リーゼレータ視点 シュミルのぬいぐるみ
第505話 ライムントの研究とヒルシュールの注意の後で作られ始めたシュミルのぬいぐるみについて。
わたくしはリーゼレータと申します。ローゼマイン様の側仕えとして貴族院の最終学年に在籍しています。
「ローゼマイン様、こちらでいかがでしょう? 可愛らしく仕上がったと思うのですけれど」
「素晴らしいです、リーゼレータ!」
わたくしが作ったシュミルのぬいぐるみを見て、寝台に寝転がったままローゼマイン様が嬉しそうな笑顔になりました。最近はあまり見られなくなっていた笑顔にわたくしもつられて笑顔になります。
……やはりローゼマイン様は笑顔でなければ。
紺色の毛並みに金の瞳のシュミルのぬいぐるみをローゼマイン様が抱えている様子は大変お可愛らしく、作ってよかった、と心から思うのです。
今回わたくしが作ったのは、ヒルシュール研究室でライムントに設計させた録音できる魔術具が入ったシュミルのぬいぐるみです。ローゼマイン様はグリュンにしたいとお考えのようでしたけれど、グリュンからローゼマイン様のお声がするよりもシュミルから聞こえる方がよほど可愛らしいではありませんか。わたくし、そこだけは絶対に譲れません。
……ハァ、なんてお可愛らしい。このようにぬいぐるみを持ったローゼマイン様をシュバルツ達と並べてみたいものです。……あら、でも、このシュミルはフェルディナンド様に贈られるのだったかしら?
フェルディナンド様が眉間に皺を刻みながら紺色のシュミルを睨んでいる様子を思い浮かべると、少し笑いが込み上げてきます。もちろん、仕事中ですから笑い出すことはしないように我慢します。
まだ熱が引いてはいないため、ローゼマイン様は寝台から出られません。シュミルのお腹にある魔石に手を伸ばしています。
「フェルディナンド様、きちんと休んでいらっしゃいますか? お仕事はほどほどになさいませ」
「どんなに忙しくてもご飯を食べなければ力が出ませんよ。お薬に頼りすぎず、きちんとご飯を食べてくださいね」
ローゼマイン様はシュミルから言葉がきちんと発せられるか確認し、満足そうに頷きました。
「フェルディナンド様に贈っても箱の中に放り込まれるでしょうから、ユストクスに贈って必要な時に使ってもらう方が良いかしら?」
シュミルのぬいぐるみを抱えて真剣に考え込んでいるローゼマイン様を、わたくしの隣で見ていたブリュンヒルデが小さな声で呟きました。
「ねぇ、リーゼレータ。このような注意事項がフェルディナンド様からローゼマイン様にも必要だと思いませんか?」
「もう一つ作って、録音してくださるようにお願いしましょうか?」
アーレンスバッハへ向かったフェルディナンド様ですが、領地対抗戦や卒業式にはディートリンデ様をエスコートするために貴族院へいらっしゃるはずです。その時に少しお小言を吹き込んでいただきましょう。
貴族院が始まってすぐの頃にもフェルディナンド様からのお言葉で気分の切り替えができたのです。フェルディナンド様のお声を聴くことができれば、きっとローゼマイン様のお心が慰められるはずです。
……ローゼマイン様にとって安らぎを感じ、甘えられる存在はまだフェルディナンド様しかいらっしゃらないのでしょうね。
早く婚約者であるヴィルフリート様に甘えられるようになれれば良いと思っているのですけれど、今年の貴族院で何か起こるたびに「フェルディナンド様にお手紙を書かなくては」と言っては隠し部屋に籠るローゼマイン様を見ていると、まだまだ先のことだと思わざるを得ません。
……お手紙を書くことで頭の中を整理し、感情を発散させているようですし……。
フェルディナンド様がアーレンスバッハへ向かってから、ローゼマイン様は感情をお隠しになるのが大変上手になりました。そして、隠し部屋に籠る回数が増えました。取り繕いが上手くなったのに、神殿育ちで常識が少しずれているところはそのままなので、どこから認識が食い違っているのか理解するのが難しくなっています。
……お姉様の笑顔の誤魔化しも覚えてしまわれましたし。
お母様がおっしゃっていた「幼い子供は周囲の悪いところ程すぐに覚えてしまうのですから、ローゼマイン様の前では言動に殊更気を付けるのですよ」という言葉を思い出し、わたくしは肩を落とします。
……申し訳ございません、お母様。わたくしの力が足りなかったため、ローゼマイン様はお姉様の悪いところを真似していらっしゃいます。
「ローゼマイン様」
フィリーネがいくつかのお手紙を持って部屋に入って来ました。
「エーレンフェストからのお手紙と一緒にアーレンスバッハのレティーツィア様からのお手紙が転送されて参りましたよ。アウブによると領地対抗戦までに目を通しておいた方がよいそうです」
わたくしとブリュンヒルデは少し下がり、フィリーネが寝台に近付けるように場所を開けます。ローゼマイン様へ手渡す前に文官見習いとして手紙を先に調べ、内容を確認していたフィリーネが小さく笑いました。
「こちらのお手紙はフェルディナンド様からレティーツィア様への課題の一つのようです。そして、同時にローゼマイン様への課題でもあるようですよ。貴族らしい言葉で、レティーツィア様のお手本となるような返事をしたためるように、と書かれています」
「大変です、フィリーネ。わたくし、熱が上がってきたようです」
突然のフェルディナンド様からの課題に頭を抱えているのに、ローゼマイン様のお顔はとても楽しそうに見えます。やはりフェルディナンド様がエーレンフェストにいらっしゃらないことが、お気持ちにずいぶんと影響しているようです。
「フェルディナンド様の課題に答えるためにも、先にレティーツィア様からのお手紙を読みますね」
嬉々として手紙を読み始めたローゼマイン様がすぐに難しいお顔になりました。
「……これはどういう意味かしら? レティーツィア様はフェルディナンド様から課題を与えられて嬉しい……ということでしょうか? この辺りは遠回しな自慢? いえ、こちらは苦悩しているようにも読み取れますね」
レティーツィア様の手紙に目を通していたローゼマイン様のお言葉にリヒャルダが手にしていた衣装の片付けをグレーティアに任せてすぐさま寝台へ近付きます。
「ローゼマイン様、一緒に解読いたしましょう。読み違えると、お返事が大変なことになりますよ」
「……お願いします」
神殿育ちのため、ローゼマイン様はどうにも貴族特有の言い回しに慣れていらっしゃいません。自分の言いたいことを伝える時はできないわけではないのですけれど、お相手の言いたいことを読み取る力が少し低いのです。
……幾通りかの解釈ができるのが貴族の言い回しなのですけれど、ローゼマイン様は時々とんでもない読み取り方をされますから。
リヒャルダやミュリエラと一緒にお手紙を読むのであれば、問題ないでしょう。ローゼマイン様の寝台の前で手紙を見始めた側近達を見ながら、わたくしは一歩下がりました。
「ブリュンヒルデ、わたくしは少し下がって次のシュミルを作ってまいりますね」
「えぇ、お願いします」
わたくしはローゼマイン様の前から下がり、衣裳部屋へ向かいます。わたくしが裁縫箱を取り出し、新しいシュミルを作るための布を探していると、衣装を片付け終えたグレーティアが興味深そうに近付いてきました。
「リーゼレータ、また何か作るのですか?」
グレーティアは旧ヴェローニカ派にいた頃から同派閥の殿方にからかわれることが多かったということで、同じ旧ヴェローニカ派の側近で、同じように名捧げをしていてもマティアスやラウレンツが少し苦手なようです。基本的に同性である側仕えの誰かと行動を共にしています。
グレーティアは上位領地の方々とお付き合いするのが苦手だと言っていましたが、次から次へと王族が関わるローゼマイン様の側近です。なるべく内向きのお仕事を振り分けるようにしていますが、嫌でも外と関わる必要があるため、シャルロッテ様の側仕えに比べると、確実に上位領地相手の経験を積んでいます。
先日は「王族が関わる儀式に、主の将来が大きく関わるダンケルフェルガーとの変則的なディッター……。慣れた手順でできる分、上位領地が相手のお茶会の方がよほど気は楽ですね」と言っていました。
……全面的に同意いたします。上位領地が相手でも、王族が相手でも、お茶会ならば安堵できてしまうようになりましたもの。
グレーティアにはわたくしの卒業後のローゼマイン様を支えられるように強くなってほしいものです。
「録音の魔術具が入った新しいシュミルを作って、フェルディナンド様からローゼマイン様へのお小言を入れてもらおうと思うのです」
「フェルディナンド様のお小言ですか? 一体何のために、でしょう?」
グレーティアが不思議そうに尋ねます。今年の貴族院からローゼマイン様にお仕えし始めたグレーティアはローゼマイン様とフェルディナンド様の関係を知りません。
「ローゼマイン様にとってはフェルディナンド様が唯一家族同然に甘えられる相手でしたから、お声を聴くだけでも安心できると思うのです」
「……フェルディナンド様が、ですか?」
ローゼマイン様とフェルディナンド様の関係を知らないグレーティアに、わたくしは布を選びながら説明していきます。フェルディナンド様を彷彿とさせるような水色の、手触りの良い毛皮があれば良いのですけれど、なければ染めなければなりません。
……この白の毛皮を染めるのが一番でしょうか。
ローゼマイン様がこの冬の間も少しずつ成長しているため、簡単なお直しができるように今年は衣裳部屋に布がたくさん準備されています。先日もスカートの裾にレースを取り付けることで少し丈が長く見えるようにお直しをしたのです。
「ローゼマイン様はカルステッド様とエルヴィーラ様の娘として洗礼式を受けていますが、エルヴィーラ様の実のお子様ではないのです。洗礼式が行われる前の季節一つ分しか兄妹として過ごしていないとコルネリウスから聞いたことがあります」
「あれほど仲が良いのに、異母兄妹なのですか……」
洗礼式で同母の兄妹となったのはローゼマイン様もグレーティアも同じですが、グレーティアは兄からひどくいじめられていたそうです。洗礼式で同母となった異母兄妹でも仲良くできるという事実に驚いています。
「グレーティアは貴族院の寮内の関係しか知らないでしょう? 寮のお二人は多少兄妹らしいやり取りをしていらっしゃいましたけれど、普段は主と護衛騎士という役割に徹するので距離があるのですよ」
白の毛皮を手に取って、わたくしはシュミルのぬいぐるみを作るのに十分な大きさがあるのかを確認します。
「ローゼマイン様とエルヴィーラ様の仲も良好ですけれど、わたくしから見ると、社交や貴族社会での立ち回りを教える上司と部下、教師と生徒という印象があります。ローゼマイン様も良い子でいようと気を張っているのがわかるのです。フロレンツィア様とシャルロッテ様の関係とはまた違います」
養父母となられたアウブ一家との関係も良好なのですけれど、やはり実子ではないせいでしょう。こちらはローゼマイン様の方が一歩引いている感じがします。実子の前でどのように甘えれば良いのかわからないのかもしれません。
「良い子でいようとするローゼマイン様の姿勢がフッと消えるのは自室ではなく、神殿なのです。そして、長年保護者でいらっしゃったフェルディナンド様がいらっしゃる時でした」
「……フェルディナンド様がアーレンスバッハへ向かったのは、ローゼマイン様にとって非常に大きな損失だったのですね。初めて知りました」
こちらの事情には詳しくなかったグレーティアにはフェルディナンド様が大領地へ婿入りすることが喜ばしいことで、ローゼマイン様もお喜びだったように見えたようです。
「今年の貴族院でローゼマイン様はまるでゆったりとした時間を恐れるように予定を詰めていらっしゃいます。今も楽しそうではあるのですけれど、わたくしには以前と違って読書が何となく逃避行動に見えるのです」
昔のお姉様が最終試験前になると殊更訓練の予定を入れていた時に似ていると言えばわかりやすいかもしれません。考えたくないことから目を逸らすために自分が好きなことに打ち込んでいるのですけれど、どうにも気になって後ろめたいようなお顔をしています。
「……ローゼマイン様は一体何から目を逸らしているのでしょう?」
「それはわたくしにもはっきりとはわかりません。けれど、はっきりしているのは、不安定になったのが、フェルディナンド様がアーレンスバッハへ向かってからのことだということです。ローゼマイン様はご家族よりもフェルディナンド様を慕っているようですね。今の時点では婚約者であるヴィルフリート様より大事な存在であるのは間違いありません。これからヴィルフリート様がフェルディナンド様に代われる存在になってくだされば良いのですけれど……」
婚約者であるヴィルフリート様とローゼマイン様には少しずつ歩み寄ってほしいと思っています。今のお二人はそれぞれ別の方向を見ていて、お互いの姿を映していません。
「王族からのお言葉があったのですよね?」
「……えぇ」
熱が下がっていないのに、事情を知りたがり、動き回ろうとするローゼマイン様にはまだお知らせしていませんが、王族より厳しいお言葉があったことはヴィルフリート様から伺いました。
「エーレンフェストの発展にローゼマイン様は必要不可欠ですもの。わたくし達もお守りしなければ……」
今年のお茶会ではまだ一度も意識を失って倒れたり、直前に体調を崩してお茶会への出席を取り止めたりしていません。お茶会で奉納式を企画し、王族と中小領地を取り持ったことは高く評価されているのです。
わたくしの言葉にグレーティアは不安そうな顔になり、少しだけ視線を下げました。
「……けれど、シュツェーリアの盾に入ることができなかった領地からは恨みを買っています。エーレンフェストに恨みを持つならば、問題をわざと起こしてローゼマイン様をエーレンフェストから取り上げようと考える者もいるでしょう。今まで以上の警戒が必要です。ヴィルフリート様にも、ローゼマイン様にも」
「リーゼレータ、ローゼマイン様がお呼びですよ」
ブリュンヒルデに呼ばれて御前に向かうと、ローゼマイン様が「もう一つシュミルのぬいぐるみが欲しいのです」とおっしゃいました。レティーツィア様に贈られるそうです。
「このお手紙によると、フェルディナンド様が厳しくてどのように耐えれば良いのか、と悩んでいらっしゃるようです。わたくし、レティーツィア様のためにもフェルディナンド様を止めるための言葉が必要だと思うのです」
ローゼマイン様が生き生きとした様子で録音の魔術具に吹き込む言葉を考えています。「あまり厳しいお言葉はダメですよ」とか「たまにはよくできたと褒めてくださいませ」とか「今日はよく頑張ったな、というお言葉をいただきたいです」とか、ローゼマイン様の口から出てくる言葉に何だか胸が痛くなりました。
……それはレティーツィア様にではなく、むしろ、ローゼマイン様にこそ必要なお言葉ではございませんか?
そう言いたいのを呑み込んで、わたくしはレティーツィア様のためのシュミルのぬいぐるみを作る約束をし、衣裳部屋へ下がる許可を得ました。
「ローゼマイン様、わたくしもリーゼレータのお手伝いをいたします。領地対抗戦や卒業式でいらっしゃったフェルディナンド様に届けていただくのでしたら、時間がありませんもの」
「お願いします、ミュリエラ」
手先が器用なミュリエラはそう言ってローゼマイン様から許可を得ると、わたくしの背後について来ます。
……先程の白い毛皮をそのままレティーツィア様のシュミルに利用しましょうか。
切り終わった毛皮を見つめながらそう考えていると、ミュリエラがひどく楽しそうな笑顔で裁縫箱を持ってきました。
「ミュリエラ?」
「本当は御自分こそがフェルディナンド様に甘えたいのをローゼマイン様はグッと堪えていらっしゃるのですよね。これはきっと恋です。なんて儚く美しい……」
「フェルディナンド様とローゼマイン様にそのような意識は全くありませんよ」
意識がなくても想像するのは自由ですよね、と言いながらミュリエラは針に糸を通します。
どちらかというと飼い主と愛玩動物、と心に浮かんだ言葉をわたくしはグッと呑み込みました。主にはとても失礼な言葉だと思ったのです。
けれど、フェルディナンド様とローゼマイン様は、虚弱なのに何をするのかわからない愛玩動物を「面倒で手間がかかる」と言いながらこまめにお世話する飼い主と、飼い主に褒められたくて頑張っているはずなのに騒動へ発展して叱られる愛玩動物にしか見えない時があるのです。
……わたくしもローゼマイン様を愛でたいと思ったことはございますけれど、抑えているのですよ。
「ところで、リーゼレータのエスコート相手はどなたですの?」
恋愛関係のお話が大好きなミュリエラが目を輝かせて身を乗り出しました。そういえば、レオノーレやフィリーネ達にはすでに話していましたけれど、今年の貴族院から側近に加わったミュリエラ達には特に話をしていなかった気がします。
「たくさんの騎士からマントに刺繍をしてほしいと申し込まれていたではございませんか。他領の方からもいくつかお申し込みがあったのでしょう?」
ローゼマイン様が奉納式を行ったことで、他領からの注目が増えたのは確かです。けれど、わたくしはローゼマイン様の側仕えです。他領に向かうつもりもなければ、他領に情報を流されそうな相手を夫に選ぶつもりもございません。お父様とお母様のように夫婦で領主一族を支えていけるようになりたいのです。
「両親からお話があって、わたくしのお相手はすでに決まっています。ヴィルフリート様の文官のトルステン様をご存知かしら? 中級に近い上級貴族の方で、色合わせも済ませました」
「そうなのですか!?」
「特に問題なかったので、両親の間でお話が進んでいます。トルステン様がお相手であれば、お互いの情報を共有することでヴィルフリート様とローゼマイン様が良き夫婦となるためのお手伝いができるのではないか、と思っています」
トルステン様は穏やかで落ち着いた雰囲気の方です。すでに成人していて、貴族院でご一緒したのはわたくしが低学年の頃です。お姉様の結婚話が大変なことになっているので、跡取りとなるわたくしの結婚話は両親の手の内で終えたいと考えたのでしょう。これ以上のお相手はない、と両親はとても喜んでいます。
「こう、胸が躍るような恋はないのですか? 数年ぶりに再会したリーゼレータとトルステン様に芽吹きの女神 ブルーアンファが囁いたとか……」
親が決めた関係を打ち壊すような恋のお話が欲しい、とミュリエラが言います。
粛清によって親が亡くなり、名捧げをしなければ生きていけなかったミュリエラが結婚できる可能性は低いです。エルヴィーラ様に名を捧げることになるのですから、エルヴィーラ様の後援があれば結婚はできるかもしれません。けれど、本来ならば連座で処分されるはずだった犯罪者の娘という視線が消えることはないでしょう。自身の結婚を諦めているミュリエラだからこそ、恋物語に熱中するのかもしれないと思います。
「……恋愛関係では穏やかな関係が築ければよいのですよ。物語のような波乱万丈はローゼマイン様にお仕えしたこの三年間で十分に経験いたしました」
一年目はアナスタージウス王子から呼び出しを受けたローゼマイン様が意識を失い、真っ青になっておろおろするだけでした。二年目はエーレンフェストが主催した図書館のお茶会なのにヒルデブラント王子の前でローゼマイン様が意識を失い、後始末に奔走いたしました。三年目はツェントがいらっしゃる奉納式を開催することになり、無事に儀式を終えました。
「一介の中級貴族にこれ以上刺激的な人生は必要ないと思いませんか?」
ミュリエラがハッとしたように顔を上げた後、困ったように辺りを見回します。
「……来年はリーゼレータもレオノーレもいないのですよね?」
「ミュリエラはエルヴィーラ様に名を捧げても、貴族院ではローゼマイン様の側近ですものね。常に指示を出していたフェルディナンド様がいなくなって、ローゼマイン様は色々な方面で影響力の規模が拡大しています。わたくしは卒業いたしますけれど、しっかり対応してくださいませ」
わたくしが微笑むと、ミュリエラが「何ということでしょう」と衝撃を受けた顔で固まってしまいました。
500話達成記念SSです。
先にできたので、こちらを500話記念にします。