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トゥーリ視点 焦る気持ち

時間軸としては、第262話 イルクナー収穫祭の少し後になります。



「トゥーリ、もうそろそろ終わりにしたら?」

「ここだけ終わったら寝るよ」


 母さんに言われて、わたしは一枚の花弁を編みあげて、かぎ針を置いた。

 赤い花弁を見ながら、ぐっと大きく体を逸らして、「ん~」と伸びをする。


「ダプラになってから、ずいぶん忙しくなったわね」

「全部マインのせいだよ」


 わたしはむぅっと唇を尖らせた。

 わたしがダプラになった頃から、コリンナ様やオットー様が次々とお貴族様から花の飾りの注文を取ってくるようになった。貴族の星祭りでマインが何かしたらしくて、どのお貴族様も皆マインの紹介だって、二人は言っている。

 おかげで、髪飾りを作るわたしは大忙しだ。もちろん、工房にはわたしの他にも花を作る人はいるけれど、一番種類が多く作れて、慣れているのはわたしなのだ。


 マインがくれる絵本や手紙の中には「こんな編み方もあるけれど、髪飾りに使える?」というような一文と編み方の記号が書かれているものがある。他の皆はその記号を知らないので、最初に作るのは当然わたしになる。


 その編み方を自分で覚えて、新しい花が作れるかどうか試してみてから、皆に教えるので、わたしはいつの間にか工房で教える立場になっていた。

 せっかくダプラ契約をしたのだから、工房で重用されるのは嬉しいんだけど、髪飾りを作るばかりで、あまり針子の腕が上がっていない気がする。


「わたしはマインの服を作るって約束したんだよ。それなのに、作るのは髪飾りばっかりなんだよ……」

「でも、行儀作法をもっと勉強すれば、お貴族様のお屋敷に連れて行ってくれることになっているんでしょう?」

「それはそうだけど……」


 わたしはハァと溜息を吐いた。行儀作法は難しい。どこがどう違うのか、自分では全くわからないのだ。

 そんな自分の状況を思うと、ルッツの立ち居振る舞いが格段に良くなっていることが羨ましくて仕方がない。ルッツもマインに振り回されている仲間なのに、ルッツだけが確実にお貴族様に近付いている。


 今年は夏の半ばから冬支度が始まるくらいの時期まで、ルッツはイルクナーという土地に行っていた。新しい紙を作る仕事をするんだ、って言って。

 そのイルクナーに偉いお貴族様が来るということで、皆で立ち居振る舞いの練習をしたのだそうだ。

 貴族に仕えていた灰色神官が先生役で、ルッツも一緒に練習していたと言う。わたしは髪飾りが忙しいし、先生役がいないので、ルッツがちょっとずるいと思う。


「じゃあ、トゥーリはルッツに教えてもらえばいいでしょ?」

「……ルッツも忙しいんだよ。それもマインのせいなんだけど」


 新しい紙の研究をするために、イルクナーから色々な材料を持ち帰ったようで、ルッツは今インク工房や木工工房を走り回っている。


「カミルはいいね。マインからもらうのが、お仕事じゃなくて、おもちゃだもん」


 木工工房にマインが注文していたというおもちゃを、この間ルッツが持ってきて、カミルに渡していた。

 薄い木の板で作られた箱に色々な形の穴が開いていて、その穴の形と同じ形の積木を入れて遊ぶおもちゃらしい。まだ丸しかうまく合わせられないけれど、カミルは夢中で遊んでいる。

 おもちゃを持って来てくれるルッツにすごく懐いているから、このまま成長したらルッツの紹介でプランタン商会の見習いになると思う。


「ねぇ、母さん。カミルもマインに振り回される一生を送ることになるんじゃない?」

「そうかもしれないけれど、選ぶのはカミルよ。トゥーリだって好きでやってるんでしょ?……それ、マインの冬の髪飾りじゃないの?」


 母さんがテーブルの上の赤い花弁を指差した。図星をさされたわたしはちょっと言葉に詰まりながら、花弁を摘み上げる。


「……マインは季節が変わろうとしているのに、髪飾りの注文をしないんだもん。こっちから作って持って行かなきゃダメでしょ? 領主様の娘が毎年同じ飾りを付けるなんて恥ずかしいじゃない。わたしはマインが恥をかかないように……」

「久しぶりに会いたいって素直に言えばいいのに……」


 そう言って母さんがクスクスと笑う。

 マインも忙しくてなかなか会えないから、何となく最近は会いたいって素直に言えなくなった。もしかしたら、わたしばっかり会いたいと思ってるのかな、と考えてしまう。

 わたしは作りかけの髪飾りを片付けながら、肩を竦めた。


「わたしはマインが早く元気になってくれればいいよ。お薬の材料は全部集まったんだって。ルッツが言ってた」

「そう、マインが元気になれるの……」


 母さんがそう言って、嬉しそうな寂しそうな複雑な表情で笑う。その気持ちがわたしにはよくわかった。


 マインが元気になるのは嬉しいけれど、もっと遠くに行ってしまうような気がする。

 虚弱でいつも倒れていた、わたし達が知っているマインからどんどん遠ざかっていくような、置いていかれるような気がしてしまう。


 ……なるべく早く一流のお針子になるから、あんまり先に行かないで、マイン。


 わたしは赤い花弁をそっと撫でた。

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