レティーツィア視点 お手紙
第482~483話 お返事 前・後編の少し前のレティーツィア視点です。
SS リーゼレータ視点 シュミルのぬいぐるみにも関係してきます。
『ローゼマイン様へ
ローゼマイン様がこのお手紙を読まれる頃には貴族院が終わっている頃でしょう。
先日のお勉強の時間に、フェルディナンド様から早くも講義を終えたようだ、と伺いました。そろそろ体調を崩す頃合いだろう、とフェルディナンド様が心配していらっしゃいましたが、お元気でしょうか?
ローゼマイン様はとても優秀だそうですね。わたくしはフェルディナンド様に課題を与えられ、勉強する日々を過ごしています』
「あら、レティーツィア姫様。エーレンフェストのローゼマイン様にお手紙を送られるのですか?」
わたくしがお手紙を書いていると、筆頭側仕えのロスヴィータが少し覗き込むようにして尋ねました。わたくしは一度ペンを置いて、ロスヴィータを見上げます。
「……えぇ。ローゼマイン様も送っても良いと言ってくださいましたし、フェルディナンド様からの課題の一つでもあるのです」
貴族院へ送るのではなく、境界門からエーレンフェストに向けて送るように、と言われています。アーレンスバッハのゲオルギーネ派、境界門、エーレンフェストの文官、といくつもの検閲がかかることを想定した上で自分の主張を相手に伝える技術を磨くには良い機会だそうです。
ドレヴァンヒェルの両親へ送るお手紙くらいしか書いたことがないわたくしにとって、他領の優秀な領主候補生に出しても恥ずかしくないお手紙を書くというのは大変な課題なのです。
「フェルディナンド様は本当に厳しいこと。貴族院へ入学する前の子供に課せられるような課題ではありませんよ」
知識は自分の身を守る武器にも盾にもなる、とおっしゃって、次々と課題を積み上げていくフェルディナンド様の姿に少しばかり憂鬱な気分になります。けれど、ゲオルギーネ様やディートリンデ様に言質を与えないように立ち回ることは、これからのわたくしに必要なことなのです。
「……自分に必要なことはわかってはいるのですけれど、ね」
必要だとわかっていても自由時間がほとんどなくなり、課題の出来を見たフェルディナンド様がかけてくださる言葉のほとんどが「まぁ、だいたい予想通りか」ばかりなので、現状はとても息苦しいのです。
課題達成した時にくださるお菓子くらいに甘い言葉をくださるのは諦めました。そのお菓子も「フェルディナンド様は褒め言葉が足りないのですから、ご褒美くらいは目に見える形にしてあげてくださいませ」とローゼマイン様が準備してくださった物だそうです。ユストクスが教えてくれた、とゼルギウスが言っていました。
……ご褒美のお菓子がなければ、わたくしはとっくにお勉強から逃げ出したくなっていたでしょう。
「フェルディナンド様から褒め言葉はほとんどございませんからね。わたくしが代わりにお褒めいたしますよ。姫様は本当によく頑張っていらっしゃいます」
ロスヴィータはドレヴァンヒェルから一緒にやって来たわたくしの乳母です。お母様がドレヴァンヒェルに嫁ぐ前、アーレンスバッハにいた頃からお母様にずっと仕えていて、アーレンスバッハへ戻るわたくしのことを頼まれた側近中の側近だと聞いています。ロスヴィータの家族は夫も子供達もわたくしのために側近として付き従い、アーレンスバッハへ来てくれました。そして、わたくしを守ってくれているのです。
フェルディナンド様にとってローゼマイン様が家族同然ならば、わたくしにとってはロスヴィータ達が家族同然という存在になるでしょう。
「それに、これだけ勉強時間が増えるのは冬の間だけのことですよ」
「ロスヴィータ?」
「ディートリンデ様が戻られたら、姫様とフェルディナンド様の接触を疎まれる可能性もございますから」
ディートリンデ様がご卒業されて、執務を行うようになれば、その確認のために時間が必要になり、わたくしの勉強に割ける時間は確実に減るだろう、とフェルディナンド様は予想されているようです。
「文官達は喜んでいますね。ずいぶんと仕事が進むようになったようですもの」
側近達やその家族から、お父様が亡くなってから滞っている案件が多かった執務がどんどん進むようになった、と聞いています。ディートリンデ様が貴族院にいらっしゃるうちに進めておきたい案件がフェルディナンド様に押し寄せているようです。
「エーレンフェストでアウブ代理が務まる程度の執務をずっとしていたというお言葉に誇張も嘘もなかったようですね」
ロスヴィータの言葉にわたくしは頷きました。神殿に押し込められていたエーレンフェストの領主候補生ということでフェルディナンド様に対して懐疑的であった貴族達がずいぶんと見る目を変えているそうです。
「……ゲオルギーネ様が離宮に引っ込んでいらっしゃるのが少し不気味なのですけれど」
エーレンフェストという繋がりでゲオルギーネ様が積極的にフェルディナンド様と接触を持つのかと考えられていたのですけれど、ゲオルギーネ様は本館から離宮へ住まいを移され、そちらの整備に忙しいのか、冬の社交界にあまり顔を出していないように見えます。
「離宮に貴族を招いているようですよ。ゲオルギーネ様が本館にいらっしゃった頃よりももっと情報を得られにくくなりました。それだけは本当に困りますね」
本館にいてくだされば、忍び込める側近達やゲオルギーネ様の側近達から漏れ聞こえてくる噂があったのですけれど、離れてしまうと離宮へこちらの派閥の者が立ち入るのは難しく、漏れ聞こえてくる話も減ってしまうのです。
「フェルディナンド様が得た情報によると、離宮に移るということでゲオルギーネ様は新しく下働きを入れたり、旧ベルケシュトックの貴族達を側近に迎えたりしているようです。詳細がよくわからないとおっしゃいましたけれど、フェルディナンド様が予想以上に情報を得ていて驚きました」
「アーレンスバッハに到着したばかりなのに、一体どこから情報を得ているのでしょう?ゼルギウスが常に付いているはずなのにわからない、と言っていましたものね」
……フェルディナンド様が優秀であることはとてもよくわかりますけれど、同じだけをわたくしに要求されると非常に困るのです。
フェルディナンド様からの課題となっているお手紙を見て、わたくしはゼルギウスの言葉を思い出しました。フェルディナンド様の側近で弟子であるライムントからのお手紙にローゼマイン様からのお手紙も同封されていたようなのです。届くお手紙の確認を全て任せてくださるので、とても楽だそうです。そして、お返事のたたき台をゼルギウスとユストクスに任せるのだそうです。
「ローゼマイン様は貴族院において最速で優秀な成績を収めたことで、フェルディナンド様から大変結構という褒め言葉を賜ったようです。わたくしが大変結構と褒めていただける日は来るのでしょうか?」
「ローゼマイン様にも苦手な物があるとおっしゃいましたから、姫様の方が優秀な部分もございますよ」
ロスヴィータの慰めにわたくしは沈んだ気持ちになりました。
「けれど、神殿育ちのローゼマイン様と違って貴族の姫としてずいぶんとしっかりしているという評価は、どう考えても褒め言葉ではありませんわ。ロスヴィータもそう思うでしょう?」
わたくしはロスヴィータに少しばかり愚痴を零しながらペンを再び手に取りました。そして、ローゼマイン様へのお手紙の続きを書きます。
貴族らしく遠回しに書いた「ローゼマイン様にもフェルディナンド様は厳しい態度なのでしょうか?」と「大量の課題と厳しい視線に心が折れそうな毎日をどのように乗り切って来たのか、教えを乞うことができれば嬉しいです」が上手くローゼマイン様に伝われば良いと思います。
コミカライズ記念SSです。
山のような課題に心折られそうなレティーツィアと手加減しているつもりのフェルディナンド。
そして、二人の調整役として裏で頑張っているゼルギウスはロスヴィータの息子です。