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ラザファムとの会話

第536部の直後です。

時間がなかったのと、本筋に関係ないので本編から切り取った部分の再利用SSですが、よろしければご覧ください。

「申し訳ございません、ローゼマイン様。お伺いしたいことがございます。少しだけお時間をいただいてよろしいでしょうか?」

「えぇ、何でしょう?」


 クラリッサとの話し合いを終えて、神殿に帰ろうとしたところでラザファムに呼び止められて振り返る。

 ラザファムは少し癖のある黒に近い深緑の髪を後ろに撫でつけ、穏やかな微笑みを浮かべた緑の瞳をしているフェルディナンドの側仕えだ。ビシッと身嗜みを整えたラザファムがフェルディナンドに仕えている姿は若いマルクという感じに、わたしには見えたのだ。物腰や雰囲気が何となくマルクに似ているというだけで、わたしは勝手に親近感を抱いている。


「フェルディナンド様がアーレンスバッハで神事に携わっていると聞こえたので、詳しいことを知りたいのです」

「何故そこまで?……あの、教えたくないのではなく、元の主の心配をしているにしては、ラザファムの表情はとても切羽詰まったものに見えるので不思議に思っただけなのです」


 ラザファムがしばらくの逡巡を見せた後、盗聴防止の魔術具を取り出した。わたしが手に握ると、ラザファムは周囲を気にして口元を押さえるようにしながら「私はフェルディナンド様に名捧げしている下級側仕えなのです」と言った。


 自分の身を自分で守れる戦闘力がない以上はアーレンスバッハに連れて行けない、と言われ、置いて行かれたそうだ。同じように大事だけれど、アーレンスバッハには持って行けない館や私物の管理と保管を任されているらしい。


 ……それは心配するよね。


「アーレンスバッハでの状況が落ち着けば呼び寄せる、とフェルディナンド様はおっしゃいましたが、この館の管理を任された私の下にはほとんどフェルディナンド様に関する情報が入りません。ご存じのことがあれば、教えていただきたいと思います」


 アーレンスバッハで祈念式を行うことになり、養父様が抗議の準備をしていることやアーレンスバッハでは客室しかないので研究ができずに不満を溜めていること、相変わらず執務ばかりに没頭して食事や睡眠を疎かにしていることなど、わたしは自分が知っている情報で、公開しても問題のないことを教えた。


「まだ星結びの儀式さえ終えていないフェルディナンド様に祈念式をさせるのですか!?」

「えぇ。ひどい扱いでしょう? アウブが領主会議で抗議するとおっしゃっています。……でも、祈念式の間は少し執務から離れられるので、気が楽かもしれないというところが非常に皮肉なのですけれど」


 フェルディナンドはエーレンフェストでも祈念式や収穫祭で領地内を巡るついでに素材採集をしていた人だ。きっとアーレンスバッハでもこれ幸い、と素材採集をしているだろう。


「ユストクスがいますし、フェルディナンド様は間違いなく領地内を巡るのを楽しんでいると思います。けれど、この扱いをエーレンフェストの当たり前と思われても困りますし、他の方が同じような扱いを受けるようになっては困るでしょう?」


 わたしの言葉にラザファムはひどく複雑な微笑みを浮かべた。


「ローゼマイン様はフェルディナンド様の息抜きになっていると思われるのですね。……しかし、私が知る限り、神殿に入ったフェルディナンド様の表情が少し和らいだように感じられるようになったのは、ローゼマイン様が神殿に入られてからのことです」


 前神殿長の下で本来ならばいくつもの役職で手分けして担う仕事を一人で抱え込んで、薬漬けだった頃のフェルディナンドの姿が蘇る。


「あの頃は魔力的にも事務的にも手が足りなくて本当に大変そうでしたもの。初めての奉納式でわたくしが一緒に魔力を奉納することにとても安堵していたのを覚えています」

「アーレンスバッハの神事がどのようなものか存じませんが、エーレンフェストのように自分の勝手にできる部分は少ないのではございませんか? 顔にも口にも出さない方なので、心配です」


 確かにフェルディナンドが神殿で好き勝手にできるようになったのは、前神殿長を排してからだった。他領の神殿や神事で、好きなように振る舞うことはできないかもしれない。わたしと違って、フェルディナンドは生粋の貴族なのでアーレンスバッハの側近達の前で羽目を外すようなことはしないだろう。


「顔を見れば無理をしているかどうかもわかるのですけれど、検閲が入るお手紙では取り繕ったことしか書かれませんから、確かに心配ですね」


 執務から解放されて少しは羽を伸ばしているだろうと思っていたけれど、にわかに心配になってきた。


「祈念式の途中でお手紙を送ってくだされば良いのですけれど……無理でしょうね」


 わたしが三つ出したら、一つ返事が来るくらいの頻度でしか返事が来ないくらいに忙しいのだ。祈念式ではレティーツィアの教育も行うと書状に書かれていた。自分が教育を受けた時のことを考えても、ものすごく忙しいと思う。


「でも、星結びが終われば隠し部屋も持てるようになりますし、扱いが客人でなくなるので、少しは安心できるようになるでしょう。……早くラザファムが呼び寄せられる日が来ると良いですね」

「はい。その日を心待ちにしています」


 フッと嬉しそうにラザファムが微笑んだ。呼んでくれるという約束が何だか羨ましく思える。


 ……まぁ、呼ばれても困るんだけどね。


 わたしの家族がここにいる以上、わたしがいるのはエーレンフェストなのだけれど、それでもちょっとだけラザファムが羨ましい。


「ねぇ、ラザファム。また書状やお手紙が届いた時は、わたくしが知っているフェルディナンド様の情報を教えします。ですから、ラザファムはわたくしにラザファムの知っているフェルディナンド様のお話をしてくださいませ。……貴族院での失敗話なんてどうでしょう?」


 わたしがクスッと笑って「フェルディナンド様がいない内にこっそり教えてください」と言うと、ラザファムは昔を思い出すように懐かしそうな顔になった。


「フェルディナンド様に失敗話などございません。失敗しないように常に気を張っていらっしゃいましたから。……ただ、そうですね。他の生徒がいなくなった時期に自由な行動を楽しんでいた頃のお話ならば、少しできると思います」

「楽しみにしていますね」


 わたしはラザファムとの話を終えて、図書館を後にした。


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