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リュールラディ視点 構想中

第543話以降の領主会議中、ヨースブレンナーのリュールラディのお話です。

 さて、ミュリエラ様と話し合って盛り上がってしまったことで、わたくしがローゼマイン様とフェルディナンド様の切ない恋物語を書くことになってしまいました。場の雰囲気に流されるというのは、とても怖いものです。


 何分初めての試みですし、ローゼマイン様のお話だとわからなくするためにも神話を基に書くことになりました。わたくしはヨースブレンナーに戻ってからというもの、城の図書室で神話に関係する本を探して読む日々を送っています。


「リュールラディ、今日も神話に関する本ですか?」

「はい、叔母様。卒業の時にもう一度御加護を増やせるように、神々のことについてもっと詳しく知りたいと思っているのです。アウブからもよく調べて、他の方々に伝えるように、と言われていますから」


 わたくしは別にお仕事を放り出して図書室に行くわけではありません。アウブからのお願いですから、普段のお仕事よりも優先しなければならないことなのです。


「貴女の淡い緑の瞳にブルーアンファの御加護があるなど、わたくしは今でも信じられません。フェアツィーレならばまだしも、リュールラディがアウブに依頼されるようになるとは思いませんでしたね」


 図書室の鍵を管理している文官の叔母様がわたくしとお姉様と比較して苦笑しながら鍵を貸してくれました。領主候補生の側近になれるお姉様と違って、わたくしはとても平凡ですから間違っている評価ではありません。


「今は領主会議で皆が不在ですから、図書室に入るのは貴女くらいでしょうけれど、鍵はきちんと管理してください」

「はい、大事に扱います」


 わたくしは両手で鍵を握って図書室へ向かいます。建前として城の図書室は申請をして、保証金を渡せば誰でも使えるようになっているのですけれど、保証金の金額や申請手続きが必要なためか、あまり利用されていません。徴税が終わった後に新しく作られた資料を入れたり、領主会議前に調べ物をしたりする時くらいでしょうか。


 ……わたくしが簡単に鍵を借りることができるようになったのは、エーレンフェストの研究に参加できたおかげですね。


 わたくしがエーレンフェストの研究に参加して、芽吹きの女神 ブルーアンファの加護を得たことはヨースブレンナーではとても驚かれました。そして、春を寿ぐ宴でアウブから報告されたことにより、広く知られることになったのです。


 それからというもの、どのようにして加護を増やしたのかと幼い子供を持つ貴族から質問されることがとても増えました。エーレンフェストの研究について何度も何度も説明させられて、まるでエーレンフェストの文官見習いになった気分です。


「この棚の神話は読み終わりましたけれど、他の棚にもあるのかしら?」


 ヨースブレンナーの図書室にもそれほど多くはありませんが、神話の本がございます。亡くなったおばあ様は古い文献を整理する文官で、わたくしに古い文字を教えてくださいました。


 おばあ様がわたくしに古い文字を教えたのは、政変の後、粛清や中央への召し上げによって古い文字を読める者が急激に少なくなったためです。後継を育てておかなければならないというのが表向きの理由で、お姉様と違ってわたくしがおっとりぼんやりしていて領主候補生の側近には向かないので、一つくらいは専門的なことができた方が良いというのが本当の理由だと聞きました。こうして神話の本を読むのにそれほど不自由しないのですから、習っておいてよかったと今ならば思えます。


 ……普通の文字より先に古い言葉を教えられたせいで、洗礼式の時に「自分の名前以外の文字が書けない上級貴族」と笑われた時にはおばあ様を恨みましたけれどね。


「あら、こんなところにも神話の本があるなんて……。この本は初めてですね」


 ヨースブレンナーでは図書室の本をしっかりと管理している文官がいないため、本棚をよく探さなければ目当ての本は見当たりません。ミュリエラ様によると、エーレンフェストの図書室はローゼマイン様の指示によってきっちりと管理されているらしく、本が分野ごとにまとめられているため、とても探しやすいそうです。


 一度で良いので、エーレンフェストの図書室にお邪魔してみたいと思います。もちろん、他領の者が入れるわけがございません。それくらいはわたくしにもわかっています。


 ……でも、エーレンフェストにお嫁入りできれば、いつかは図書室に入ることができるかもしれませんね。


 ふわふわしていると皆に言われるようなことを考えながら、わたくしは神話の本を手に取りました。ジャラリと音を立てる鎖が読書の邪魔にならないように気を付けながら閲覧用の机に置いて、本を閉じている留め金を外し、表紙を開きます。


 立ったまま本を見下ろしていると、黄色に近いオレンジ色の髪が肩から滑り落ちてきます。読書の邪魔なので、後ろで一つにまとめてしまいたいのですけれど、自室で側仕えに整えてもらうのではなく、図書室でそのようなことをして誰かに見つかれば、また淑女として云々と言われて大変なことになるでしょう。


 ……でも、自宅に戻るのも時間がかかりますし、鍵を戻して、またお借りするのも大変ですよね。


 わたくしは腰の革袋に手を入れて髪紐を握り、誰もいないか、辺りをそっと見回しました。


「リュールラディ、こそこそと周囲を見回して一体何をしているのです?」

「お、お姉様こそ何故こちらに!?」

「わたくしは領主会議の間に神事に関する本を探してほしいと主から頼まれているのです」


 お姉様は未成年なので、領主会議に同行できません。ですから、その間に本を探しておくように、と言われたのでしょう。


「リュールラディは一体何をしているのかしら?」

「わたくしもお姉様と同じようなものです。アウブから神々について調べるように言われたのですから」


 わたくしは少し胸を張ってそう言いながら、髪の紐から手を離し、腰の革袋からゆっくりと手を引き抜きます。結んでいる時にお姉様に見つからなくてよかったと、そっと胸を撫で下ろしました。けれど、お姉様の水色の瞳は鋭いままで、わたくしを疑わしそうにじっと見つめています。

 少しでもお姉様の関心を逸らそうと、わたくしは本棚に視線を向けました。


「お姉様がお探しの神事に関する資料でしたら、そちらの本棚の右端に一冊だけありますよ」

「あら、そうなの?」

「わたくしも神事について探しました。なかったので、今は神話の本を探しているのです。……ただ、神殿にはもしかしたら神事の本があるかもしれないとは思っています」


 わたくしの言葉にお姉様は不思議そうな顔で「神殿に本や資料があるかしら?」と首を傾げました。


「そんなところに資料があっても誰も読まないと思うのですけれど……」

「神事を行うのは神殿ですし、神殿育ちのローゼマイン様があれほど神事や神話について詳しくご存知なのですから、神殿にはあるかもしれないと思っただけです。エーレンフェストとヨースブレンナーの神殿は違うようなので、本当のところはわかりませんけれど」


 話を聞き、奉納式に参加したことで、理解はしているのですけれど、領主候補生が神殿長を務め、領主一族が出入りする神殿など信じられませんもの。


「リュールラディの言うことはもっともかもしれませんけれど、わたくしが神殿に向かうわけにはまいりませんわね。皆様が領主会議から戻ってきたら、神殿の者に持ってくるように命じていただきましょう」


 お姉様が納得したようなので、わたくしはお姉様に背を向けて神話の続きを読み始めました。初めて読む神話がいくつか載っていて、貴族院の奉納式でクラッセンブルクやダンケルフェルガーで語られていたメスティオノーラのお話があります。


「まぁ、このお話……。ヨースブレンナーにもあったのですね」


 エーレンフェストにはなかったようなので、こちらにもないとばかり思っていましたけれど、同じような話がありました。これはメスティオノーラの恋物語にとても役立ちそうではありませんか。重要そうなところだけを木札に書き出していきます。




 わたくしは五の鐘が鳴るまで図書室で本を読んだり、書き写したりしていました。鐘が鳴ったので鍵を返して、仕事場に戻ります。わたくしの文官としての仕事は、各地のギーベからの荷物や手紙の仕分けをして、担当部署に運んだり、逆にギーベへ荷物や手紙を送ったりすることです。


 荷物が多い日には一日に何度も転移陣を動かすのですから、魔力が結構必要になります。けれど、上級貴族は領主一族の側近になることが多いため、担当者は中級貴族が多く、回復薬を使って交代で仕事をしなければなりません。上級貴族であるわたくしはこの部署で重宝されているのです。


 ……魔力だけが頼られているのですけれどね。


 今は領主会議でアウブを始めとした上層部が不在なので、転移陣で送られてくる物は少ない時期になっていますが、全くないわけではありません。わたくしは上司に言われるまま、荷物を転移陣で送っていきました。




 お仕事を終えて自宅に戻ると、側仕えに着替えさせてもらい、早速隠し部屋に籠ります。わたくしは独り言を呟く癖があるので、他の方に聞かれたくない時はすぐに隠し部屋へ入ることにしているのです。


 ……ローゼマイン様の切ない初恋話を想像してお話を書く姿なんて、他の者に見られるわけにはまいりませんもの。


 隠し部屋に入ると、早速図書室で書いた神話の流れを見ながら、わたくしは考え始めました。


「ローゼマイン様は英知の女神 メスティオノーラで決定なのですけれど、フェルディナンド様はどの神様にするのが良いかしら?」


 お相手をどの神様にするのかが問題です。隠蔽の神 フェアベルッケン、導きの神 エアヴァクレーレン、育成の神 アーンヴァックスが生まれてから成長するまでの期間にメスティオノーラに深く関わっている男神ですから、この中から選ぶのはどうでしょうか。


 メスティオノーラが生まれるように元縁結びの神であるエアヴェルミーンから協力の要請を受けて、命の神 エーヴィリーベから土の女神 ゲドゥルリーヒを隠した隠蔽の神 フェアベルッケン。かの神の協力がなければメスティオノーラが生まれていません。そして、その後もメスティオノーラをエーヴィリーベから隠すために力を貸しているのです。


「あわやというところでフェアベルッケンの袖に隠され、エーヴィリーベから逃れたメスティオノーラがブルーアンファの訪れに気付くというところを思い浮かべるだけで、わたくし、居ても立っても居られなくなりますもの。フェアベルッケンを恋のお相手にするのは悪くない選択だと思うのです」


 メスティオノーラのお話だけを読むと、フェアベルッケンの助けによってブルーアンファが訪れる場面がいくつも簡単に思いつくので、フェアベルッケンがお相手でも問題ないと思えます。


 けれど、他のお話のフェアベルッケンは恋多き方で、様々な行いを隠してしまわれる神です。これまでのお話から得ているフェアベルッケンの雰囲気では、メスティオノーラの切ない初恋物語というより、稚い少女が悪い大人に翻弄されるひどい恋物語になってしまうのではないでしょうか。


 ……隠蔽の神 フェアベルッケンでは、フェルディナンド様とローゼマイン様の間にあった信頼感やほんのりと感じられるリーベスクヒルフェの糸の存在を表現できませんね。


「神殿でお育ちになったローゼマイン様にとってフェルディナンド様が唯一甘えられる存在というところは大事にしたいですもの。導きの神 エアヴァクレーレンや育成の神 アーンヴァックスの方が良いかもしれません」


 エーヴィリーベに対抗できるように導きの神 エアヴァクレーレンや育成の神 アーンヴァックスによって育てられたところを中心に書くならば、フェルディナンド様はこちらの神様の方がお似合いです。


「……でも、切ない恋物語になるでしょうか?」


 神話を読む限りでは、本当にただの教育係なのです。ゲドゥルリーヒから生まれた子供の中でメスティオノーラは神の力を持った唯一の娘で、その出産のために力を貸した神々が多かったことから、全ての神々から大事に育てられました。それは度々命を狙ってくるエーヴィリーベから身を守るために神具をお借りするのを許されていることからもわかると思います。つまり、教育係の神々は「この方にしか甘えられない」という絶対の対象ではないのです。


 ……わたくし、神々による子育て日記ではなく、切ない恋物語が良いのです。


 教育係の神々を恋のお相手にしたくても、神話のままでは切ない恋物語になりそうな要素が見当たりません。かなり改変が必要になってしまいます。困りました。


「幼い頃に接した男神が駄目ならば、誕生時と成長してから接するエアヴェルミーンをお相手にするのはどうでしょう?」


 命の神 エーヴィリーベは結婚の許しを得る時に闇の神に期待された多くの命を生み出すことは必要でも、ゲドゥルリーヒの胎内で時間をかけてゆっくりと育てなければならない神の子は不要とされました。


 命の眷属で縁結びの神であったエアヴェルミーンはエーヴィリーベの身勝手さに怒り、出産の女神 エントリンドゥーゲが力を十分に振るえるように土の女神の眷属を救い出しました。そして、光の女神と水の女神に協力し、メスティオノーラを身籠ったゲドゥルリーヒを出産の女神 エントリンドゥーゲの元へと連れて行ったのです。


 ゲドゥルリーヒを助け、メスティオノーラが無事に生まれたことに安堵したエアヴェルミーンは、自分の縁結びの力がエーヴィリーベとゲドゥルリーヒを結び付け、このような状況になったのだ、と非常に悔やみました。


 自分が力を振るっては周囲をまた不幸にしてしまうのではないか、と考えたエアヴェルミーンは縁を結ぶ神の力をリーベスクヒルフェに譲って、神の世界を去りました。


 縁結びの能力を譲っても、人の世界には不釣り合いな魔力がなくなったわけではありません。エアヴェルミーンは命の神 エーヴィリーベの力によって白で覆われた世界に降り立ち、土地を自分の魔力で満たしました。


 そして、エーヴィリーベに疎まれて白の大地に追いやられる人間達を保護することを贖罪とし、ゲドゥルリーヒとメスティオノーラが幸せに過ごせるように、と神々に祈りを捧げ続けたのです。


 成長したメスティオノーラは自分と母であるゲドゥルリーヒを救うために神の身分を捨てたエアヴェルミーンを神々の世界から見つめていました。できることならば彼を救いたいと考え、神々の世界から呼びかけます。


 けれど、エアヴェルミーンは元々神だった自分よりも、もっと苦労している人間達へその祝福を分けてほしいと懇願しました。敬虔に祈りを捧げているのは自分だけではない。彼等にこそ神々への祈りが届くような何かを、と願うのです。


 人間達の祈りも言葉も全く聞こえなかったメスティオノーラは、エアヴェルミーンが守る土地に降り立ちました。そこはエーヴィリーベの目を欺くために白だけでできた建物が並ぶ場所でした。


 建てられた神殿で祈りを捧げている神殿長の姿が見えます。けれど、その祈りはやはりメスティオノーラの耳には届きません。エアヴェルミーンによると、過剰な魔力に悩まされている彼を神殿へ招き、共に祈るようになったけれど、自分と違って人間達の祈りが神々に届いていないそうです。


 メスティオノーラは神々に相談しました。敬虔に祈りを捧げる者に救いをもたらすことをエアヴェルミーンが望んでいる、と。

 命の神の元から救い出された元土の女神の眷属達も、メスティオノーラのために尽力してくれたことを知っている神々も、エアヴェルミーンの望みを叶えることに否は唱えませんでした。

 敬虔な祈りを捧げていた神殿の者達には神々に祈りを届けるためのシュタープを与えられ、その中でも最も祈りを捧げていた神殿長はグルトリスハイトを写すことを許され、初代王となったのです。


「……ローゼマイン様とフェルディナンド様でなければ、真摯に祈りを捧げる初代王にメスティオノーラが一目でブルーアンファの訪れを感じ、花の女神エフロレルーメと共に舞う物語でも良いのですけれど……」


 ローゼマイン様とフェルディナンド様の状況を考えると、メスティオノーラとエアヴェルミーンの方が良い気がします。


 エアヴェルミーンが神の能力を賭してメスティオノーラの誕生を願った純粋な愛情。そして、自分の行いを悔い、神の力を手放すことでもたらされる別れ。更に、メスティオノーラが美しく成長してからの再会。

 まるでオルドナンツが大事なお知らせを運んでくるようにパッパッパッと情景が浮かんでは消えていきます。


「お互いに意識しても、自らの選択ですでにできてしまっている立場の差に苦悩するエアヴェルミーンと、周囲の神々からお話を聴かされて育ち、神々の世界からエアヴェルミーンを見つめているうちにラッフェルを少しずつ成長させていくメスティオノーラ……。信頼もしていますし、できる範囲内で手助けもするけれど、決して結ばれることはない二人」


 綺麗にはまった気がいたします。メスティオノーラとエアヴェルミーンの切ない恋を描いた建国の物語を書くのです。


「エアヴェルミーンは元神様ですもの。ユルゲンシュミット中を探してもこのような殿方はいらっしゃいません、と胸を張って言えるような方にすればどなたもフェルディナンド様のことだとは思わないでしょう」


 幸い、わたくしはフェルディナンド様について詳しくは知りません。エーレンフェストから出版されている貴族院の恋物語や騎士の恋物語を参考に、エアヴェルミーンをどのような殿方にするのか考えていきます。


「……貴族院が始まる冬までに完成させられるかしら?」


 神話の木札を見つめながら、わたくしは小さく零しました。初めてなのでどのくらい時間がかかるのかわからないのです。けれど、弱気になっている場合ではありません。

 ミュリエラ様から安く譲っていただいたエーレンフェスト紙を広げ、わたくしは早速ペンを手に取りました。


 ……やります。わたくし、メスティオノーラの切ない初恋の物語を書くのです。芽吹きの女神 ブルーアンファ、そして、言葉の女神 グラマラトゥーアよ! わたくしに御加護をくださいませ。神に祈りを!


10万ポイント記念SSでした。

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