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カルラ視点 息子の成長

第567話の裏話。成人式の後のラルフとカルラの会話。

 今日は三男のラルフの成人式だった。ザシャの家族やジークも集まってラルフのお祝いをしてくれたのである。末っ子のルッツだけはいつも通りにいなかったけれど、家族が集まって賑やかな時間を過ごした。まるで息子が四人この家にいた時のような騒がしさだった。


 ……あぁ、一気に静かになっちゃったねぇ。


 もう子供が寝る時間だから、とザシャ達は夕食を終えると早々に帰ったし、ジークもこの夏に星結びなので、もう婚約者と新生活の準備を始めている。ここで弟と寝るよりは可愛い婚約者のところへ帰りたいとそちらの家に戻っていった。夫のディードは大量にお酒を飲んで、もう寝台で大きないびきをかいている。台所に残っているのは今日の主役のラルフだけだ。


「ラルフも寝たらどうだい? ずいぶん飲んでただろう?」


 酒の入ったコップを持ったまま、ラルフはまだ「ったく、なんでルッツなんだよ……」とぶつぶつ文句を言っている。トゥーリとルッツの婚約の話だ。冬に決まってからラルフはずっと文句を言っている。もういちいち相手をするのも面倒になってくるくらいだ。今日なんて酒が入っているので、面倒くささが更に上がっていて溜息が出た。


「いつまでもぐずぐずぐずぐずみっともないねぇ」

「他の男が相手なら、オレだって何も言わなかったさ。でも、相手がルッツなんだぞ? ずっと昔に死んだマインのことが一番大事で、神殿長とマインがそっくりとか寝ぼけたことを言っているルッツだぞ? あの神殿長のどこがマインに似てるんだよ!? 目が腐ってる! あんなルッツにトゥーリはもったいねぇよ!」


 神殿長とマインが似ているという言葉を聞いて、昔、ルッツが家出をした時に神殿へ呼び出された時の光景を思い出したわたしは、二人が同一人物なんだろうとピンときた。どこをどうしてマインが領主様のお嬢様になっているのか、理由や経緯なんてさっぱりわからないけれど、間違いないと思う。女の勘というやつだ。


 ……誰に言っても信じてもらえるわけもないし、面倒はごめんさ。


 ルッツが豪商と関わりを持っているだけでも面倒があるのに、お貴族様に関わるなんてまっぴらだ。


「未だにマインのことが一番のルッツとあのトゥーリが婚約だぞ。納得いかねぇのはオレだけじゃねぇよ!」

「本当にしつこいね。トゥーリはルッツとの婚約を嫌がらなかったし、もう決まったことだ。それに、あんたにはあんたの恋人がいるのに、いつまでも弟の婚約に文句を言ってるんじゃないよ。鬱陶しい」


 わたしはそう言いながらラルフのコップを取り上げた。そのままコップに残っている酒を一気に飲み干してしまう。


「おい、母さん。それ、オレの酒……」


 恨めしそうな目で見てくるけれど、テーブルにほとんど突っ伏した状態で体を起こせないでいるラルフを見下ろして、わたしはパタパタと手を振った。


「だいたい、トゥーリに釣り合う仕事もしてない男がぐちぐち文句を言うんじゃない」

「母さん、ひでぇ!」


 ラルフが悲鳴のような声を上げた。成人して体大きくなっても息子は息子だ。反抗をフンと鼻息一つで吹き飛ばす。


「現実を見ろって言ってるだけさ。トゥーリは大店のダプラ見習いで、領主様のお嬢様の専属髪飾り職人だよ。あんたがルッツみたいにグーテン何とかだったり、結婚資金は問題ないからいつでも結婚できるって言えたりするような甲斐性があれば、ルッツじゃなくてあんたと婚約するようにトゥーリに言ってあげたよ。ウチからすれば、どっちの息子でも変わりないからね」


 ラルフが幼い頃にトゥーリを好きだったことは知っているけれど、今のラルフではどこからどう見ても釣り合わないのだから仕方がない。


 今のエーレンフェストには髪飾りを作るための職人がたくさん育っているけれど、初期から作っていたトゥーリはまだ他の職人に専属の座を奪われていない。王族や他領の領主様達の注文を受けられる貴重な髪飾り職人だ。


 この辺りの女の子はトゥーリのようになりたいと髪飾り職人を目指している子も多い。ルッツが最初はギルベルタ商会に入った関係で、紹介してほしいと頼まれることもあるくらいだ。ルッツは自分で商人見習いへの道を切り開いたので、わたし達に伝手はないから断るしかないのだけれど。


「それに、一年か二年かしたら、専属のトゥーリはお嬢様と一緒に遠くへ行くんだってさ」

「え? じゃあ、ルッツとの婚約はどうするんだよ!?」

「ルッツも一緒に行くんだよ。あの子もお嬢様のお気に入りのグーテン何とかだからね」


 この間、ギルベルタ商会に呼ばれたギュンターが教えてくれたのだ。お嬢様の移動に合わせてトゥーリを他の領地に移動させるように命令が出ているらしい。専属の染色職人のエーファも移動するし、家族の移動が認められているので、ギュンターは兵士を辞めて一家で移動するそうだ。新しい町で新しい仕事を始めると、どうしても周囲との軋轢が出る。ギュンターはトゥーリや家族を危険から守るためにギルベルタ商会の護衛に再就職が決まっていると言っていた。


 そして、その移動にプランタン商会も招かれているようで、ルッツは移動のための一員らしい。今はルッツが遠い町に行っているから、秋になってルッツが戻ってきたら親であるわたし達もプランタン商会に呼び出されて話を聞くことになるだろうとギュンターが言っていた。何でも、ルッツの家族として一緒に移動するならば、就職先は探してもらえるらしい。


 ……そんなことを言われても、わたしは行く気になれないけどね。


 今まで生活してきた基盤がこの街にあり、ディードもわたしもそれぞれ仕事を持っている。子供や孫もここにいるのに、ギュンターのように全て置いてルッツの移動について行くなんてできない。


「ラルフじゃトゥーリと一緒に余所へ行けないだろ?」


 わたしの言葉にラルフが悔しそうに顔を歪めた。


「今は無理かもしれねぇけど、オレだってグーテンベルクのインゴさんの工房に入れたんだ。あと何年かすればグーテンベルクになれるさ」


 成人を機にラルフも工房を移ることになった。木工工房の中では一番人気を誇るインゴの工房だ。それは十分にすごいことだし、この辺の女の子達には騒がれることなのだが、トゥーリとの結婚には足りない。


「工房に入れたって言っても、ダルアじゃないか。やっと親方の代わりのダプラがルッツと同じところへ仕事に出られるようになったくらいだろ? ラルフがグーテンになれるのは一体いつだろうね」


 ダルアとして仕事をして、ダプラになることができて、親方からパトロンのお嬢様に紹介されて、そのお嬢様に認められなければ称号は得られないのだ。


「だいたい、女の盛りは短いんだ。あんたがグーテンになれるまでトゥーリが何年も待てるわけないだろう? あっちの眼中にあんたの姿はないんだから」

「うぐぐぐぐぐ……」

「できることならラルフもさっさとグーテンになっておくれ。息子が二人もそんな大物になれたんなら、わたしだって鼻が高いからね」


 すぐになってやらぁ! と寝室に飛び込んでいくラルフは成人しても全く変わっていないように見える。その姿に苦笑し、同時に「……そんなに偉くなんてならなくていいよ」と本音がポツリと漏れた。


 ギルベルタ商会に入って、プランタン商会のダプラ見習いになり、称号を得たルッツのことは誇らしいし、自慢の息子だ。周囲の人達はすごいと褒めてくれるし、鼻が高い。

 でも、一年の半分以上は領地内のどこか別の町にいるし、一年間に両手で数えられるくらいの回数しか家に戻って来なくなったルッツのことを思えば、そこまで出世しなくていいと思ってしまう。ザシャのように自分達の近くで家庭を持って、頻繁に行き来できて、可愛い孫の顔も見られる方が母親としては嬉しい。


「ラルフがこの家にいるのはいつまでかねぇ……」


 今日でラルフも成人した。今の恋人と結婚するかどうかわからないけれど、ザシャやジークのようにいずれはこの家を出て家庭を持つだろう。そんな子供の成長が嬉しくも寂しい。

 わたしは手に持ったままだったコップに少しだけ酒を入れて、感傷的な気分と一緒に一気に飲み干すと、コップをザパザパ洗って片付けた。


本好きの下剋上 第二部Ⅳの発売記念SSです。

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