レティーツィア視点 余所のお菓子と玩具
第578話ディルクとベルトラムの洗礼式でローゼマインが送った料理を受け取ったアーレンスバッハの様子です。
「レティーツィア様、フェルディナンド様からのお誘いです」
あと数日で冬の社交界が始まるという秋の終わり、ゼルギウスが木札を持ってやってきました。ゼルギウスの木札をロスヴィータが一通り確認してから、わたくしに渡してくれます。その木札は昼食の招待状でした。冬の社交界が始まると忙しくなるので、その前に昼食を一度一緒にどうかと書かれています。
「……フェルディナンド様が課題ではなく、お食事に誘ってくださるなんて珍しいこともあるのですね。何かあったのですか、ゼルギウス?」
わたくしの筆頭側仕えのロスヴィータの息子であるゼルギウスは、フェルディナンド様にお仕えしています。そのため、こうしてフェルディナンド様と連絡を取る時に顔を見せて詳しい情報を教えてくれるのです。
「エーレンフェストからフェルディナンド様に荷物が届きました。中にレティーツィア様が夏に贈った調味料やレシピを使った料理があり、レティーツィア様をお食事にお誘いするように、とローゼマイン様のお手紙に書かれていたのです」
すでにユストクスが毒見済みで美味だそうですよ、とゼルギウスが楽しそうに微笑みながら教えてくれました。ローゼマイン様からわたくし宛のお菓子やお手紙の返事も入っていたようです。わたくしは嬉しくなって、その招待を受けることにしました。
……わたくしが送ったレシピの中からローゼマイン様は一体どのお料理を作ってくださったのでしょう? 楽しみです。
フェルディナンド様のお部屋に招待されたことで、わたくしは西の離れには初めて入りました。今までは第二夫人や第三夫人のお部屋がある西の離れにわざわざ足を向ける用件がなかったのです。北の離れとあまり変わりませんが、各階に一つずつしかお部屋がありません。そのため、洗礼式から成人までの領主候補生が生活をする北の離れに比べると、建物自体が小さいようです。
「本日はご招待いただき、ありがとう存じます」
夏の葬儀の間近、フェルディナンド様は王命によって西の離れにお部屋を賜りました。フェルディナンド様の自室に招待されるのは初めてですが、お部屋ではフェルディナンド様がずいぶんと寛いだ雰囲気に見えます。
……本館で見る時と違って、少し疲れが顔に出ているように感じるせいでしょうか?
ゼルギウスによると、フェルディナンド様は隠し部屋を工房にしていて、自室にいる時間のほとんどを隠し部屋で過ごしているそうです。眠るための長椅子を工房に入れたいとフェルディナンド様は考えていらっしゃるのを、ユストクスとエックハルトの二人が「呼びかけても反応がなくなりそうですから」と反対していると聞いています。
フェルディナンド様がわたくしに席を勧めると、ユストクスが魔術具の箱の中から次々と鍋やお皿を出し始めました。厨房から運ばれてくるのではなく、こんなふうに給仕されるのは初めてでとても楽しくなってきます。本当はあの魔術具の中を覗き込んでみたいのですが、それは失礼なので取り出される物を見つめるだけで我慢します。
「レティーツィア様、こちらがローゼマイン様から届けられた料理です。たくさん種類があるので、少しずつお出しします。ぜひレティーツィア様の感想を聞かせてほしいそうですよ」
ユストクスによってテーブルに並べられたお料理は何種類もあるのですが、どれもこれも一目では何のお料理かわかりません。わたくしが贈ったレシピのお料理はどれでしょうか。
「こちらはガルネシェルのポメ煮込みを元に作られたそうです」
ユストクスがローゼマイン様のお手紙を見ながらテーブルの上の料理について一つ一つ説明してくれます。フェルディナンド様の毒見の後でわたくしも食べるのですが、わたくしはカトラリーを手にしたまま固まってしまいました。わたくしのお皿のどこにもガルネシェルが見当たらないのです。これは本当にガルネシェルのポメ煮込みなのでしょうか。それとも、わたくしのお皿にはユストクスがガルネシェルをよそってくれなかったのでしょうか。
お皿を見ながら困惑していると、先に召し上がっていたフェルディナンド様が一度カトラリーを置きました。そして、ふわふわと柔らかそうなパンを手に取りながら、苦い笑みを浮かべます。
「レティーツィア様、これはガルネシェルのポメ煮込みではなく、豚のポメ煮込みだと思って食べた方がよろしいでしょう。アーレンスバッハの調味料を使っているので、味は比較的レティーツィア様にも馴染みがある雰囲気になっていると思います。……ガルネシェルのポメ煮込みとは完全に別物ですが」
フェルディナンド様の言葉に、わたくしはガルネシェルのポメ煮込みではなく、新しいお料理だと思って食べることにしました。そっとお肉にナイフを当てると、とても軟らかく煮こまれていることがわかります。口に入れて噛みしめると、解けるような歯触りの肉と共に何とも濃厚な味が広がっていきました。
自分が知っている調味料の味なのに、初めて食べる味という何とも不思議な感じがします。豚の中にぎゅっとたくさんの色々な味が潜んでいて、それが調味料とよく合うのです。
……おいしいです!
おいしいのですけれど、フェルディナンド様のおっしゃる通り、完全に別物です。これはガルネシェルのポメ煮込みではありません。ガルネシェルと豚が違うだけではなく、調味料も色々と配分が変わっています。とてもわたくしが送ったレシピから作られたとは思えません。別物なのですけれど、おいしいので食は進みます。
「どうですか、レティーツィア様? ローゼマインは変わった改造をするでしょう? ガルネシェルが入っていないのに、ガルネシェルのポメ煮込みを元に作っていると堂々と手紙には書いてくるのですから」
流れるように優雅な動きで食事をするフェルディナンド様の雰囲気が今までに見たことがない程に軟らかいように思えました。アーレンスバッハの調味料を使っているので故郷の味というわけでもないけれど、やはりこうしてローゼマイン様が食事を送ってくださることが嬉しいのでしょう。
「わたくし、このようなお料理は初めていただきました。おいしいのですけれど、本当に別物ですね。驚きました。エーレンフェストではいつもこのようなお食事なのですか?」
「エーレンフェストが変わっているのではなく、ローゼマインがいつも変わった物を料理人に作らせるのです。味は良いのですが、どうしてこのようなものができたのかわからない、と思うこともしばしばです」
フェルディナンド様もローゼマイン様の改造を変わっていると思っていることがわかって、わたくしは少し胸を撫で下ろしました。どうやらこれがエーレンフェストの普通ではなかったようです。
ローゼマイン様のお手紙を見ながら、ユストクスが説明をしてくれます。
「今回はローゼマイン様にとっては珍しいガルネシェルの代わりに、エーレンフェストでよく食される豚を使ってアーレンスバッハ風味の料理を作りたいと考えられたようですね。こちらから送ったガルネシェルはフライという別の料理になっています。こちらがそうです」
ユストクスに示されたお皿を見ながら、フェルディナンド様が「ローゼマインの父親が好んでいたトンカツという料理に似ています」と教えてくださいました。ローゼマイン様はエーレンフェストの食材にアーレンスバッハの味付けを、アーレンスバッハの食材にエーレンフェストの味付けをした料理を送ってくださっているようです。初めて食べる料理ですが、慣れた味わいがどこかにあって取っ付きやすい感じがしました。
「ローゼマインの考案した料理はレティーツィア様にとって馴染みのない味かもしれませんが、ランツェナーヴェから入ってくる香辛料や調味料にあまり慣れていないユルゲンシュミットの他領の者にはこちらの味の方がおいしく感じられると思われます」
アーレンスバッハの料理はランツェナーヴェから入ってくる調味料や香辛料の影響で、酸味が強く、辛みの強い物がたくさんあります。それが他領の方に受け入れられないこともあるのです。
「こちらの調味料を使ったローゼマイン様のレシピを買い取って、アーレンスバッハの新しい料理として使うことを考慮した方が良いかもしれません。せっかくですから、領地対抗戦で交渉してみましょう」
新しい料理や珍しい味は社交の会食において大きな役割を果たします。ただ珍しいだけではなく、他領の者に受け入れられる味であることはとても重要なのです。けれど、アーレンスバッハの者はこの土地の料理に慣れすぎていて、他領に受け入れられやすい味には疎いところがあります。ですから、他領から来た配偶者がその役割を担うことになるのです。
……わたくしも幼い頃からアーレンスバッハで過ごしているので、他領の味には疎いですから。
「そういえば、フェルディナンド様の専属料理人はアーレンスバッハの者しかいらっしゃいませんよね? 何故エーレンフェストから連れていらっしゃらなかったのですか?」
「私の専属料理人は神殿にいたのです。こちらでは受け入れがたく、彼等もまた働きにくいと思ったので連れてきませんでした。レシピがあれば、こちらの料理人も徐々に作れるようになるでしょう」
……エーレンフェストと他領の神殿は違うようですから仕方がありませんね。
神殿にいた者というのはどうしても蔑まれる傾向にあります。フェルディナンド様とディートリンデ様の婚約が決まった当初、そのような声があったのを知っています。今でこそフェルディナンド様の優秀さが知られてきましたから、陰口はあまり聞かれなくなりましたけれど、全くなくなったわけではありません。
「本日、ディートリンデ様はお誘いにならなかったのですか?」
「今日はランツェナーヴェの使者と別れの宴を行うため多忙だそうです。ちなみに、私と私の側近はランツェナーヴェの者に冷たい態度を取るという理由で出席を禁じられました。情報を集めるために文官達が代わりに潜入しています」
……そういえば、貿易関係のことで苦情を言いに行った文官が、「エーヴィリーベのような態度はおよしになって、とフェルディナンド様に伝えなさい」という回答を持ち帰り、文官達が揃って頭を抱えていたことがありましたね。
ランツェナーヴェとの交渉はディートリンデ様があまりフェルディナンド様を関わらせないようにしていました。ランツェナーヴェの使者もフェルディナンド様ではなく、ディートリンデ様に申し出た方が自分達の有利に進むので、フェルディナンド様が面会依頼をするとディートリンデ様に同席をお願いしていたようです。
「それはそうと、レティーツィア様はランツェナーヴェの館にいらっしゃったと伺いましたが……」
少しでも情報が欲しいのでしょう。わたくしは一つ頷いて、ランツェナーヴェの館にお招きを受けた時のことを思い出します。
「ディートリンデ様に同行するように命じられ、お断りできなくて何度かお邪魔しました。ランツェナーヴェの方はアーレンスバッハと仲良くしたいと考えていらっしゃるようで、レオンツィオ様も友好的な方でしたよ」
わたくしがランツェナーヴェの館にお邪魔した時、レオンツィオ様は友好的でしたが、ディートリンデ様の態度が非常に気になりました。とても王命で決められた婚約者がいる女性の態度には見えなかったのです。
「……フェルディナンド様はディートリンデ様の態度をお咎めにはなりませんね。少しは婚約者らしく、ディートリンデ様を諫める態度を見せても良いのではないでしょうか」
ゲオルギーネ様はディートリンデ様とレオンツィオ様を少しでも離しておこうと手を尽くしているようですけれど、婚約者であるフェルディナンド様がそのようにしているところを見たことがありません。エーヴィリーベのような態度どころか、放置しているようにさえ思えます。
わたくしの言葉にフェルディナンド様は毒を含んだような笑みを浮かべました。
「レティーツィア様のお言葉はありがたいのですが、このままゆっくり彼女の派閥を削っていくつもりですから、ちょうど良いのです。側近の入れ替えが多くなったことで、切り崩しが順調に進んでいます」
ディートリンデ様がランツェナーヴェの館に出入りするのを咎める側近達は、ディートリンデ様によって辞めさせられていると聞いています。そのため、夏の半ば辺りからは側近達の監視が緩みがちになり、すぐに抜け出してしまおうとするディートリンデ様を見張るのが難しくなったようです。ゲオルギーネ様の手だけでは足りずに、降嫁した実の姉君でいらっしゃるアルステーデ様がディートリンデ様のお部屋に出入りして見張るようになったと聞いています。
……だからこそ、ディートリンデ様はランツェナーヴェの館に行く口実として、わたくしを誘ってくるようになったのでしょうね。
「レティーツィア様、ランツェナーヴェの館はどのようなところでしたか? ディートリンデ様が警戒するため、私は近付くことができないのです」
「……そういえば、フェルディナンド様とレオンツィオ様を近付けるとディートリンデ様を巡った決闘が始まってしまう、とディートリンデ様から聞いたような気がします」
この機会に派閥を削っていこうと考えていらっしゃるフェルディナンド様が決闘をするとは思えないのですが、ディートリンデ様はレオンツィオ様を危険から守らなくては、と真剣でした。わたくしの言葉にフェルディナンド様は一度目を閉じて、「他に何かございませんか?」と微笑みました。
……思考を放棄しましたね? わたくしも同じことをしたのでわかります。
「レオンツィオ様はユルゲンシュミットの王族の血を引く方で、この夏からは中央騎士団長とも個人的な親交ができたそうです。……葬儀の折、起こった騒動で何度も話し合いの場を持ったようですから、どの程度親しいのか、本当のところはよくわかりませんけれど」
前アウブの葬儀の最中に中央の騎士が暴れて、すぐに中央騎士団長によって取り押さえられた騒動で、中央騎士団とアーレンスバッハとランツェナーヴェでは何度も話し合いの場が持たれました。
他領の葬儀で突然暴れ出すような騎士は危険すぎるので処刑するように、とディートリンデ様が譲らず、中央騎士団の誇りを汚したこと、今後の危険を排除し、アーレンスバッハに対する誠意を見せるという理由で騎士団長の手で処分されたと聞いています。
フェルディナンド様は排除ではなく、今後同じことが起こらないように背景の追及を優先して徹底するように、とおっしゃいましたが、それは受け入れられなかったようです。騎士団長によると、暴れ出した騎士はエーレンフェスト出身の者だったようで、エーレンフェストこそ王やアーレンスバッハに思うところがあるのではないか、と言われたそうです。
「ランツェナーヴェのレオンツィオ様とラオブルートに親交ですか……。確かにディートリンデ様の言葉がどの程度信用できるのかわかりませんが、警戒は必要でしょう」
「中央騎士団長のラオブルート様を警戒しなければならないような理由がございますか? 葬儀の騒動の折も、ずいぶんと骨を折ってくださいましたけれど」
ラオブルート様が暴れた騎士達をすぐに止めてくれたので、騒動はそれほど大きくならずに済んだのです。感謝しても警戒する意味がわかりません。わたくしがそう言うと、フェルディナンド様はニコリと微笑んで首を横に振りました。
「警戒すべきはディートリンデ様です。どこでどのような形で吹聴しているのか……」
納得しました。確かに最も警戒すべきはディートリンデ様の言動です。
「そういえば、ディートリンデ様から伺ったのですが、ランツェナーヴェの館にはアウブ・アーレンスバッハにしか開けられない扉があるそうです。中央へ向かうランツェナーヴェの姫君がお使いになるお部屋のようですけれど、礎が染まっていない時期に姫君がいらっしゃったら大変なことになっていましたね」
ランツェナーヴェからやってきた姫が滞在するためのお部屋に入れないという事態になったはずです。わたくしの言葉にフェルディナンド様が小さく笑いました。
「先日、ようやくディートリンデ様も礎を染め終わったようです。つい昨日から貴族院の学生に渡すブローチの作成が始まったと文官から報告を受けています。これから先は私も礎の魔術に魔力を供給することになりそうです」
「フェルディナンド様の魔力供給は星結びの儀式が終わってからではないのですか?」
「少々面倒な契約が必要になるのですが、アウブがいれば供給の間に入るための登録ができないわけではありません。レティーツィア様の魔力供給の練習も同時に始めるつもりです」
……あぁ、また訓練が増えるのですね。
今の勉強だけでも手一杯ですのに、春と秋に神事へ参加をするように言われ、今度は礎の魔術へ魔力供給だそうです。成人と同時にディートリンデ様とアウブを交代できるように、詰め込みで教育が行われているのですけれど、わたくし、もう挫けそうです。
「……フェルディナンド様、ローゼマイン様のお菓子はたくさん届いているのですよね?」
「レティーツィア様のご褒美用として、いつもより多めに入っていました。お手紙でお願いしたそうですね。ローゼマインから私への返事の中に、アーレンスバッハにも理由があるようですけれど、貴族院入学前のレティーツィア様に無理をさせすぎないように、と書かれていました」
……ローゼマイン様、なんてお優しいのでしょう。
ローゼマイン様のお声の入ったシュミルのぬいぐるみを使うと、フェルディナンド様は嫌そうな顔ですけれど褒めてくださるようになりましたし、こうしてわたくしを気遣ってお菓子を届けてくださいます。
ローゼマイン様の存在がなければ、わたくしはとっくにフェルディナンド様の課題についていくのを諦めていたかもしれません。自分の側近以外でフェルディナンド様の教育の進度を気遣ってくださる方は本当に珍しいのです。
「そういえば、わたくし、ローゼマイン様だけではなく、レオンツィオ様からランツェナーヴェのお菓子をいただきました。まるで魔石が瓶にたくさん詰まっているような豪華なお菓子で、甘さが口の中に長く残る幸せな味でした」
「ほぉ……」
フェルディナンド様が少し興味を示されました。これはとても珍しいことです。
「素敵な玩具もいただいたのです。ご覧になりますか?」
「あぁ、興味がある。あちらには一体どのような玩具があるのか……」
「エーレンフェストの教育玩具とは違って、一度しか使えない不思議な玩具なのですけれど、珍しくて楽しいのですよ。レオンツィオ様が見せてくださったのです。ロスヴィータ、食後にお部屋から持ってきてくれませんか?」
紐を強く引くと様々な色合いの花弁が飛び出し、部屋の中にひらひらと舞います。一度しか使えませんが、とても綺麗で嬉しくなれる素敵な玩具です。
興味を示したフェルディナンド様のために食後、ロスヴィータに自室から持ってきてもらい、フェルディナンド様に一つランツェナーヴェのお菓子を差し上げました。口に入れたフェルディナンド様は「甘すぎます」と顔をしかめた後、ガリガリと音を立ててかみ砕いてしまいました。
……ゆっくりと食べるのが幸せですのに、なんて勿体ない食べ方をなさるのですか。もうフェルディナンド様には差し上げません。
「そちらの玩具はどのような物ですか?」
口の中に残るお菓子の甘さをすすぐようにお茶を飲んだフェルディナンド様の言葉に、わたくしはランツェナーヴェの玩具を一つ使ってお見せしました。筒を握って紐を強く引くと、お部屋の中にひらひらと舞い散る様々な色合いの花弁が、冬にもかかわらずお部屋の中を春にしてくれるのです。
「とても綺麗だと思いませんか?」
「レティーツィア様、一ついただけませんか? どのように作られているのか、とても興味があります」
「……え?」
レオンツィオ様にいただいた玩具は全部で八個。透き通った魔石のようなお菓子は十五個で、それほど多くはありません。せっかく珍しい物をいただいたのですから、少しローゼマイン様にも送ろうと思っていたのです。フェルディナンド様に差し上げる予定はありませんでした。
……どうしましょう?
そう悩んだ時にふと頭をよぎったのは、ローゼマイン様のお手紙に何度か書かれていた言葉でした。「本当に辛い時は課題を減らしてほしいときちんとお願いすると良いですよ」「フェルディナンド様の欲しがっている物があれば交渉のために大事にしておくと良いですよ」とローゼマイン様はいくつか忠告してくれています。
……今がその機会なのかもしれません。
わたくしはお菓子が三つ入ったガラス壺と筒を二つ手に取ってフェルディナンド様を見上げました。
「あ、あの、フェルディナンド様。わたくし、こちらをローゼマイン様に差し上げる予定だったのです。……か、課題を減らしてくださるならば、一つお譲りしますっ!」
最後は少し声が裏返ってしまいましたけれど、言えました。わたくしがちらりとフェルディナンド様を見上げると、とてもわかりやすく呆れた顔になっています。
「レティーツィア様、ローゼマインに何を吹き込まれたのでしょうか?」
「ローゼマイン様は悪くないのです。わたくしが……その……」
玩具とお菓子を見つめながら、わたくしは言葉を探します。フェルディナンド様の側近が笑いを堪えるような顔をしていますし、フェルディナンド様は深々と溜息を吐いています。失敗してしまったのかと思っていると、フェルディナンド様が仕方なさそうに手を差し出しました。
「いいでしょう。その玩具一つと交換で少し課題を減らします。ですが、あまりローゼマインの悪い影響を受けないように気を付けてください」
「はい」
……でも、フェルディナンド様の課題を減らすことに成功したことを、悪い影響と言ってしまって良いのでしょうか?
貴族院へ行く側近にローゼマイン様宛の荷物を託すとフェルディナンド様がおっしゃったので、わたくしも一緒にお手紙を書いて送ることにしました。もちろん、ランツェナーヴェのお菓子と玩具も同封します。
……ローゼマイン様も楽しんでくださると良いのですけれど。
貴族院にはフェルディナンド様の側近がいて、研究室でローゼマイン様と一緒に研究することもあるようで、すぐにお返事が届くのかと思っていました。けれど、ローゼマイン様は奉納式で大役を果たした後、臥せってしまったようです。
冬の間、お返事は届きませんでした。
累計50位記念SSです。