……確かにそうだな。
自力でローゼマインが平民であることを突き止め、そのうえでどのように対処すれば良いのかをフェルディナンド様に尋ねていたハルトムート。彼はフェルディナンド様からローゼマインの世話を任されているのだ。不甲斐ないと思った八つ当たりめいた苛立ちは収まった。けれど、フェルディナンド様の平穏な毎日のために、少しでも早くローゼマインの体調が回復すれば良いと思う。
……薬を届けるくらいはできるであろう、ハルトムート。
結局、ローゼマインの回復に関する情報がないまま、領地対抗戦の日がやってきた。
最後の方は研究が大詰めになってくるのでローゼマインの体調を尋ねられるような状況ではない。アーレンスバッハで唯一表彰を受けられそうな研究ということで、ライムントの研究には注目が集まっているのだ。
……少しそわそわしていらっしゃるようだな。
私はフェルディナンド様の眉間の皺と椅子から立ち上がる回数からそう判断した。今日はローゼマインに関する情報を手に入れる絶好の機会である。フェルディナンド様はあの女と行動を共にしなければならないため、精神的な疲労は多いだろう。それでも、自分で他領の情報を得られる機会は貴重だ。
エーレンフェストのマントをまとったまま、フェルディナンド様はアーレンスバッハ寮の多目的ホールで婚約者の到着を待つ。使い方によっては普段使いにもできるという触れ込みで作られた髪飾りを普段使いとは思えないくらい派手に飾り立てた趣味の悪い女がやってきた。
ヴェローニカ様によく似た容貌は美人かもしれないが、私はハイデマリーの死を思い出して何とも言えない苛立ちと憎悪が湧き上がってくるし、周囲の事情を一切合切捨てて斬りかかりたくなる衝動に駆られることもある。
かつては、「顔が似ていても別人だ」と自分に言い聞かせてきたが、今では「別人でもフェルディナンド様にとって有害という意味では同じだ」としか思えない。
……ランツェナーヴェの男が帰った途端、コロリと態度を変えて寄ってくる恥知らずで頭のおかしな女がフェルディナンド様の婚約者とは……。
「では、フェルディナンド様。参りましょう。わたくしの婚約者として恥ずかしくない態度でお願いいたしますね」
……愚鈍で愚昧な痴れ者が何を言うか!?
思わず体に力が籠った途端、ユストクスに肩を押さえられる。ユストクスがいなかったら、とっくにこの女ははるか高みに上がっているはずだ。背後から叩き斬ってやりたくなる衝動を何度も堪えながら、私はフェルディナンド様の後ろをついて歩く。
……この虚け者は境界門の守備において、自分よりもフェルディナンド様の言葉を優先したという理由で騎士団長を罷免したのだぞ。
頭にたくさんの花を咲かせている戯け者は「境界門から入ってくるのはランツェナーヴェの者しかいないではありませんか。警戒する理由がないのに、わたくしの言葉よりもフェルディナンド様の言葉を聞き入れるような者を護衛騎士にしておけません」と罷免し、自分の命令をよく聴く旧ベルケシュトックの者を騎士団長に召し上げたのだ。どこまで色恋沙汰に頭を侵されているのか知らないが、呆れる他ない。ヴェローニカ様以上に浅はかで無分別である。
ちなみに、罷免された元騎士団長はフェルディナンド様が側近として召し上げた。領主一族の護衛騎士という立場を与えたことで、元騎士団長はフェルディナンド様にとても感謝している。彼は今日「罷免された者が側にいるとディートリンデ様が御機嫌を損ねますから」という理由で、アーレンスバッハでの留守番をかって出てくれた。ここ最近、アーレンスバッハの中枢に取り立てられている旧ベルケシュトックの貴族達に睨みを利かせるためでもある。
午前中は挨拶に回ることになる。エーレンフェストには接待のためのテーブルが二つあり、片方にアウブ夫妻が、もう片方のテーブルにはヴィルフリート様とシャルロッテ様が座って、たくさんやって来る客の対応に追われていた。忙しそうなエーレンフェストの接待場にローゼマインの姿はない。
……まさかまだ臥せっているのか?
私は思わずユストクスと顔を見合わせた。何か理由があるに違いない。同じことを考えたらしいフェルディナンド様がアウブ夫妻と挨拶を交わし、世間話をする。そして、料理のレシピからローゼマインの容態に探りを入れた。
「ローゼマインが送ってきた料理のレシピについて話をしたかったのだが、ローゼマインは……」
「残念だが、臥せっているのだ。回復したら手紙を書かせよう」
アウブの言葉にフェルディナンド様が顔をわずかにしかめた。私はアウブの背後に立つ父上に視線を向けたが、少し首を横に振られただけだった。ここでできる話ではないらしい。
……これほど長く臥せっているはずがないだろう? ローゼマインに何があったのだ?
そう思ってもこの場では「臥せっている」という答え以外は引き出せない。領地対抗戦で我々は次期アウブ・アーレンスバッハの婚約者とその側近として振る舞わねばならないのだ。
「では、ローゼマイン様のお手紙を待ちましょう。わたくし達、他の領地にも挨拶に伺わなければなりませんの。失礼いたしますね、アウブ・エーレンフェスト」
まだ情報収集も碌にできていないのに、次期アウブが早々に席を立てば彼女の動きに合わせて我々も動かなければならない。
結局、他領の者が得るのと同じ情報しか手に入らなかった。エーレンフェストの学生達は忙しそうに来客へ応対しているし、アウブの護衛として付いている父上と話をする隙もない。リヒャルダもローゼマインの側近でなくなったため、この場にいない。
去年は成人式のエスコートのために寮へ迎えに来てほしいと馬鹿女が我儘を言ったから、エーレンフェスト寮に泊まることができたが、今年はそんな機会もない。
……ローゼマインがいないだけでここまで情報を得にくくなるとは。
去年はローゼマインが自分の側近に声をかけて接待してくれたため、私とユストクスは下げ渡されたカトルカールを食べながらローゼマインの側近から情報収集ができた。卒業生の婚約者としてコルネリウスやハルトムートが来ていたという事情も大きかった。だが、今年はローゼマイン周辺の情報を得られる相手がいない。神殿に来ることが少ないローゼマインの側仕え見習いとはあまり親交がないせいもある。
「ゼルギウス、後は頼む。それから、エックハルト。くれぐれも勝手な動きをするな」
ユストクスは私にそう言い残し、するりと人ごみに紛れていく。ユストクスはローゼマインが一年生の時にトラウゴットの側仕えとして寮に入り、グードルーンの恰好をして学生達に領地対抗戦の指示を出していたことがあるため、少しは顔馴染みの者もいる。
……情報収集はユストクスに任せるしかなさそうだな。
昼食時に戻ってきたユストクスは疲れた顔で「かなり厳しく情報が伏せられているようです」とフェルディナンド様に報告した。エーレンフェストの者は「ローゼマイン様は臥せっています」以外の返事を碌にしなかったらしい。
全く明かせない事情、アーレンスバッハの寮監が半ば確信を持って嬉しそうに言っているように「はるか高みに上がった」のか、何かあっても知らされていないのか、ユストクスには判別できないらしい。
ローゼマインの虚弱さを知っている我々としては、はるか高みに上がっているのではないかという言葉が冗談ではすまないのだ。「あり得ぬ」と口にした後、フェルディナンド様の口数が一気に減ったことからも、それはわかる。
「ただ、姫様からフェルディナンド様に渡すように言われている物がある、とリーゼレータに言われました。後で持ってきてくれるそうです」
「……アレは指示を出すことができる状態なのか」
声に少しだけ安堵をにじませたフェルディナンド様が体の力を抜いた。
ユストクスの知らせに私も一時は安堵したが、リーゼレータによって届けられた荷物を見た途端、安堵の気持ちは消え失せた。
……フェルディナンド様が注文していた魔紙や魔石だけ、だと?
届けられた荷物を確認したフェルディナンド様が表情を強張らせたのも無理はない。ローゼマインが我々のために準備してくれる物はいつでも色々な物が時を止める魔術具の中にたくさん詰まっていた。エーレンフェストの料理はもちろん、回復薬やフェルディナンド様が調合するための素材、レティーツィア様へのご褒美のお菓子、我々の家族から預かった手紙など、本当に心尽くしの物がたくさん届くのだ。届けられた荷物の簡素さはローゼマインの指示で準備された物ではない。
……ローゼマインの身に一体何があった? このままの状態が続いたらフェルディナンド様はどうなる?
どうにも食欲がなさそうな時にユストクスが出してくるのはローゼマインが届けてくれたエーレンフェストの料理だ。そう簡単に素材採集へ出かけられないフェルディナンド様はローゼマインから届けられた素材で回復薬を作っている。
アーレンスバッハにおけるフェルディナンド様の大変な生活を支えているのはローゼマインからの差し入れだ。これまで当たり前に届けられていたから、それが途切れることを想定していなかった。
ユストクスが青ざめたのがわかる。フェルディナンド様に食事を摂らせるのが簡単ではなくなったし、ローゼマインからの手紙やお菓子を楽しみにしているレティーツィア様に何と言えば良いのかわからないのだろう。
「フェルディナンド様のお願いとはいえ、これだけの魔紙を準備するのは大変だったでしょう。ローゼマイン様は注文通りの物をご準備くださったのですね。ローゼマイン様からの返事が届かないのは臥せっているからだと聞いたレティーツィア様も心配していらっしゃいましたが、少し安心しました」
穏やかにそう言ったゼルギウスにハッとして、我々は三人揃って笑顔を作る。
「ローゼマインが寝込むのはそれほど珍しいことではない。回復したようだと思って、様子を見ているうちにまた熱を出すことも多かったのだ」
「それは、ローゼマイン様のお薬を作られていたフェルディナンド様も大変だったでしょう。……あ、そろそろ午後の競技が始まります。参りましょう」
玄関ホールではアーレンスバッハの寮監が「ローゼマイン様がいらっしゃらないエーレンフェストなど敵ではありません。今年からはアーレンスバッハが勝つのです」と勇ましく騎士見習い達を鼓舞していた。スッとフェルディナンド様の目から感情が消える。
……何だ、それは? 我々に対する挑戦か!?
キンキンと響く声と「ローゼマイン様のいらっしゃらないエーレンフェスト」という言葉が不愉快でならない。それを聞いたフェルディナンド様がどのように思われるか。そして、エーレンフェストのマントをまとっている我々の前で、あまりにも非常識ではないのか。やや前のめりになった瞬間、肩にグッと重みが乗った。
「気持ちはわかるが、落ち着け」
「……私は落ち着いているぞ、ユストクス」
「本当にそうだと良いが……」
……アーレンスバッハが勝てるわけがない。その程度もこの寮監には見えていないのか?
午前中に行われた下位領地のディッターで、去年のダンケルフェルガーが見せた祝福を行っているらしい領地があった。共同研究をしていたのだからエーレンフェストでも行われているであろう。祝福に対して真面目に取り組んでいる者がほとんどいないアーレンスバッハでは厳しいと思われる。
案の定、アーレンスバッハは大領地最弱となっていたし、祝福を得ることを覚えたらしい中領地にどんどんと抜かれ始めていた。これから真面目に取り組まなければ、見る見るうちに成績を落とすだろう。自分達と周囲の差を見せつけられる学生達の顔には焦燥があるが、寮監は「んまぁ! んまぁ!」と叫ぶだけだ。有益な助言をするわけでもない。キンキンと響く声がうるさいだけで全く何の役にも立たなかった。
コミック二巻の発売記念SSです。
想定外に長くなったので、前後に分けました。
明日に続きます。